00 夜の魔法使い
まだ幼かった私。その日は親戚に連れられて、少し遠出をして遊ぶことになっていた。危なくはない小さな森と草原。私を可愛がってくれていた親戚の彼は、家に籠りがちの私を誘ってくれたのだ。
彼と、彼の友人二人と、私と、合わせて四人。友人は二人とも男の人だったけれど、自分たちより幼い私のことを邪険にすることもなく、一緒に遊んでくれた。初めは取って付けたような敬語で礼儀正しくしようとしたけど無理をしなくて良いのだと笑われて、私は、気が付けば無邪気に彼らに接していた。
青い空、吹き抜ける風、春の花の穏やかな香り、何もかもが美しかった。うさぎが跳ねて、リスが木陰から顔を出す。そんな何もかもが真新しい景色に、私ははしゃいでいた。
そうして遊んでいるうちに、気が付けば私は他の皆とはぐれてしまった。弾んでいた気持ちが一気に萎み、次に襲ってきたのは不安。彼らの名前を呼ぶ声は、震えていた。
歩き回っているうちに、あれほど透き通っていた空に陰りがさして、ぽつぽつと滴が降り注いでくる。濡れてしまうと焦った私は、慌てて近くにあった小さな洞窟に駆け込んだ。
「……さむい」
大丈夫だと自分に言い聞かせないと、今にも泣いてしまいそうだった。外は薄暗く、洞窟の中は暗い。それは5分だったか、30分だったか、分からないけれど、果てしなく長い時のように感じていた。まるで、このままひとりぼっちになってしまうような気分。どうしようもなく不安で、心細かった。
「―――!ロティ!」
このまま夜になったらどうしよう。次第に視界が闇に染まっていくのを感じながら、三角座りで顔をうずめていると、どこからか声がした。
「だれ、お兄ちゃん?」
藁にも縋るような思いで声を出すと、洞窟の入り口から誰かが入ってくるのが見えた。
暗闇に溶け込んで見にくかったけれど、かろうじてそれは親戚の彼の友人だということが分かった。知っている人だということに安心して、途端に涙腺が緩む。
「俺たちが目を離していたから、ごめん。怖かっただろ」
そう言って頭を撫でられて、自分の意志とは関係なくぼたぼたと頬に水が伝う。
「こ、こわかった……暗いし、ひとりで」
はぐれたのは私の方なのに、嗚咽混じりにそう言う私のことを怒ることはなかった。むしろ、大丈夫だからと言って優しく抱きしめてくれる。それにまた安心して、涙が止まることはなかった。
「ロティ、顔を上げてみろ」
「え……?」
しばらく泣いて落ち着いた頃、ふとそう言われて私は何か分からないままに顔を上げた。すると、今までは恐ろしかった洞窟の暗闇の中に、きらきらと星のような光が輝いている。それは白く見えたような気もすれば、黄色かったり水色だったり、不思議な色をしていた。
「すごい……きれい……」
気が付けば、無意識のうちにそう言っていた。彼はそれに満足したようで、小さく笑う。その笑顔がとても綺麗だったことに、少しだけどきりとした。
「闇もこうすれば、怖くないだろ?」
「うん……今のは、どうしたの?」
首を傾げて問う。
「これは、魔法だ」
そう言って彼は空に手を翳すと、そこからきらきらと不思議な光が散らばった。
「まほう……」
その時の私はどんな表情をしていただろうか。自分では分からない。ただ、先ほどまであった心の陰りは一切なくなっていて、私は目の前の光に心を奪われていた。
なんて、綺麗なのだろうと。
「魔法は、人を幸せにしてくれる。……ロティも、少しは落ち着いたか?」
「うん、ありがとう!」
気が付けば笑顔でそう答えていて、まるで私が魔法にかけられたようだった。
暗い闇に、無数に煌く光は、まるで星空。
「―――さんは、夜の魔法使いだね。お星さまみたいに、きらきらしていて、私を明るく照らしてくれた。とっても素敵な、魔法使い」
手を引かれて帰っている間にぽつりと呟いた私の言葉に、彼はなんて返しただろうか。
私も――――私も、魔法を使って人を幸せにできるのかな。
確かに、私はこの日、魔法使いに夢と憧れを抱いたのだ。遠い昔の記憶。どうしてか、今はもう忘れてしまった、思い出。