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憧れの悪役令嬢は男キャラだったようです  作者: 椋星そら
第1章 どこかおかしなこの世界
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05 久しい来客

セレス先生の授業は、とにかくキツかった。「私の生徒ならこれぐらい大丈夫よ~うふふ」と、まあ無理難題を押し付けてくるわ押し付けてくるわ。オネエとはいえ綺麗な顔をしているのに、言ってくることはえげつない。


そんなスパルタ指導のおかげで、めきめきと私の魔法は開花したわけだけど。もう少しゆっくりでも良かったんじゃ……?という言葉はかろうじて飲み込めた。



一か月、二か月、三カ月――……時が過ぎていくうちに、セレス先生の見た目と中身のギャップにはすっかり慣れてしまったのも、なんだか物悲しい。


一年経った頃には、すっかり私の師と言うに相応しい位にはお世話になった。変人だけど、実力だけは確かなんだよね。あと、怒らせると誰よりも怖い。……思い出しただけで震えてきた。




「こら、魔法を使ってる時に考え事しない!」

「ご、ごめんなさい!」


思い出に浸っていると、向こうから蔦が鞭のように飛んでくる。勿論、先生の魔法だ。遠慮なく私めがけて飛んできたそれを慌てて避けると、蔦は地面にぶつかりぺちんといい音を鳴らした。これ、当たったら絶対痛いやつだ。手加減お願いします。



「あら、今の避け方は良かったわね」

「……そりゃどうも」


楽しそうに蔦を地面に這わせている先生を横目に、私は気持ちを切り替えるために大きく深呼吸した。意識を右手に集中させると、冷気が渦巻き始めたことを感じる。そして、右手で水蒸気が凍り鋭い氷柱になっていくのを精神で感じながら、前に向かって右手を振った。すると、出来上がったばかりの小さな氷柱が、的を目掛けて飛んでいく。


それが的に刺さったのを見て、一安心した。



「氷柱を作る時間は上々。投げる精度はイマイチね。真ん中を狙える位にならないと。ロティは女の子なんだから、力にものを言わせるより一撃で急所を狙わないとダメよ」


セレス先生は的を一瞥して厳しい評価をする。言っていることは最もだと思うので、まだまだ精進しないといけない現実に肩を落とした。


「でも、一年でよくここまで成長したわね。この調子でいけば17、18歳になるには好成績で入隊試験、通るわよ。まあ、まだまだこれからだけど」

「……はい!」


飴と鞭なのは分かっているけど、こうして褒められるとくすぐったくて、もっと頑張ろうという気持ちになった。セレス先生は生徒のモチベーションを上げるのが上手だ。だからこそ、なんだかんだこの人を私なりに師だと思っているし、最後まで付いて行こうと思っている。


――――無論、また新しい無理難題を押し付けられる頃には、後悔しているわけだけど。






そんな勉強と訓練漬けだった、8歳のとある日。

家に缶詰めになっている私の元に、来客が訪れた。



「ロティ、久しぶりだね」

「…………マリユス兄さん?」


やばい。一瞬誰だこの人って思ってしまった。どうも前世の記憶を思い出す前の現世の記憶は、曖昧なのだ。特にこの人――マリユス・シャニョンはかれこれ数年は会っていないような気がする。多分、だけど。


「もう何年も会ってないうちに、大きくなったね」

「そんな、オジさんみたいなこと言わないでよ」

「ロティからすればオジさんだろ」


そんな冗談を言いながら肩を竦めるマリユス兄さんに、思わず笑ってしまった。彼は私よりも8歳年上だから、あながち全部間違いでもないけどね。でも、それでも16歳だから十分若い。


「兄さんもまだ16でしょ。それより、今日はどうしたの?随分と久しぶりだね」


マリユス兄さん―――兄さんと言っているのは、もっと小さい頃に、まるで本当の兄妹のようにたくさん遊んでもらっていたからだ。確か小さい頃の私は家で本を読んでばかり、怖がって外に出ない内気な子だった気がする。そんな私を見かねて、よく外に連れて行ってもらったものだ。


兄さんと言っても血の繋がりはそこまでなく、親戚のお兄ちゃん程度だ。恐らく、従兄弟かはとこか、それぐらいのものだと思う。昔はもっと毎日のように遊んでいたけどなあ。気が付いたら随分と疎遠になっていたみたいだ。


「いやあ、あの時こってり怒られてロティに近づくなと母上に言われて、最近ようやく許されたというか……」

「あの時?何かあったっけ?」

「……覚えてない?」

「うん」


はて、何のことだろう。覚えていないことに相槌を打ってもあとでボロが出るので、おとなしく覚えていないことにした。そして、高熱を出してから記憶に不備があるということも伝えておいた。便利な言い訳だ。


「―――……ということがあって、昔の記憶が一部曖昧になってるみたいなの。ごめんね、マリユス兄さん」

「なるほどな。いや、ロティが無事なら良かったよ。あの事も思い出さなくても……いや、クロードは可哀想だが」

「へ?誰が可哀想だって?」

「なんでもないよ」


なんだか誤魔化された気がするけど、聞こえなかったものは仕方ない。怒られたというマリユス兄さんの言いぐさから、きっと私と遊んでいるときに何かやらかしてしまったのだろうと思うし、あながち間違いでもないと思う。いつも後先考えずに行動するものだから、私も何度か被害を被った覚えがあるし。



「それで、本題だけど。ロティ、ルクシェラ軍を目指すんだって?叔母様から聞いたよ」

「うん。だけど、それがどうしたの?」

「いやあ、僕も去年から入隊したからね?しかも今年から第二部隊。すごいだろ。それで、いずれは可愛いロティが部下になるかもしれないと思って、様子を見に来たわけだ」

「…………マリユス兄さんが?」


とてもじゃないけどしっかり者とは言えない、マリユス兄さんが?……いや、この数年でいくらかしっかりしたのかもしれない。


「ロティ、すごい失礼なこと考えてない?」

「えっ、そんなことないよ。さすがマリユスお兄様」

「取って付けたように褒めても無駄だからね。もう、そんな悪い子はお仕置きだぞ。ということで、今からお兄さんとお出かけしよう」

「はい?」


マリユス兄さんはそう言うと、侍女に何かを言って、私は侍女に着替えさせられてあれよあれよという間に馬車に乗せられた。


「……マリユス兄さん、仕事は?」

「今日は休みの日なんだよね。だから今日は一日お姫様を楽しませるよ、安心して」

「いや、私勉強したいんだけど」

「ロティ、見ない間にちょっと大人びた?昔は素直にお兄ちゃんの言うこと聞いてくれる無邪気な子だったのに……」


う、それは今の精神年齢がマリユス兄さんと同等かそれより少し上だからだよ。と言えるはずもなく、「女の子は大人になるのが早いの」と誤魔化しておくことにした。







馬車の中で詳しく話を聞くと、マリユス兄さんがルクシェラ軍の第二部隊に入ったというのは本当らしかった。ちなみに属性は雷。珍しいからなのもあるだろうと本人は笑っていた。


小さい頃から見ているからあまり有り難みは感じないけど、マリユス兄さんの顔は良い。性格はあんなのだけど。だから、ゆくゆくは主人公たちと同じ部隊というのも悪くないなと思った。ほら、まるで攻略キャラみたいだし。うーん、アリだ。


そんなくだらないことを考えながら、馬車の外の景色を見る。目的地までは、あっという間だった。




「さ、着いたよ」


そう言われて馬車を降りると、すぐ先には賑やかな市場。


「ここに、何か用があるの?」

「いや?普通に買い物だよ?」


きょとんとした顔でそう言われても困る。市場というのは平民のテリトリーだ。騎士団や軍の人間ならまだしも、普通の貴族が来ることはまずない。……って、そうか。マリユス兄さんはもう軍の人間だった。


「僕だって結構稼げてるからね。今日は好きなものをおごってあげよう。……ロティが欲しがるものがあるかは、分からないけど」


ドヤ顔でそう言っているので、ここは有り難く好きなものを買ってもらうことにする。これでも前世は庶民だ。市場に行きたいとは言えなかったけど、ずっと興味があったし。周りも見ると、屋台のようなところで色々と売っている。いいなあ、何食べようかな。


「とりあえず、あの鶏肉のやつ!」

「え、食べるの?」

「勿論!買い食いなんで滅多にできないもん」


ひとまず手近なところにあるお店で、鶏肉を挟んだサンドを買ってもらった。食べてみると、前世でいう照り焼きのような味がして、おいしい。もぐもぐ。あっという間になくなってしまった。


「じゃあ次は、甘いものかな~」

「たくさん食べたら太――」

「え?」

「なんでもないよ」


女の子にそういうのは禁句なんだからね。次いつ来れるのか分からないし、今日ぐらいはいいんだ。自分を甘やかす。というか、8歳の少女の威圧に負ける16歳ってどうなのだろう。マリユス兄さんはそれでいいのか。





そうしてしばらく買い食いをしていると、前の方からころころとリンゴが転がってきた。


「……リンゴ?」


不思議に思いそれを手に取ると、前の方から帽子を被ってバスケットを持った少年が走ってくる。少年のバスケットにはたくさんのリンゴ。なるほど、彼が落としたものだろうと思い、私は少年を呼び止めた。


「これ、君の?」

「あっ、そうです!ありがとうございます!」


少年は二コリと笑ってリンゴを受け取った。近くで見ると美少年と言っていい顔立ちで、思わずきゅんとしたのは内緒だ。


というか、よく見るとこの少年どこかで――――



「あ!僕、もう行かなきゃ。ごめんなさい!ありがとうございました!」


何かを思い出す前に、少年は行ってしまった。無念。



「慌ただしい子だったな。ロティと同い年ぐらいかな?」

「確かに、そうかもね。……どこかで見た気がするんだけどなあ」

「なに、気になるの?もしかして一目惚れ?」

「いや違うから」


妙に慌てたマリユス兄さんを不思議に思いながら、意味不明なことを言わないでほしいと思いつつばっさり否定した。あんな綺麗な顔した子、大きくなったらすごいモテるに違いない。というか、私乙女ゲームやっていたけど中身重視なので。私自身は普通の人とお付き合いしたいです。


怒りも込めて、追加でお団子を二本買ってもらった。







「ふぅ、食べた食べた」

「……ロティ、よく食べたね」

「普段はできないからね」


結局、夕方頃までマリユス兄さんとは遊び、市場食い倒れツアーみたいになってしまった。普通の女の子なら何かアクセサリーとか強請るのかもしれないけど、生憎今の私は食い気だ。……しばらく、甘いものは控えよう。まあ、セレス先生の授業で嫌でも運動するだろうけど。



「―――でも、よく食べたし、楽しかった」


大きく伸びをする。楽しかったのは本当だ。


「そう?なら良かった。叔母様が、ロティが根詰めてるんじゃないかって心配していたからね。あんまり無理はしないように。たまに息抜きするんだよ」

「もしかして、今日って」

「いや、今日は僕の独断だ。可愛いお姫様に会いたくなってね?」

「はいはい」


よくそんなことスラスラ言えるなあと思う。でも、誤魔化しているけど、私の息抜きのために今日は半ば無理矢理連れ出してくれたのだろう。なんだかんだ、そうやって昔から私のことを気にかけてくれるのだ。


「ありがとう、マリユス兄さん」


なんだか照れ臭くなりつつお礼を言うと、マリユス兄さんは笑顔になった。


「分かったならよろしい。ロティが僕と同じ職場に来るの、待ってるよ。……まあ、セレスさんなら大丈夫だろうけど」

「え?セレス先生ってもしかして……」

「僕の紹介だけど」


さっきまでうなぎ上りだった好感度が、一気に下がった音がした。いや、セレス先生、悪い人じゃないし、むしろ良い師なんだけどね。なんか、それをマリユス兄さんからの紹介というのがムカつく。何か言ってくれたってよかったのに。


「あの人、少し変わってるけど楽しいでしょ?」


にこやかにそういうマリユス兄さんは、母と同じく意外と図太い神経の持ち主のようで。私にはそれ以上返事をする元気はなかった。

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