04 強烈な第一印象
この世界では義務教育という概念が存在しない。例えば騎士を育成するための養成学校はあるが、それは騎士の安定供給を目指すためにあるようなものだ。貴族は、家庭教師をつけてマナーや教養を学ぶのが一般的である。
だから、魔法を学ぶにも家庭教師だ。それは非効率的だとも思うけれど、全員が魔法を使いこなせる世界は少し怖いかもしれないな、と思った。
というわけで、10日というのはあっという間で、今日から家庭教師さんが来てくれる。
「少し変わった人らしいけれど、実力は折り紙付きだそうよ。うちの親戚の方の知り合いだから安心してね」
母は呑気に笑っているけど、要は変人ということ?……少し不安になってきた。
そわそわして待っていると、執事のナゼールが、客人が来たことを告げる。母が迎えに出て、私は広間で大人しく座って待っていた。5分もしないうちに、家庭教師さんらしい人がやってきた。母が私の方へ案内し、対面する。服装は女性的だったので、中性的な男性かなあと思ったのはほんの一瞬。その幻想は彼の挨拶で打ち砕かれる。
「初めまして。貴女が私の生徒かしら?私はセレスタン。セレスって呼んで頂戴。これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
差し出された手を握りながら、こいつはやばいと内心冷や汗だらだらだった。見た目は7歳の子供だけど、中身は推定高校生の私だ。――――そりゃ、身長180はあるだろう、華奢とはいえ男の人の体格で、それで女性言葉で話しかけられれば、そう思うよね!?
これ、あれだわ。前世でいうオネエって人種だ。出会って数分で私は悟ったと同時に、なんて家庭教師を寄越してくれたのだと親戚を恨んだ。
さり気無く見た目のことを聞いてみたところ、趣味だと笑い飛ばされた。ちなみに、年齢を聞こうとしたら「レディに年を聞くのは失礼よ」と怒られた。つまり、そういうことらしい。オネエといっても前世テレビで見ていたほどの強烈さはなく、服装も女性的ではあれどズボンだし、似合っているし、そこまでしんどくはない。ただ、喋ったら、ちょっとギャップがアレなだけだ。私の彼?彼女?に対する第一印象は、『とにかく強烈な人』だった。
ちなみに母は「確かに変わってる方だけど、楽しい方ね」と呑気に笑っていたので、私の想像上に図太い神経をしているのだと思う。見た目は儚い貴婦人だというのに。
▽
「じゃあさっそくだけど、属性検査をする前に軽く魔法について説明するわね。ある程度は知っているかもしれないけど、おさらいということで」
そう前置きをして、セレス先生は魔法についての概要を説明してくれる。私はゲーム知識であるけれどきちんと勉強をしたことがないので、ノートを取りながら説明を聞いた。ちなみに呼び方は、本人直々に「セレス先生って呼んでほしいわ」と言われたのでそう呼ぶことにした。だって、無言の圧力が怖いし。
セレス先生の魔法概説は、私の知識と概ね同じだった。
この世界では、魔法が使える人間が生まれる。勿論、使えない人もいる。そして、魔法が使える人は、一人につき生まれつき一つ魔法の属性を持って生まれる。それを使いこなせるかは本人が持つ魔力――魔法の源が入る器の大きさと、才能次第。天才と称される人々は何もしなくても魔法を使いこなせるが、通常は訓練を積んでようやく魔法が開花し使えるようになる。だから、魔法を使いこなすには訓練が必要不可欠である。
魔法の属性は9つあり、属性の関係は【光雷風炎地樹水氷闇】の順に一本の線になっている。隣同士は相性が良い属性で、離れている程相性が悪いとされている。光と闇属性は数年に一人生まれれば良いレベルで珍しく、その次に雷と氷が珍しい。風炎水地の属性持ちが大半を占めている。樹属性もまた特殊で、樹属性は線の上では闇寄りだが、光属性と相性が良いとされている。
そして、この属性は魔物にも適用される。魔法が満足に使えるようになった魔術師は、自分と同じ属性の魔物の気配を察知することができる。これは、察知能力と呼ばれている。珍しい属性持ちが重宝されるのは、本人が持つ魔法のこともあるけれど、この察知能力が重要視されている節もある。
―――と、こんな感じだ。魔法を使える人は大抵軍にいるか、もしくはフリーで依頼を請け負ったりしているらしい。魔法を使える人は、この国では魔術師と呼ばれる。なぜ魔法使いではないのかは、ゲームの製作者のみぞ知る。
ひかこいのキャラは、ニコルとフランシスが光、クロディーヌが闇、シルヴァンが炎、ナタンが樹、エリーズが地、カミーユが水、となっている。
「ロティ、何か質問はある?」
「大丈夫です」
「じゃあさっそく、属性検査しましょうか」
属性検査というのは、名前の通りその人が持つ属性を調べることである。これができるのは力のある限られた魔術師だけで、セレス先生の言い方からすると、先生ができるようだった。こんなんだけど、実力があるのは本当らしい。
先生は水晶の欠片のようなものを取り出し、掌に乗せる。すると、ひとりでに水晶が浮いて光を纏い始めた。
「さあ、これに手を翳して」
言われた通りに手を翳す。すると、ぶわっと冷気が漂ったような、気のせいだか部屋の温度が下がった気がした。
「……あら」
先生は少しだけ驚いたように目を見開いている。
「これは珍しい。ロティ、貴女、氷属性ね」
「氷、ですか」
これには私もびっくりだ。モブキャラらしく、4属性のどれかだと思っていたけど……。でも、珍しい属性持ちの方が入隊は有利だし、悪くはないと思った。何より、闇属性と相性が良いし。これはクロディーヌ様とお近づきになれという神の啓示だとポジティブにいくことにする。
「珍しい属性となると育てるのに腕がなるわね~!」
先生はノリノリのようで、とにかくちゃんと教えて貰えるなら、もうオネエでいいやと思うことにした。人生、諦めが肝心だ。
「そういえば、先生は属性、何ですか?」
「んー、私はね、樹属性よ。まあ、ちょっと特殊だけど」
ウィンクされてもあまりときめかないです。というより、オネエ萌えはあまりないです、ごめんなさい。そんな謝罪が届くはずもないけど、一応心の中で謝っておく。どう特殊なのか聞きたかったけれど、次からいつ教えに来るかという日程調整の話になってしまったので断念した。
今日はどうやら挨拶と私の属性を確認して今後の予定を考えることがメインだったようで、授業をすることなくあっさりと終わった。ひとまず、しばらくは週に1回か2回、先生が来てくれることに。普通の勉強もあるので、まあ妥当なところだ。
それからは、特に趣味があったわけでもない――いや、あったけどこの世界では叶うことのないオタク趣味だ―――私は、勉強が趣味かというぐらいに勉強に没頭した。クロディーヌ様の取り巻きになれる程度の教養はほしい。必然と、自分に求めるハードルは高くなる。クロディーヌ様に会いたい一心で、またの名を萌えの力で、私は一心不乱に勉学や訓練に取り組んだ。
――――そのせいで、この世界は何かがおかしいと気付くのが遅れてしまうことに、まだ気が付いていない。