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雨空の光明

 途端、頭がカッと熱くなるのが分かった。


 何故、そんなことが言える――激情に任せて口から飛び出しそうになる言葉を、必死に呑み込む。

 ……こんな前置きをするからには、何か考えがあるのだろう。



「……が。よろしいでしょうか」

「続けて」



 動き出しかけた左腕を、ともすればへし折りかねないほどの力でもって抑制する。



「……ありがとうございます。私からできる提案は、今のところ二つです」

「一つは?」

「リョーマ様が今、ここで、治癒の魔法を習得する」



 不可能だ。俺は未だ、体内の魔力の塊のその一片すら動かせはしない。

 首を横に振ると、でしょうね――と、分かり切っていた風に、ミリアムは頷いた。



「街に走っても間に合わない。村も同様。ここで処置する以外の手はありません。が、我々は医療の経験が無い。この子も、一時間と経たず死んでしまうでしょう」



 荒い息と反比例して、脈が浅く、薄くなっていく。

 室内の気温は上昇しているが、体温が上がらない。



「ですので、彼女自身の体力を、衰弱に耐えられるほどに引き上げる……」

「どうやってだ?」

「……この子を、魔族にします(・・・・・・)



 話としては、既に聞いていた。


 他の生物を魔族にする方法。そもそも、その方法を用いて俺たちはこの世界に再び魔族という()を打ち込むことを最終的な目標としていたのだ。

 魔族化の手順はそう難しいものではない。血を触媒とし、術式を込め、魔力を――その対象となる相手に注ぐ。

 成功すれば、当然ながら人間を遥かに超える身体能力と魔力を得られる。体力もつくだろうし、衰弱状態からも抜け出すことができるはずだ。



「本来なら互いの了承が必要となりますが――これだけ意識が混濁していては、了承も何も無いでしょう」



 そう言って、ミリアムは少女の額を撫でた。

 僅かに顔をしかめたのは、彼女の体温の低さのせいか。ならば、尚更手をこまねいてはいられない。



「もっとも、これはただ『生かす』だけの方法です。これから先人間と交わることは……」

「できるようにするさ」



 人間と魔族は、血で血を洗うような凄惨な争いを繰り広げてきた。

 だけどそれは過去の話だ。これからもそうだと決まりきっているわけじゃない。

 何より、そうならないようにすることがこの世界で俺が生きる理由と定めた。


 あとは……望む者が望むように、どんな相手とでも笑って話せる世界が来るよう、全力を尽くすだけだ。



「っ」



 親指の腹を噛み千切った。


 今の肉体の頑強さでは、自傷以外の方法でそうは傷つけられない。躊躇なく行動に移したことが意外なことだったのか、ミリアムは呆けた様子でそれを見ていた。



「術式は、俺が組んだらいいのか」

「え、あ……いえ、私が。リョーマ様にはまだできませんから」



 言葉で、その意識を引き戻す。

 既に理解していたことだった。術式は、魔力によって以外に刻む方法が無い。


 魔力の持つ淡い光をもって「陣」を形成し、その内に「意味」を刻み込む。その全てが正確に、狂いなく為された魔法陣の状態のものが「術式」だ。

 親指の先に滲み出す血の雫に、ミリアムが構築した術式が刻み込まれる。



「……魔力は」

「私のものでは不足ですが……リョーマ様の魔力を牽引(けんいん)することは可能なはず」



 ミリアムの細い指が俺の手に絡む。

 彼女の手指から放たれる淡い光が内側(・・)に滑り込んだ。

 そうして、体内の魔力――その欠片程度の量を僅かに削り取り、血液に載せて運んでいく。



「いけます。あとは、体内に取り込ませて――」



 言葉と共に、血液を少女の口に落とす。



「……大丈夫です。あとは、自然の内に」



――――と、これで手順は全て終了であると、ミリアムはそうのたまった。


 ……これで?



「これで?」

「これで終わりです」



 本当にこれで終わりでいいのだろうか。あまりに簡略化された手順に、思わず不安を抱く。

 が、どうやらその心配も杞憂だったらしい。


 徐々に、少女を淡い光が包み込む。いや。正確には――彼女の体内から、魔力が溢れているのだろう。

 肉体に浸透しつつある魔力は莫大にその勢力を拡げ、少しずつ、少しずつ彼女の肉体を魔法を扱う者に相応しいものへと変容させていく。


 この調子なら――と。

 安堵しかけたところに、ある一つの異変を目にした。

 頭頂部に魔力光が集約していく。形状は、三角形に近い。


 俺はこれを過去、元の世界で見たことがある。具体的に言うと、それは。



「イヌミミ――――――!」

「うわぁ」



 ドン引きしたミリアムが、じっとりとした目線を送ってくる。

 一方の俺はと言うと。



「ちがうんだ」



 その五文字を絞り出すので精いっぱいだった。




 * * *




 で、結論から言うと。

 ……あの女の子にイヌミミが生えたのは俺のせいらしい。


 というのも……人間に限らず、他の生物・非生物を魔族化させるに際しては、魔力と融和性を持たせるためにある程度、肉体が変容するもの……ということは事前に分かっていたことだが、その変化には、魔力の大元――つまりは俺――の意識が関わっているのだという。


 要するに、俺が心のどこかで「魔族と言うからにはイヌミミ少女とかいるべきだろう」と思っていたことが、今回の件の原因だということだ。


 その理屈が正しければ、今後同じような手法で魔族を増やすと言うのなら、自分の思考――あるいは嗜好に気を付けるべきだろう。

 こう、獣耳程度ならまだいいが、万が一にも……こう。日常生活にも不便するような姿形に変えてしまうことは、最低限避けたい。獣耳でも奇異に見られることには違いないだろうが、だとしてもこう……下半身が蜘蛛だとか。馬だとか。全身粘液だとか。そういうものは可能な限り避けたいところだ。


 さて。ともあれ――俺たちが拾った女の子は、最大の窮地を脱した。

 魔力は満遍なく肉体に定着。体温も見る間に上昇し、息遣いも徐々に穏やかになっていった……というのが昨晩までの出来事。


 翌朝。雨も風も止み、太陽が顔をのぞかせた頃。


――ようやく、女の子が目を覚ました。



「…………」



 呆然と、どこか怯えたように自分の置かれた状況が理解できないとでも言いたげに周囲を見回す少女。


 当然の反応だろう。昨夜のあの様子では、自分がどうやってこの場所に来たかさえ分かるまい。

 その上、何故だかよく分からないが頭の上に人間に在り得ざる妙な感覚がある。混乱に陥っていることは明らかだった。



「大丈夫か?」



 そうなると、助け舟の一つも必要だろう。一つ、声をかける。



「え、っと……?」

「昨日の晩、助けて――って、転がり込んできただろ?」

「あ……」



 その一言でようやく、昨晩の自分の行動を思い出したのだろう。恐らくは、その後の顛末も想像できている。

 畏まったような様子で、少女はこちらへ向き直った。



「あ、ありがとうございました……!」



 床に頭を擦りつけんばかりの一礼。日本で言う土下座の格好に近い。

 ただ――正直言って、年端もいかない少女にこんな真似をさせるのは、俺の所業も含めて非常に心苦しいところで。



「い、いや、いいんだ。頭を上げてくれないかな……」



 襲い掛かる謎の胃痛に耐えながら、俺はそう告げるので精いっぱいになっていた。



「リョーマ様……」



 憐れむような、蔑むような微妙な目でミリアムが俺を見てくる。


 最近こういう目で俺を見ること多くないかいミリアム君。


 内容物の殆ど無い胃がキリリと鳴った。



「確かに、我々はあなたを助けましたが、助けたのは命だけです」



 引き継ぐようにして、ミリアムが続ける。


 ミリアムの言う通り、俺たちは彼女の命を助けた、それだけだ。

 その存在は人間から変質し、今後、余程の変革でも無ければ人と共に生きることは叶わない。そうなってしまった。


 俺たちに出来うる最善がそれだった。今更言い訳などできようも無いが。



「い、いえ……もともと、命しか……ありません、でしたから」



 より辛い現実を聞かされた。


 考えてみれば、道理だ。奴隷として売られた……ということは、少なくとも親からは死んだものとして見られるはず。財産があるようにも見えないし、軒先で倒れていた時も薄布一枚という有様だった。年齢を考えると俺よりも、もしかしたら悲惨かもしれない。



「そうですか。なら、まあこちらとしても都合は良い」

「?」

「……あなたは、既に人間としての肉体を失い――魔族となっています」



 俺は元々別の世界の人間だ。だから、魔族の何のと言っても精々が人種や国籍の違い程度にしか認識していない。

 しかし、この世界の人間にとっては違う。魔族とはかつて人間と戦争を繰り広げた大敵だ。そのような重荷を、十歳にも満たないであろうこの少女に背負わせる。少なくとも彼女自身にとっては、最悪の現実に引き戻された、とでもいうような感覚のはずで――――。



「マゾクって何です?」

「あれェー!?」



 今にもズッコケそうな勢いで、ミリアムは驚きをそのまま口にした。



「ご両親から何か聞いたりしてないんですか!? 学舎とか、村の会合でとかは!?」

「いえ……それより、家のお手伝いをしろ、って……」

「読み書き算術はできますか?」

「なにも……」



 典型的な中世農村部の光景が想起される。

 女は嫁ぎ、男は働く。余計な知恵は要らず……というのは俺の偏見だろうが、ここまで徹底的に知識が無いとなると、そりゃあ魔族への偏見も何も無い。魔族の存在自体知らないのだから、悪感情を抱きようがない。


 ある意味では俺と同じだ。先入観が何一つとして存在しない。



「……俺じゃなくても、こういう子を拾ってくればよかったんじゃないか」

「……時間が無かったんです……」



 ボヤきつつ非難の視線を向けると、ミリアムは途端に縮こまってしまった。


 そういう子供を探し当てる時間。育成して、更に魔族を復活させてもらうまでの時間。その他諸々。

 なら、初めからある程度の常識を持ち合わせているが、先入観だけは無い異世界の人間の方が御しやすく、手綱も握りやすい。そういう判断だろう。


 じゃあ奴隷買えよとは言わなかった。一応、犯罪ではあるわけだし。



「……と、ともかく、だ。君、名前は?」

「レーネ……メルダースです」

「レーネだね。俺は……とりあえず、リョーマと呼んでくれ。こっちはミリアム」



 ふらりと手を上げ、ミリアムが自身を示す。



「レーネ、少し俺たちのことについて説明しようと思う」



 俺とミリアムは、懇切丁寧に……できるだけ、子供にも分かりやすい程度に平易な表現を使って、レーネに説明を始めた。


 例えば、魔族のこと。

 例えば、魔法と精霊術のこと。

 例えば、俺のこと。

 例えば、この世界のこと。


 説明に際してはミリアムも擬態を解き、平時と同様に角を露出させていた。その方が説明が楽だからだろう、レーネの頭頂部に生えたもう一対の耳に関しては。


 ついでに、上着は彼女に与えることにした。どうせ、こちらの気候ではそれほど厚着は必要無いし、レーネの頭を隠すのにフードはうってつけだろう。血臭が染みついているのはご愛敬――というか、しばらく我慢してもらうことにした。いずれこちらで何か別の衣服を買えば済むことだ。


 そうして説明を終えた頃には、もう日も大分高くまで登っていた。



「……はぁ……」



 ちゃんと理解しているのかしていないのか。レーネは僅かに呆けたような表情を浮かべていた。

 魔族と人間との戦争に関してはミリアムが物語調に語って聞かせていた分理解も早かっただろうし、実際、その話の後は自信たっぷりな表情で俺たちの方を向いていた。が、理解できたのはそこまでだったのだろう。世界に楔を打ち込む……だとか、俺が別の世界からやってきた……だとか。そういった話の最中は、表情に疑問符が絶えなかった。こちらに関しては追々理解していけば良いことなのだろうが。


 ともあれ、ここからは彼女の判断すべきことだ。俺たちと共にいるにしても、そうでないにしても。



「……どうする?」



 だから、問いかけた。

 答えは、数秒と置かずに帰ってきた。



「ここにいます。ご恩を、返させてください」



 正直に言って、俺にはそれが本心から来る言葉なのかどうかを計りかねた。


 レーネは親に売られた。とはいえ、そのことを理解できていなかったかもしれない。

 人買いに誘拐され、優しい両親と離れ離れに――という風に、レーネが考えているかもしれない。なら、まず根底にあるだろう考えは「家に帰る」だ。恩義を感じているのは確かかもしれない。しかし、それはそれとして……その気持ちを飲み込んで、「ここにいる」と言っているのかもしれない。

 ここまでの俺たちの話を聞く限りで、魔族が人間と敵対していたことは、間違いなく理解したはずだ。


 遠慮しているのだろう、と俺は推測していた。



「レーネ、それは――」

「あ、と、む、村は、いいんです!」



 それはまだ未練がバリバリにあると言っているようなものだぞレーネ。

 ……が、直後に彼女は、俺の想定を覆す言葉を紡ぎ始めた。



「どうせ、はたらく以外に、何もすることなんてありませんでした。友だちも、いませんでしたし。わたしは……グズでノロマだったから、お父さんもお母さんも、いらない子だって」

「…………」

「…………」



 顔を手で覆う。


 この子は幸せにならなければならない。

 あるいはアンナやハンスさんも俺の境遇を聞いた時はこんな気持ちだったのだろうか。男に対しての感情だから、もっと哀れみの方が強いと思うが。



「レーネ、何かやりたいことがあったら、何でも言っていい」

「えっ?」



 俺と同じようなことを考えたのだろう。ミリアムも、どことなく泣きそうな顔で口を挟む。



「何か欲しいものがあったら買ってあげますから」

「えっ?」



 俺たちの言うことが理解できないとでも言いたげなレーネ。

 そこは、できれば理解できるほどの人生経験を送っていてほしかった。


 その後、しばしレーネの頭を二人して撫でていると、唐突に扉から音が鳴った。



『リョーマー、今いるー?』



 と同時に、アンナの声が聞こえる。

 そういえば、今日はレーネの件で慌ただしくて顔を出す暇が無かった。

 土砂崩れのこともあるし、心配して見にきてくれたのだろう。その配慮にただただ頭が下がる思いだった。



「っと、ミリアム、レーネ」



 立ち上がる……より先に、二人の頭を指で示す。

 アンナは普通の人間だ。レーネともまた異なり、通常の教育を受けているものと思われる。もしかすると、魔族に対する拒絶反応があるかもしれない。


 ミリアムは即座に角を消し、レーネはそれに続くように、おずおずと上着のフードを被った。

 それを確認して、俺は廃屋の扉を開いた。



「あ、いたんだリョーマ」

「いるよ。ただちょっと立て込んでてさ」

「立て込んで……?」



 と、アンナは俺の背後、廃屋の中へと視線を移した。



「……どうしたの、あの子?」

「色々あってさ。ほら、昨日の雨で……」

「うん、土砂崩れしてるからって話は聞いたよ。だから、様子見に来たんだけど……」

「それ、山の裏手。こっちは何ともないよ。でもありがとう」



 そりゃあ良かった、とアンナは人好きのする笑顔で応えた。



「でも、じゃああの子は?」

「その時、巻き込まれた子、みたいだ。ここまでたどり着けたみたいだから、俺たちで保護した」



 ふと、アンナの視線がレーネへと向かう。


 レーネはその視線の向かう先が自身の頭の方だと思ったのだろう、顔まで隠れてしまうほどにフードを被ってしまっている。

 が、アンナの視線の先はレーネの服装だ。上着の下に着ているボロ布だけを確認している。

 すぐに、アンナは眉をひそめた。



「……そういうこと?」

「そういうこと」



 俺もまた、肩をすくめた。


 流石に、アンナはこちらの一般常識を持ち合わせている。猟師ということで、目も良いはずだ。レーネの着用する衣服を見て、レーネが奴隷商に売られた子供だということに気付いたのだろう。そういったあたり、アンナは聡い。

 ミリアムの方は勘違いしているのかいないのか。目線で「扉を閉めろ」と示してきた。特に拒む理由も無い。長話になるかもしれないことを鑑みて、俺はアンナと共に廃屋の外へと出た。

 直後、問いかけが飛び出す。



「でも、大丈夫なの? お金……とか」

「あ、ああ……」



 そこに考えが至らなかったわけじゃない。

 というか、それは最初に考えて然るべきことではあった。ただ、考えた結果堂々巡りを繰り返す羽目になるので、やめた。


 今後、間違いなく他人に世話をかけることになるだろう。時には、多大な迷惑をかけることにもなる。

 しかし、そんなの普通に暮らしていたってどうしてもあることだ。誰にも世話にならない人間はいないし、誰にも迷惑をかけない人間なんてものもいない。

 受けた恩は返せばいい。返しきっても、いつか誰かに同じことをしてやればいい。


 そういうことにした。



「今のところ……この辺りに家庭菜園でも作って……あとは、アルバイト……じゃない。日銭を稼ぐのに、もう少し働いてみようかと思ってる」

「難しいよ、畑って。あたしだってこう、がーってクワ振って……ってワケにはいかなくってさ」



 その難しさに心折れて今は狩人やってます、と。

 ……まあ、分からないではない。俺も特別に見識があるわけじゃないが、植物の栽培となると時間がかかって普通だろう。対して、狩猟というのはその場その場で成果が得られるものだ。畑仕事というのは、活発で、ともするとせっかちな感のあるアンナには向いていないのかもしれない。



「だからハンスさんに教えてもらいたいんだよ。俺、何も知らないし」

「どのくらいかかるだろうねー」



 ふふん、と鼻を鳴らすアンナ。

 時間はかかるだろう。俺も決して甘く見ているわけじゃないが、農業にはどうしても経験と勘というものが必要になる。時間がかかるだろうことは承知の上だし、ハンスさんがそれらを持ち合わせているのは敬服に値することだと思う。


 だがそもそもアンナの功績じゃないのに何を得意げになっているんだお前は。



「それで、結局今日はどうするの?」

「行くよ。他に何かやることがあるわけでもなし。雨が降るからって昨日は村の方、何も見ずに帰っちゃったし……」

「うん。じゃあ……」



 廃屋の方に視線を向けるアンナ。やはり、レーネのことが気になるのだろうか。



「もうちょっと話したら行くよ。ハンスさんに伝えてくれる?」

「分かった。じゃあ、先行くね」



 と、軽く手を振って、アンナは村の方へと駆けて行った。



「…………」



 そうして、数秒。アンナの姿が見えなくなって、ようやく俺は背後の扉を開いた。



「……ってことだから」



 廃屋の中からでも話し声は聞こえてきたのだろう。一言告げると、ミリアムは頷いて答えた。



「では、こちらはこちらで少し、レーネの格好も整えて参りますので」

「お願いするよ。そういうの、俺がやっちゃマズいだろうし」



 興味が無いわけではないが、そんな下衆な真似をするわけにはいかない。

 ともかく、そういうことならレーネのことはミリアムに任せてもよさそうだ。



「じゃあ、これ」



 昨晩、懐に仕舞い込んだ二万ルプスをそのままミリアムに手渡す。

 日本円に換算して二千円程度のものだが、それでも無いよりはよほど良いし、レーネの格好を整えるのにも役立つだろう。



「承りました。では、お気をつけて」

「お、おきをつけて」



 たどたどしくもそう続けるレーネの姿に、思わず笑みが浮かぶ。

 手を振る二人を背に、俺はアンナの後を追って村へと歩き出した。

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