08 ある夏の日の冷涼
束の間の日常回です。
14歳の夏。セレス先生と初めて出会ったのがもう7年も前で、遠い昔のことのように感じられた。そう思うなんて、私も年を取ったなあと思う。
今はもう魔法も安定してきていて、あとは使う魔法の種類や精度を上げていく作業に入っていた。要は魔法らしい魔法を使えるように練習しているところである。私は氷属性の魔法を使うので、氷柱を敵に飛ばしたり、敵を凍らせたり、そんな感じのことを練習している。今は丁度夏場というのもあり、熱さにも負けないように、物を凍らせる練習をしていた。
「魔法で凍らせるだから、きちんと魔力を込めれば溶けない氷にもなるわよ。まあ……この調子だとまだまだ訓練が必要でしょうけど」
「ですね……」
目の前には半分水になった氷がある。私が水を凍らせても、まだまだ普通の氷のようだ。ちょっぴり残念。溶けない氷なんて、氷の魔法らしくてかっこいいのに。
それに、この季節、日本ほどではない、と思うけど暑いのだ。そもそも、私の精神は日本人だとしても、身体はこの世界のものだし、この国の気候に合わせてできている。暑いものは暑い。自分の魔法を使って、是非とも涼みたいところだ。いっそのこと、手っ取り早く氷でも舐めれば―――
「あ!」
思いついた。今、生まれてきて14年間で一番天才的なひらめきをした。
「あら、どうしたの?何か思いついた?」
「先生、質問なんですけど、氷って、私の意思で粉々にできたりしますよね?」
「ええ、自分で作った氷ならできるわよ。最も、今の実力だと、カップ二杯分ぐらいしかできないと思うけど」
「なるほど」
カップ二杯分でも十分だ。セレス先生に一旦休憩しましょうとせがんで、私は慌てて家の厨房へと向かった。
「シャルロットお嬢様。どうかされましたか?」
「ええっと、飲める水と、ベリーのシロップ下さい!」
「失礼ですが、シロップは飲物では――」
「大丈夫です!飲まないので!」
不思議そうな顔をしている厨房のシェフから、半ば無理矢理飲み水とベリーのシロップ、器とスプーンを二つずつ貰って部屋へと戻った。勿論、作るのは日本の夏の風物詩ともいえるアレだ。
シェフと同じように首を傾げつつ、「楽しいことをしてくれるのかしら」とニコニコしているセレス先生を傍目に、私は器に飲み水を入れる。そして、手を翳して集中した。すると、飲み水はみるみるうちに氷になる。ここまでは何度も練習していたことなので、あっさりとできた。問題は次である。
先程よりも真剣に右手に意識を集中させて、出来上がった氷に軽く触れる。勿論、手はきちんと洗ってある。頭の中で、氷が砕ける様――ふわふわのさらさらになることを思い描くと、少しだけ氷にヒビが入った感覚がした。これはいける。
ふわふわ……さらさら……
そう思いながらしばらく手を翳していると、氷は私の思っていたように、まるで雪のような粉になった。見た目は、まさしくアレである。ただ、これだけではただの氷だ。そこで、飲み水と一緒に貰ってきたベリーのシロップをかける。
「で、できた!!」
ふわふわとした雪のような氷の中心を彩る、赤いベリーのシロップ。まさしく、日本の夏を支える、『かき氷』の完成だ。
「……これは何かしら?」
静観していたセレス先生がようやく口を開いた。ここでようやく、そういえば此処ではかき氷なんてものはなく、自分が得体のしれないものを生き生きと作ったことを自覚した。
……しまった。テンションが上がるあまりすっかり忘れていた。言い訳をしなければと思い、不自然な沈黙が訪れる。
「……ち、小さい頃に本で読んだ、異国のデザートです。冷たくておいしいと聞いて、こんなのかなあと思って……」
「へぇ」
う、嘘は言っていない。日本は異国というか、異世界だけど。うん。少々不審だったかもしれないけど、先生は何も追及してこなかったので、一安心した。
慌ててもう一つかき氷を作って、一つ先生に差し出す。
「とにかく、実食してみましょう!」
シロップと氷をスプーンで混ぜつつ、サクサクという懐かしい音に、思わずじーんとなる。懐かしいこの感覚。氷を一掬いして口に運ぶと、ベリーの甘みと氷の冷たさが口いっぱいに広がった。
「んー……冷たくて美味しい」
「あら、これは美味しいわね」
先生もどうやら気に入ってくれたようだ。サクサク、ぱくぱく、スプーンは進んで、あっという間にかき氷はなくなってしまった。
「ご馳走様でした。あー満足満足」
「氷属性の魔法でデザートを作るなんて、豪華ね。でもなかなか無い発想で楽しかったわよ」
くすくすと先生は笑っていて、楽しげだった。それを見て、私も嬉しくなる。
「また作って頂戴ね」
「勿論です!色んなシロップ試しましょうね!」
これでいつでもかき氷が食べ放題!氷属性の魔法も悪くないものだ。そんな、新たな魔法の使い方を見出した夏だった。