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平行線上に臨む未来

「――――なるほど。どこまで行っても、俺たちの意見は平行線のようだ」



 と。

 話はここまでだ――と言わんばかりに、アルフレートはそう言い放った。


 実際、その通りだ。このまま話してもらちが明かない。それどころか、アルフレートは俺たちを戦力として引き込もうと躍起になるだろうし、俺たちはそれに抗う――結果、魔族同士で大規模な争いが発生する、ということになりかねない。

 まして、この状況だ。病み上がりの俺と、魔法を使えないミリアムだけであの二人に勝つことは到底不可能だろう。

 なら、一度話を打ち切って、次の段階に移った方がいい。



「そうだな。だったらどうする?」

「お前を倒し、従わせるのみ」

「……そうか」



 ……まあ、こうなるだろうなとは読んでいた。


 アルフレートは、もうあからさまなほどに武闘派だ。先代の時代がどうだったかは知らないが、恐らくは「力」に対する畏敬が非常に強い。

 脳味噌筋肉だとか、そういうわけじゃない。純粋に、物事の判断基準に戦闘能力を重視するきらいがあるというだけだ。

 それもこれも、人間との戦争で培われた価値観なのだろう。


 だから。



「――――なら、俺もそうさせてもらう」



 その流儀に倣ってやる。

 勝者にしか従わないと言うのなら、勝って止める。それが、俺にできる唯一の手段だ。



「……分かった。ならば、俺が勝てば」

「人間と敵対しろと言うならしてやるさ。実権も何もくれてやる」



 言うと、アルフレートは僅かに驚いたように片目を見開き――しかし、すぐに再び、笑みを浮かべた。


 リスクは大きい。だが、賭ける価値はある。

 と言うより、これに賭けるしかない。さもないと、アルフレートを殺す以外の手段が見つからないからだ。

 その上、そうすれば必ず他の面々が止まるとは限らない。むしろ、暴走の勢いは増していくだろう。



「だが、俺が勝ったら、こちらに従ってもらう。それでいいな?」

「無論だ。では――――実際に戦うのは、百日後としよう」

「今すぐにやってもいいんだぞ」

「そのボロボロの身体で無茶を言う。せめて、傷を癒してから来い」



 ……流石に知っていたか。いや、だとしても読み通りだ。俺が突っかかって行けば、アルフレートの方は主導権を握るために、それをいなそうとするだろう。

 時間を置いて戦うことにする、というのは妥当なところだ。可能なら、もう少し期間が欲しかったが……三か月超もあれば充分か。


 今すぐに戦う、というのは当然、俺の望む展開ではない。怪我のことは勿論、アルフレートと戦うにはあまりにも実力が不足している。

 ミリアムに、冥王としての能力についてもちゃんと聞いていないし――それなりに策を練る必要もある。



「……後悔するなよ」

「お前こそ」



 もっとも、言ってはみても俺の方が勝てる可能性は低い。正直なところ、今既に後悔しつつある。

 できれば対話で何とかしたかった。



「帰るぞ、エリーゼ」

「は」



 と。もう用は無いと言わんばかりにアルフレートは勢いよく立ち上がった。



「……おい、アルフレート」

「何だ。まだ何かあるのか?」

「いや――――場所は?」

「…………」



 じろりと、責めるような視線が伴についている少女――エリーゼからアルフレートへ向けられる。

 その視線に対して、アルフレートは居心地悪そうに顔をしかめた。


 もしやこいつ、割と抜けてるところがあるんじゃないか……?



「かつて、人間と魔族の最終決戦の地となった荒野がある。今から百日後、昼頃にそこで待つ」

「……分かった」



 言うと、今度こそアルフレートは部屋から出て行った。



「……なあ、ミリアム。あいつ」

「それ以上言葉にしない方がよろしいかと」



 ですよね。

 でもあいつ、やっぱりちょっと抜けてるんじゃ……。



「……失礼」



 そんなことを考えていると、不意に再び扉が開いた。

 そこから顔を覗かせているのは、先程の黒髪の少女――エリーゼだ。



「……まだ、何か?」



 互いに、同じく従者だからだろう。ミリアムがその目的を訊ねる。

 と――エリーゼは、悩むようにごく僅かに顔を俯けた。



「このようなことを言える立場ではないことは、重々承知している。ですが、一言だけ」

「…………」



 意見を窺うように向けられるミリアムの視線に、俺は首を横に振った。

 彼女が何か言いたいと言うのなら、言わせてあげた方がいい。俺たちにとっても何らかの判断材料になる可能性がある。



「――――アルフレート様を、止めていただきたい」



 直後、飛び出したのは予想外の一言だった。



「あの方は、決して――平穏を望まれていないわけでは、ない」



 言い切って、直後。エリーゼは自分の思いを振り切るように、再び扉から出て行った。


 僅かに、静寂が訪れる。


 彼女の言葉は、正直に言って理解しがたいものだ。それは、アルフレートにとって望んでいない――反旗を翻すにも等しい言葉なのではないのか?

 だが、それを理解しているからこそ、彼女は一人で俺たちのもとに来て、あの言葉を言い放ったのかもしれない。


 ……嘘を言っている気配は無かった。だとするなら。



「ミリアム」

「はい」

「止めるぞ」

「――――はい」



 俺は、俺のやるべきことをやり遂げるだけだ。




 * * *




 ――――さて、それはそれとして。


 アルフレートの襲撃の折、俺が先行する形でカイルさんを倒したわけなのだが、その一方でアンブロシウスとネリーも、街を守るために実働してくれていた。

 ただ、俺が重傷を負ったのと同様、二人もまた無傷で済むような戦いはしていなかったわけで。


 村の診療所に行くと、そこには包帯まみれの何者かが二人もいた。

 大きいのと、小さいのが。



「何コレ」

「……アンブロシウスとネリーです」



 うん。まあ、そんなこったろうと思ったけど。

 ミリアムは何をあっけらかんと言っているんだ。



「だ……大丈夫か? 二人とも……」

「これが無事に見えるか」

「うおっ!?」



 言いつつ、包帯の山の中からアンブロシウスが顔を見せた。

 ――――顔だけ。



「……どこまでやられたんだ?」

「俺は腕を断たれただけで済んだ。だが、ネリーは……」

「まさか、何か重大な後遺症が……!?」

「……いや、あれだけ散々に負けたのだから顔を見せるのが恥ずかしい、と言っている」



 変なところで可愛いところを見せやがるなこいつは。



「アルフレート様の部下にてひどくやられておりましたので、今は……精神的なショックが大きいかと」

「……そうか」



 ごめんネリー。本当にごめん。ふざけたこと考えてごめん。

 そりゃそうだよな。負けたらショックだよな。

 そんなことも弁えてない主で本当にごめん。



「しかしまあ、見事に全員がこう――やられましたね」

「……戦略的な目標は達したが、戦術的には完敗だな」

「リョーマ様も含めてですが」



 じろりと、どこか責めるような視線が送られてくる。


 いや、でも、俺だって頑張ったわけだし――そこでちょっとくらい評価してくれはしないかなぁ……と、思わなくもない。

 あの時のミリアムは、いつもと比べてもちょっぴり優しかったわけだし。今もついでにもうちょっと手心を加えてくれないかなぁ。なんて


「それでも、リョーマ様があの老剣士を倒したこと、それ自体は感服いたしました」

「ああ、流石に俺も頑張ったからな。なんとか倒しきるだけの方法も思いつけた」

「成程、では――水を使って雷化を封じたのですね」

「ああ、脳の処理速度を強引に引き上げて対応できるように――何だって?」

「はい?」



 今一瞬、互いの考えがまるですれ違ったぞ。


「ちょっと待ってくれ。何――水!?」

「え、ええ。水を辺りにバラ撒けば、通電して体ごと拡散していきます。あちらも、容易なことでは手出しできなくなる……のですが。何ですか、脳の処理速度を上げて、というのは。そんな危険なことを!?」

「……そのくらいしか思いつかなかったし」

「それで勝つ辺りが無茶苦茶ですね……」



 我ながらそう思う。

 というか、電気を通して――という発想ができなかったあたり、俺の頭の出来が危ぶまれる。



「……特訓しましょう」

「特訓……?」

「だと……?」



 そうなると、ミリアムがそういう考えに至るのも、ある意味では当然だったかもしれない。

 ある意味、俺の……というか、俺たちの不甲斐なさを真っ先に目にする立場でもあるわけだし。

 


「とっくん……?」



 ……あと、ついでに言うならば。ネリーがちゃんと顔を出しに来たのも、自分の非力さを理解しているからこそ、だろう。

 その様子はどこか不安げながらも、視線はしっかりと俺たちの方へと向けられている。



「次は、必ず勝利する――そのための特訓です。期限となる百日までの間に、なんとしてでも彼らと対等に戦えるだけの力を付けていただきます」



 当たり前だ――と、最初に告げたのは、三人のうちの誰だったか。

 いずれにせよ、俺たちは一度、アルフレートたちの力をこの目で見て、彼らの力を体感した。その上で、今はまだ何一つとして足りない――と理解したんだ。

 今更、拒むつもりもその理由も無い。

 誰よりもそれは、俺自身の理想に反することになるから。



 ……ところで、流石に今すぐにというのは無理なので、特訓はするにしても公王との謁見の後ということになった。

 いや、まあ。当然の判断なのだが。

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