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目が覚めると、眩ゆい光が射し込み部屋全体を包み込むように暖めていた。寝惚け眼を擦りながら目を開ける。
「知らない天井だ……」
自然と溢れたセリフだがこの言葉を俺は知らない。 思い出せもしないということは俺の脳は1日寝たぐらいでは元に戻ってはくれなかったらしい。
欠伸をしながらベットを降り、昨日は暗くて見る暇もなかった部屋を見回した。
部屋の中はそれなりに広く、それでいて何も無い殺風景な部屋だった。 ……寂しいぜ。
とりあえず俺専属メイドのティナちゃんが来ていないようなので、昨日分かった俺の記憶喪失ことを再確認しておこう。
俺には記憶喪失なのだが、それは全ての記憶が無くなっている訳ではなさそうだ。
俺の脳は思い出だけが完全に消え、知識だけが残されている。 昨日、俺が色々見ていたのはその物体が何に使うものなのかが分からなかったからだ。
つまり俺は過去に自分が覚えた・使った知識の範囲内での名称、使い方が分かるだけのもので、異世界で検索した時に出た説明のような異世界来たらめっちゃ強くなるような能力は持っていないようだ。
このベットという物が寝るために使われるなんて見るまで分からなかったぐらいだし、廊下に並んである物体なんて【 高そうな壺 触らないでおこう 】位しか俺のポンコツは教えてくれなかった。
つまり俺の知識はこの世界においてなんのアドバンテージを秘めたものでは無いことが分かっただけという何の面白味のない結果になっていることぐらいか。
俺は一通り部屋を見終わり、廊下へと出た。
すると、他の奴らが廊下の隅で話しているのが見えた。
色々と面倒なので部屋に戻ろうとするが、扉を開く音に振り向いた1人とバッチリ目が当ってしまった。
「オオッス!! おはよーうさーん」
一応挨拶をしておいた。 初対面の人には必ず挨拶をしましょうとデカデカと太字で出たからだ。
「おはよう。 はじめまして、僕は黒崎 優也 これでも高2! だからよろしくね」
「俺は中村だ。 よろしくな」
やけに高2の部分を強調していたが、黒崎は俺の肩位までしかなく160あるかないか位で僕という一人称と女性に近い顔つきでよく間違われるのだろう。
これも彼なりの涙ぐましい努力の1つらしい。
もう一人の男は俺を見るなり席を外し、
「私は宮本 忠勝だ。 それではまた後で 」
とだけ言うと、返事も聞かずに部屋へ戻っていった。
「なんだ、アイツ」
感じ悪い奴だ。 挨拶もろくに出来ないとはこれだから最近の若いもんはよー。
「宮本さんは朝の鍛練を終えて汗を流すと言ってましたよ。 私もびっくりしましたけどあの宮本家の人らしいですよ」
「……宮本? 宮本って……あの宮本か! 凄いな ……えっとー」
宮本ってなんだ!? 急に言われてもオラわっかんねえぞ。 タンマ、今検索するからちょい待ってー!!。
「ああ、私もまだ自己紹介してませんでしたね。 私は秋月 禊といいます。この服は家が神社だから着ていただけですので勘違いしないで下さいね」
ニコっと笑った笑顔の後ろに何かドス黒い何かが見える。……この藪は突ついてはいけないと頭のサイレンが鳴り響く。
だが、いい感じ上手く誤魔化せたようだな。 危ない危ない
秋月自身は巫女服に身を包んでいて黒髪と秋月自身から発せられる和みのオーラと相まってかなりの美人だ。
男としては透き通るような肌とかなりの大きさを誇る女性特有の膨らみに目が一瞬釘付けになったことを追記しておく。
「よろしく中村だ」
「はい、よろしくお願いします。じゃあ次の鈴ちゃんで最後ですね」
鈴ちゃん? 目の前には黒崎と秋月の二人しかいない、辺りを見回しても人がいるような感じはしなかった。
「どこにいるんだ?」
「ちょっと動かないでね中村くん」
笑みを浮かべたまま抜き足差し足で俺の後ろのほうへ進んでいく
「鈴ちゃん捕まえたー」
「……捕まった」
「さっ鈴ちゃんで最後ですよ」
鈴と呼ばれる少女はさも興味なさそう表情で俺の目の前に来て言い放った。
「早川 鈴……よろしく」
「よろしくな早川」
「鈴でいい……それじゃ」
と言って鈴はスタスタと歩いていった。
早川は黒崎より少し小さめな感じでスポーツでもやっていたのかほんのりと焦げた肌が目につく美少女だ。
慎ましいそれに関してはノーコメントにさしてもらおう。
「これで全員の自己紹介は終わったね。これからどうしようか?」
そういえば、俺は昨日の話を聞いて無かったな一応聞いておくか
「昨日、王様と何を話してたんだ?」
「え、聞いてなかったですか? 結構大事な話をしてましたけど」
「ああ、ついな色々珍しくて」
記憶がないというのは言わなくていいか、言ってもどうしようもないことだし初対面の相手に言うべきことでもないだろう。
「その気持ちは分からくもないですけれど……昨日はですね簡単にいうと魔王を倒しちゃって下さいみたいなかんじですね」
コク、コク
そんだけかよ!! 結構話しているように見えたけど……早川さんも頷いているし
「あの王様は言っていることがめちゃくちゃで・・・」
話しの空気を読まず、ある意味遮るかのように昨日聞いた声が聞こえた
「おはようございます皆様、朝食の準備が出来ました……1人足りませんね」
ティナは辺りを見回しながら淡々と話す。
「僕が宮本くんを呼んでくるよ」
さすが、優男の黒崎くん頼りになるわ。学級委員とか進んでやる人間がいる所は楽で良さそうだな
・・・・・
朝食を食べ終わってしばらくするとメイドが現れ、王様とあらためて謁見する事になった
「宮本んって、あの宮本剣術道場の人なんですよね」
「そうですね、……私は次男だったので跡には継げませんでしたけど」
宮本剣術道場
検索結果では毎年希望者が絶えず、そして一年も耐えずに6割以上が辞めていく道場でそこからの卒業生は必ず成功を果たすと言われ『 入るにも地獄 入っても地獄 』と呼ばれるほどの修行場らしい。
少し宮本の表情に影が入り立ち止まった。
「どうした、何か不安なことでもあるのか?」
「あるにはありますが憶測の域なので……」
嫌な奴だ取り入る隙間もない。 こっちは少しでも情報が欲しいのに……
そこで空間が大きく震え揺れた。
俺は完璧な証拠もないまま異世界に来たことに順応しようとしてきたが、実はこんなファンタジーなことは起きてないじゃねぇのという一握りの希望があった。
しかし、俺のちっぽけな希望は、目の前の現実によって打ち砕かれた。
「…………ドラゴン」
誰かが呟いた、俺たちはその赤鱗の大翼を広げもうスピードで通り去った紅いドラゴンに目を奪われていた。
そして、ティナが陰鬱そうに目を細め、窓から町を見下ろしため息を吐いた。
「また、アイツらが来るのですか」