02 高熱と記憶と決意と
それから幾度となく断片的に謎の少女の映像が流れ、ようやく、この少女も『私』なのだという結論に至った。というか、『私』であることを私が思い出したという方が正しい。大きく人格が変わったわけではないけど、今の私はこれを思い出す前の私とは別の人間になっている。これは所謂『転生』というやつだ、ということに気が付くのもすぐだったし、その事実に対して形容し難い高揚感を抱いているのも確かだ。
前世の記憶は完全に思い出せていないけれど、所謂オタクだったということは思い出したし、客観的に自分の痛々しい様子を見るのはとても恥ずかしかった。あれだ、黒歴史。妄想に身悶えてる姿とか、もう勘弁してほしい。思い出したから、もう終わりでいいでしょ!
そう思った瞬間、今までふわふわと彷徨っていた意識が現実へと引き戻された。
「ん……」
身体が自分の言うことを聞いてくれ、うっすらと目が開く。
「ロティ!」
まず目に飛び込んだのは、泣きそうになっている現世の私の母親だった。
「良かった、目が覚めて。……私が誰だか分かる?」
「お母様、でしょ?」
どうしてそんなことを聞くのかと首を傾げていると、良かったと声を震わせてそのまま抱きしめられた。……どうしてしまったのだろう。
「貴女、高熱を出して三日も寝ていたのよ。頭もぶつけて。お医者様も、何か精神や記憶、脳に支障が出ていてもおかしくないと言うから、私……」
ああ、なるほど。確かに、脳に支障が……いや、前世のオタク部分が覚醒してしまったことは支障なのだろうか。支障とは思いたくない。それと、前世の記憶は大方高校生だったから、精神年齢は今この瞬間上がっているかもしれないなあ。
……でも、確かに、色んなことを思い出したせいか、現世の昔の記憶が所々抜けている気がしらない。現に、よく考えれば、私ってなんで高熱出したんだっけ?
「……私、なんでこうなったの?」
疑問をそのまま口に出すと、母は目を大きく見開く。「お医者様を読んでくるわね」と言い、慌てて部屋を出ていった。
その後、お医者さんに診てもらうと、身体は問題なく元気だということで。ただ、熱のせいでいくらかの記憶が抜け落ちているかもしれないと言われた。――今のところ、家族や友人、交友関係などのことは覚えているので、大きな支障はないと付け加えられて。
本当は絶対別の理由だと思ったけれど、言わなかった。だって、前世とか言い出したら頭おかしい子だと思われてしまう。むしろ、都合の良いように記憶が抜け落ちたことを解釈してもらえたので有り難いと思っていくことにしよう。
▽
さて、落ち着いたところで、現在の私の状況に思いを巡らす。というのも、安静にとお医者さんに言われたばかりに、ベッドから出ることが許されなくて、することが無いのだ。要は、暇。そんな時間を利用して、前世の記憶をなぞりつつ、現状を整理する。
まず、転生のお約束として、前世の私が読んでいたネット小説だと、此処がどこかの小説だったりゲームだったりの舞台という場合がある。これにはすぐ思い当たった。
『煌く光に導かれて~剣と魔法と恋物語~』通称『ひかこい』。この国の名前や軍など、様々な事情は、前世の私がドハマりしていた乙女ゲームの世界を彷彿とさせる。きっと、これで合っていると思う。ただ、問題なのは、私が誰かということである。侍女に鏡を持ってこさせて自分の顔を見ても、特に思い当たる節が無い。前世に比べて、結構整っている方だとは思う……侍女に変な目で見られたので鏡は返しておこう。そして、伯爵家次女『シャルロット・ミュラトール』愛称は『ロティ』、そんな名前や肩書にも聞き覚えは無い。
つまり、答えは簡単で、『モブ』ということだろう。うん、前世でも平々凡々に生きていた私に相応しい役割といえる。きっとこの世界に生きているだけの、名もなきモブキャラに転生したんだ、私。確かに乙女ゲームをやっていただけあって、男キャラには人並みにときめくけど、特に主人公になりたかったとかいう願望は無い。巷で流行っていた悪役令嬢転生にも興味が無い、というか、私がそうなったら卒倒する自信がある。
自分がモブだと分かったところで、次に、この世界の主軸となる物語を頭の中で整理しておく。勿論、今後の身の振り方を考えるためである。
ひかこいは、よくあるなんちゃって中世ヨーロッパ風の乙女ゲームだ。勿論、魔法があるファンタジー世界でもある。サブタイトルに魔法って入っているからね。
此処、リュレイユ王国は、貴族と平民など身分がある階級社会。そして、魔法という概念が存在し、魔法を使う人間は魔術師と呼ばれる。そして、そんな魔法の力を有する人間を戦力とする、魔法騎士団『ルクシェラ軍』がある。物語の舞台は、そのルクシェラ軍だ。主人公は平民の出だが珍しい光属性の魔法を持つため、そのルクシェラ軍に入ることになる。周りは貴族ばかりの中で必死に努力をし、そんな中でキャラクターと恋に落ちるのだ。ちなみに、身分差という要素も入っている。
攻略キャラは少なく、隠しキャラ含めて4人。そのかわり、各キャラクターのエンディング分岐は多かった。中には、少々鬱になるものも入っていたことを記憶している。無限の可能性ともいえるエンディング分岐を、濃く、手広く扱ったことも、このゲームの人気の秘訣。けれど、やはり一番の魅力は登場人物だろう。魅力的なキャラばかりだ。
まず、主人公『ニコル』。いかにもといった、乙女ゲームのヒロインに相応しい健気なキャラ。優しく、時には強く。私は、甘ったれたともいえる思想を持っているだけではなく、芯の強さを持ち合わせているこのキャラのことは、意外と嫌いではなかった。
攻略キャラの1人でメインヒーローの立ち位置になるのが、『フランシス・ギヴァルシュ』。キラキラ王子様系のイケメンで、主人公にも優しく接してくれる。彼もニコルと同じ光属性の持ち主だ。国の第三王子で、王位継承権も下の方だし、むしろこの力を国のために役立てたいとルクシェラ軍に入り瞬く間に出世して、若くして主人公が所属する隊の副隊長になる。
そんなフランシスの付き人も兼ねている騎士、『シルヴァン・ジェデオン』もまた攻略キャラの1人。堅物でかっこいい路線のキャラだ。彼は王家に忠誠を誓う公爵家の人間で、幼い頃から第三王子の付き人のようなポジションだった。そして王子がルクシェラ軍に入団を決めると、彼も追いかけるように入団する。
攻略キャラの中で唯一年下となるのが、天才魔術師『ナタン・ブランザ』。史上最高の成績で軍に入隊したと話題になるキャラだ。幼い頃から奇異の目で見られていたこともあり、あまり人に心を開かないが、心を許した後とのギャップが凄まじいとお姉様方のハートをキャッチした。
そして、隠しキャラ『カミーユ・ロラン』。私が前世で一番好きだったキャラだ。飄々としているが意外としっかり者で、楽しいことが好き。ニコルにも興味本位で最初は近づいてくる。ただ、本気になった後は甘い言葉をささやいてくれたり、普段掴めないキャラが真剣な眼差しをしたり、そういうところがツボだった。……萌え語りをすると長くなるから、深く考えることはやめておこう。
このように、ニコルと恋に落ちる面々は素敵な面子ばかりだが―――恋に障害とは、つきものである。
忘れてはならないのは、ニコルのライバルキャラとなる、所謂、悪役令嬢『クロディーヌ・ルノアール』の存在だ。彼女はニコルと対をなすように、闇の属性の魔法を使うことができる。攻略キャラたちは誰もが高い身分を持っており、対してニコルは軍でも珍しい平民。勿論、周りからもあまりよく思われていない。だからこそ、彼女は「平民如きが親しくするなんて、身の程を弁えてはいかがかしら?」とつっかかってくるのだ。
ただこの悪役令嬢、卑劣な嫌がらせなんて一切しない。そのかわりに次の試験の成績で勝負しなさいとか、殿下に認められたいならこの程度の依頼こなしてみせなさいとか、何かと試練を与えてくる。そしてその試練の最中に攻略キャラと親密になったり、試練の結果が後々攻略キャラとの関係を認めてもらう上で重要なポイントになったりしてしまう。クロディーヌとの対立イベントは、必要不可欠だ。
そして、クロディーヌは主人公がきちんと自分の言ったことをこなせば、それ以上のことはしてこない。要はプライドが高い故に平民の主人公にはきつく当たるけれど、それ相応の結果が出れば認めてくれるちゃんとしたキャラクターである。勿論主人公に課すことは自分でもできるし、上から目線でプライドが高いけれど嫌な感じはしない、高嶺の花と言うのが相応しい人。私的に解釈すれば、前述の台詞も、平民が何もなしに貴族と親しくしていては周りからの風当たりが強くなるからと、あえて言ってきたように思える。見えにくいけど優しい人なのだと思っていた。
私は乙女ゲーマーであったと同時にオタクでもあったので、彼女は久しぶりにビビッときた女の子のキャラクターだった。つまり私はクロディーヌというキャラクターが大好きだったのだ。気高く美しく、そして強い彼女に、どこか憧れていたといってもいいだろう。そして重要なのが、彼女には、立ち絵が存在せず名前だけの片腕のような存在がいたということである。名前的に私は勝手に彼だろいうと思っている『シャルル』というキャラである。何かあれば彼の名を呼ぶ彼女―――その関係に萌えを感じた記憶は強く残っていた。
今、私はクロディーヌ様と同じ世界にモブとして存在している。つまり、彼女に会えるのでは……?冷静に考えても、行きつく結論はそこだった。攻略キャラたちもニコルも見てみたいし、悪い案ではない、と思う。オタクとして、彼女らを拝みたい、あわよくばクロディーヌ様とシャルルの絡みを見てみたい、当然の欲望である。
こうなったら、悪役令嬢クロディーヌの取り巻きを目指す人生も悪くはないと決意するのに、そう時間はかからなかった。オタクって萌えのための行動力はあるからね。