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「重い……」
と鬱々と呟きながらも基本的に朝の苦手な俺は惰眠を貪ろうとさらに布団に潜り込もうとするが、何故か一向にこの重さは消えてくれない。なんだろう……こう、例えるなら漬け物石が腹に乗っている感じの……
「女性を漬け物石で例えるなんて、最低ですね貴方は」
よく知った聞き心地の良い一言で目が覚める。
そこにはティナが俺の胸の辺りに、より正確には心臓辺りに耳を引っ付けて感情という表情が出来ないような顔でこちらを見ていた。
「おい、何をしている。 というか勝手に人の考えを読むな」
「……勝手とは許可がいる物でしたか、これは申し訳ありません。 昨日計り損ねたものを計っているだけです。 そのままじっとしていて下さい」
絶対に申し訳ないとか思ってないだろ……それよりそういう事なら事前に言っておけよ。しかしティナの奴少し近くないか……2つの柔らかいものが当たって役得なんだが。
人の額に手を当てたり、心臓の音を聞いたりこれがこの世界の健康調査かよ、随分と古典的だな。
・・・・・
…………なげえ。 さっきまでごちゃごちゃ言ってた自分が懐かしいよ。 こんだけ押し当てられるともう柔らかいとかさ気にならんぐらいにマンネリに……体勢が変わった!! …………もう少し位は待ってやろう。
暫くすると、いろいろと我慢出来なくなった俺は意を決してティナの肩に手をおき自分から引き離した。
「ティナさん……そろそろいいんじゃないかな」
そう言うとティナは名残惜しそうに顔を上げ自然と俺に目が合った。
彼女の両眼は潤み、紫の瞳を水晶のように輝かせ真っ直ぐ俺を見つめて、微かに頬が赤みを帯びていた。 すると俺の思考に次第に靄がかかり始めた。
気がつくと俺はティナを押し倒していた。
ティナのメイド服はぎりぎりの所まではだけて、更に頬を赤くし俺から目を背けていた。
俺も頭の中でパニクりながらも一瞬で顔が真っ赤になり、離れようとした反動でベットから転げ落ちた。
「ごめんティナ。 ちょっと外に出てくる」
素早く立ち上がり後退りしながら、俺はそれだけ言うと扉のドアノブを回した。
「いえ、お気になさらず…………………………いくじなし」
ティナの最後の言葉は扉の閉まる音で俺には届かなかった。
外に出ると、朝日が出て間もないのか少し肌寒く他の連中は起きていない。 皆が起きる前に終わらせようとした彼女の優しさなのか嫌がらせなのかと少し口が綻ぶ。
手持ちぶさたになった俺は部屋に戻るわけにもいかず、散歩をしようかと廊下の窓から景色を眺めた。
建物はどこかの映画で見たことのあるような中世の街並みが広がり、商人たちが忙しそうに準備をしていた。
城はメイドたちが急いでいないように歩きながら、行ったり来たりと働いていた。
特に考えもなく食堂のおばちゃんから貰ったビスケットぽいお菓子を頬張りつつ、メイドさんたちの姿を見て歩いていると、昨日約束していた鐘が鳴り響き大慌てで闘技場に向かった。
・・・・・
闘技場に着くと他の連中は先に来ており、睨みながら俺を出迎えた。
そしていつもにこやかなグリゾネも目だけが笑っておらず、何かを押し殺した声で俺に話かけた。
「ユースケくん……遅刻ですよ。何か釈明することはありますか? 」
「いや、朝少し早くに目が覚めてな散歩をしていたんだ」
「そうですか。 他には何か言うことはありますか」
「……えっと~、あの~」
沈黙超怖いよこの人。 ヤバいじゃん一番キレると何するか分かんないタイプじゃん。
グリゾネから滲み出る無言の圧力に屈し俺は謝罪した。
「すまない、遅れた」
「はい、ではユースケくんは腕立てでもしながら授業を聞いておいてくださいね」
「……わかったよ」
俺はあることに気がついた。
一つは腕立てをしている間に運悪く誰かが俺の上を通りそれをたまたま俺が見上げると、見事な偶然によって引き起こされた パ☆ン☆チ☆ラ が拝めるのではないかとのことと、この腕立てにグリゾネの授業速度、采配次第で幾らでも長くなることが俺に希望と絶望を味あわせた。
そんな俺をバカでもみるように見下していたグリゾネは気にせず授業を開始した。
「この世界の大陸には大きく分けて3つの大国があります。
1つは白亜人たちの長 “ 妖精帝 ” 治める国 “ 精霊帝国 ” この国に魔素を作る樹。 精霊帝国の信仰対象でもある “ 世界樹ユグドラシエル ” を所有している国です。
2つ目が私たちが住む、人族統べる王国 “ 聖ディラッセルト王国 ” 現在、精霊帝国とは同盟関係の仲にいます。
そして近年魔王と呼ばれる者によって統治され勢力を拡大している国、私たちはそれを “ ラーヴァス ” と呼んでいます。
皆さんやってもらうのは、魔族が何らかの組織的行動をする前に、もしくは戦争になる前に魔王の首を取ってきてもらう。 それが皆さんの仕事です」
仕事つまり俺たちは駒扱いだ。
俺たちがこのまま進む未来には彼らの傀儡として生きていく道しかない、自由はないとはっきり宣告された。
ちなみに俺はこの国奴隷になることも魔王を殺すなんて危険な橋を渡るのも性分にあわないし、そんな気もさらさら無い。
人生一度きり、フリーダムに生きねばいけない。
俺の今後の方針は決まった。 俺はここで力を蓄えてこんな国とっととおさらばだ。
顔を見上げるとそれぞれが何かを決意した顔でグリゾネの顔を見つめていた。
そんな俺たちの決意とはよそにグリゾネは密かに微笑んだ。
「さて、話がずれましたね。今は世界樹が魔素を発生させているとだけ覚えといて下さい。 それで魔素というのは………………」
グリゾネはあまり教師には向いていない、それが昨日から授業を受けている俺の素直な感想だ。
まぁ、グリゾネの言ったことをまとめると
この世界には魔力の元になる魔素があって、世界樹がそれを精製してている。
魔法を使うには大気中の魔素に自分の魔力で上書きする必要がある そして上書きされた魔素は次第に分解され、また魔素に戻る。なお上書きする時に使った魔力も魔素に還る。 (イメージとしては、魔力を絵の具、魔素は自動で真っ白になっていく画用紙といった所だ)
つまり炎の魔法を使って火を出していても草や木などの何かに燃え移るまでは、それはただの魔力を上書きしたに過ぎないということだ。
ちなみに、この世界では弱い風や火などを起こす生活魔法はあるが、元々の魔力が少ない人々は火の魔法以外は滅多に使われないそうだ。
それと魔力量は使えば増えるが1回に増える量は人それぞれらしい。
などのウンチクを含めた授業を大変わかりにくく説明していただいた。 その才能ば俺たち以外でいかんなく発揮してほしいものだ。
グリゾネは一通り説明し終えると、気分が良いのか俺の腕立ての刑を解き、いつものにこやかな笑顔を俺たちに向けた。
「それでは皆さんの魔力の特性と魔力量を調べましょうか」
何処からともなく出した水晶を俺たちに見せつけた、
「これはですね~、僕が現役時代に迷宮で見つけた物でしてね。持っているだけで魔力量測定、特性看破などのことが出来ちゃう便利アイテムなんです~ いいでしょうあげませんよ」
……すごく上機嫌ですごくむかつく喋り方だったが俺には今までの話し方より好感が持てるが、果てしなくうざい。
そうこうしている内に自分の番になり、水晶に手を置いた、
[ 中村 悠祐 特性 雷 魔力量 15120 ( 8046+7074 ) 成長率 中 ]
と浮かび上がる。
多いのか少ないのかわからんがグリゾネの笑顔が固まっているのを見るに多いらしい。
グリゾネは挙動不審の動きをとり俺たちに少し待つように指示し城に戻っていった。
息を切らして戻ってきたグリゾネ先生はさも何もなかったように平然と授業を始め、情報は大事なんですというお達し共に全員の魔力量と特性が公開された。 この世界にはプライバシーというものはないようだ。
[ 宮本 忠勝 特性 光 魔力量 6489 成長率 極大]
[ 秋月 禊 特性 風 魔力量 8040 成長率 大]
[ 黒崎 優也 特性 無 魔力量 7582 成長率 大]
[早川 鈴 特性 水 魔力量 9043 成長率 大]
あれ……俺の魔力量多すぎね てかなんだよ+7074とか俺だけで誰にもついてないじゃん。 俺知らない内にチート能力が開花しちゃった系ですか?
いやはや幸先のいいスタートだな俺。
他の言い寄ってきた有象無象共をを勝者の余裕で軽くあしらっている内に、再びどこかに走り去ったグリゾネが戻ってきていた。
グリゾネの態度はどこかよそよそしく何かを恐れているようにも見えた、
――特性が光の英雄がいたので国王に伝えにいっただけです。 彼はそう言った。
グリゾネは他にも光の特性を持つ英雄のことを色々喋っていたが、あまり覚えていない。この時の俺は何も見えていなかった。今いる自分の立ち位置も、先に起こる未来も。
・・・・・
彼のしどろもどろな説明を受けながら俺たちはようやく魔法の実習に入った。
「今日は魔法の基礎であるボール系の魔法を教えて終わりです。私が魔力を流し込めるので感覚で知ってもらいます。 後はそれを1つ纏めるだけです 簡単ですよね? 」
グリゾネが来たのは一番最後で俺の手に触れる時に見た目はまるでゴミや汚物を見るような目をしていた。
何かやらかしたのかと思い、体が震えるが、グリゾネは何も言わず立ち去った。
止めろよ、俺はMじゃねえよ……。
体感的には数十分、数時間が経過したところで俺以外の全員がボール系の魔法を出していた。
……なぜだ、こんなにも魔力量は多いのになんで魔法の基礎すらできないんだ。 さっきグリゾネに流してもらった魔力的感覚は手から出ているはずなのに、出た瞬間融けたように消えてしまう…………。
ヤバイよヤバイよ、今になってさっきまでの自分が超恥ずかしくなってきたよ~。なんだよチート能力開花って魔力量が増えても使えなきゃ、ただのネタじゃん、ふざけんなよ!!
アイツあんだけの魔力もってながら基礎も使えないんだぜ~(笑) とか、イヤ~無理、マジ無理っしょ俺なら死ねるわ~(爆笑)
とか言われて孤立のボッチとかなったら立ち直れねえよ。 鬱だ、死にたいさっきまでの自分を撲殺して、皆の記憶から消し去りたい。
そんな俺を見かねたのかグリゾネが仕方ないとため息一つ嫌々俺に近づいてきた。
助けてグリゾネ、いやグリゾネさん、間違えたグリゾネ様。 ええいこうなりゃオマケに神様、仏様、もう誰でもええわともかく。
俺の願いを聞き届けてくれーーーーーーー!!!!