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2016年/短編まとめ

放課後、図書室、そろそろ閉めます

作者: 文崎 美生

図書委員、なんて言ってもまともに仕事をする委員の人なんていないし、利用者もほとんどいない。

そうなってくると、何故図書室を開けているのかと言う疑問すら浮かんでくる。


そんな図書室に、毎日のように通った――通っている私は、いつの間にか図書委員でもないのに、カウンターの中に居座るようになった。

今では完璧に、数少ない利用者の貸出手続きなども出来る。


今日も今日とて、そのカウンターの中で本を捲っている私。

カチコチと聞こえる時計の音と、紙の擦れる音だけが響く空間が、酷く心地良い。

古い紙とインクの匂いのする図書室は、近所の小さな古本屋の雰囲気に似ている。


ぺらり、次のページを捲ったところで、ブレザーの胸ポケットに入れていた携帯が震えた。

本を片手で押さえながら、もう片方の手では携帯を取り出し、バイブを切る。

そろそろ図書室を閉める時間だ。


カウンターの処理だけではなく、図書室の戸締りまで任されるようになった私。

司書さんも緩過ぎはしないだろうか、と不安にもなったが、好きに本を読ませてもらえるので文句は言えない。


ふぅ、と短い息を吐いて、カウンターにある少し高めの椅子から飛び降りる。

それからカウンターの脇に置いておいた、図書室の鍵をブレザーのポケットに入れた。

じゃらり、ブレザーが携帯と鍵の重みで、少しだけ下がったような気がする。


本の間には愛用の栞を挟んで、貸出手続きが終わっていることを確認。

それじゃあ、読み終えた本を片付けようと、思い腰を上げるように、その本を抱えて本棚へと向かう。

本棚に向かう途中、机の上に積み上げられた本を見つけた。

そこに埋まるようにして、眠る人影も。

あぁ、まじですか、いたんですか、人。


基本的に自習に使うのは教室だし、テスト前でもない限り自習なんてしないだろう。

だからやはり、図書室の利用者が増えることはなく、本を借りて返して、直ぐに帰るという人の方が多い。

だから、こうして閉める時間まで、私以外の誰かがいるなんて珍しいのだ。


それにしても寝てるとか、あれを起こさないといけないのだろうか。

嫌だなぁ、気が重いなぁ。

溜息を吐き出しながら、本を元あったスペースに戻していく。

きっちり並んだ本を見ると清々しい気分になるはずなんだが、この後のことを考えると気が重くなる。


知らない人だと嫌だなぁ、くらい誰だって思うだろう。

面倒臭いなぁ、とかそれくらいは思うだろう。

五冊ほどあった本を全て戻し終え、本棚の隙間から先程の人影を覗いて見たが、起きる気配なし。


本日二度目の溜息を吐いて、仕方がない、と窓の戸締りをしに行く。

これも図書委員の立派な仕事だ。

――私は図書委員ではないが。


わざわざ、何でかは知らないが二枚窓になっているそれを、力強く隙間なく閉めて、全ての鍵を確認。

二枚全部閉まっていれば問題なし。

ついでに薄手のカーテンも綺麗にまとめておく。

図書室には一応冷房も暖房も付いているが、どちらにせよ自然な換気も必要だろう。


よっこいしょ、と最後の窓を閉めて、一息。

立て付けというか、なんと言うか、少しばかり古いせいか硬い鍵のせいで手のひらが痛い。

手のひらを擦り合わせながら、もう一度人影を見てみるが、やはりと言うか起きる気配なし。

確かに窓を閉めるだけだから、そんなに時間も経っていないのだが。


起こさなきゃ駄目かな、となるべく足音を立てないように、リノリウムの床を踏む。

先程から遠くて分からなかったが、男子生徒で、上履きの色からして先輩だ。

知らない人だわ、異性だわ、先輩だわ、もう声掛けられない気がする。


どうしたものか、視線をさ迷わせた先にあったのは、積み上げられた本で、どれも古いものだ。

まぁ、図書室にある本なんて古いものの方が多い気もするが、と一冊だけ抜き取って表紙を見る。

太宰治、人間失格。

課題図書だろうか、首を傾げながらもう一冊。


夏目漱石、こころ。

芥川龍之介、羅生門。

中島敦、山月記。

谷崎潤一郎、痴人の愛。

川端康成、雪国。


積み上げられていた本を、表紙をひっくり返していけば、全て純文学。

日本人の有名な文豪達の作品だった。

課題図書、にはなるだろうが、こんなに読むのか。

軽く首を傾げながら、本の表紙を眺めていると、んん、と小さな呻き声。


驚きで揺れた肩と、力の抜けた手。

その手の隙間から滑り落ちた本は、ものの見事に見知らぬ先輩が、突っ伏して眠っているテーブルにぶつかる。

ガツン、とか本とテーブルのぶつかる音が響いて、私の体が完全に硬直した時、ゆっくりと体をおこす人影。


「……何」


寝起きで掠れた低い声に、喉が震えた。

あー、起こしちゃった起きちゃった、心の中では本日三度目の溜息。

ギギギ、と錆び付いたロボットのように、首だけでそちらを振り向けば、目を細めている先輩。


私が何も言えずに、引きつった笑顔を見せれば、その笑顔をまじまじと見た後に、置いてあった携帯に手を伸ばす。

その画面を見た後には「もう閉めるの?」と聞かれて、私は私でぎこちなく頷く。

そう、と頷いた先輩は大きな欠伸を一つ。

犬歯剥き出しで猫みたいだ。


「……これ、課題図書か何かですか」


「はぁ?……あぁ、いや、別に」


ギシリ、とパイプ椅子が音を立てる。

先輩は体をテーブルの方に倒して、一冊の本を引き寄せて捲った。

パラパラと紙の音がするが、課題図書ではないらしい。

それにしても、純文学ばかりなんて珍しい人だ。


他の学校がどうかなんて知らないが、うちの学校の図書室は、何度も言うように、利用者が少ない。

そうして借りられる本は、大抵授業に使ったりするような資料や参考書ばかり。

後は新刊も少々。

だから、そんな風に純文学ばかりを読んでいる人なんて珍しいのだ。


「……取り敢えず今日はもう閉めるので、借りるなら貸出手続きを」


「あぁ、大丈夫」


落とした本を拾って手続きをするか聞いたら、ガタン、とパイプ椅子を引く音がして、本を抜き取られる。

大丈夫って、何がだろうか。


「俺さぁ、割と図書室来てるんだよな」


抜き取られた本は、他の本と一緒に積み上げられて、先輩がまとめて持ち上げる。

重そうなのにしっかりとバランスを取っていて、足でパイプ椅子を引っ込めていた。


「でもさ、それに気付かないくらい没頭してるし、何読んでるのかちょっと気になっただけだから」


それじゃあ、これ戻してくるわ、寝起きじゃない掠れていない声が私に向けられていた。

それでも、何を言われたのか分からない私は、瞬きを増やして、ぺたりぺたり、リノリウムの床を踏む音を聞いている。


あぁ、確かに読んでいたな。

人間失格も、こころも、羅生門も、山月記も、痴人の愛も、雪国も、読んでいた。

大分前に読んだもので、その貸出カードには全て私の名前が書いてあるはずだ。


今日読んでたのは純文学じゃないんだよなぁ。

ぼんやりと考えていると、本を戻し終えたらしい先輩が戻って来て、自分の鞄を持ち上げていた。

閉めるんだろ、の声に、あぁ、はい、と緩く頷いて、図書室の電気を消した私。


図書室から出て、ガチャガチャ、鍵を閉めて、ちゃんと閉まったかどうか確認して、終わり。

ブレザーのポケットに鍵を入れて、後は職員室に鍵を返しに行けば帰れる。

帰れる、と視線を上げれば先輩がいて、ごくり、喉が鳴った。


「……あー、今度はロミオとジュリエットですけど、読みますか?」


まじまじと見下ろされると、居心地が悪いんですけど、なんて言えるはずもなく、絞り出したのはそんな言葉だった。

その言葉を聞いて、目の前の名前も知らない先輩は目を丸くして、八重歯を見せて笑う。


「あぁ、じゃあ、明日にでも」

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― 新着の感想 ―
[一言]  葵枝燕と申します。  『放課後、図書室、そろそろ閉めます』、拝読しました。  読みながら、卒業した高校の図書室を思い浮かべてみました。圧倒的に、ライトノベル(漫画のノベライズ本も含む)が多…
[良い点]  昔を思い出しました。 [一言]  図書室は友達のいない人の癒しの場なのかもしれません。
2016/03/29 10:14 退会済み
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