主人と下僕の旅は始まる
続きます(完成を持って、この文章を消します
1.
エリザは母親に似て根本的な部分で聡明で冷静な素養があるが、これまでの我侭生活はそれを覆い隠すのに十分で、そしてなりより彼女はまだ十二歳であった。
「もう、もう、もう、もう……なんなんですのっ!!」
憤懣やるかたない、といった風にエリザは石畳の上を鼻息を荒くしてズンズンと大股で進む。
「もう、もう……本当に、もう、なんなんですのっ!!」
キーッ!! とハンカチでもあれば口に咥えそうな勢いで、地面を二度三度と足で踏みつける。
エリザは上手く言葉にできない苛立ちに身体が張り裂けてしまいそうだった。彼女の頭の中では沢山の感情が吹き荒れていたのだ。顔も見せなくなった両親、側室の子供という身分、手に入らなくなったどうでも良いガラクタ、口答えをする執事、呆れた視線を浴びせてくるメイド達。そしてそれらをどうしようもないと、どうにもならないと、もっと他にやりようはあったはずだよ、と語りかけてくる自分の奥底にある心。ともすれば泣き出してしまいそうな、貴族の娘にあってはならないそんな、気高くもない、誇り高くもない自分。
足で踏みつけたその地面から動かず、俯いたまま、エリザの心は今にも折れそうになっていた。これまで我慢をしていた。そう、エリザは我慢をしていた。傲慢であるというのは、やめることができる。高飛車であるのも、やめることができる。気高く、美しく、誰もが知ってるような貴族のお姫様。エリザはそれらを今まで必死で繋ぎとめてきたのだ。少なからず、それが誰の為といえば、自分の為ではあるとはいえ。
平凡で、素朴で、素直な、ただの女の子。
ギュッ、と力強く手を握り締める。ここで、この込み上げる何かに委ねてしまえば、楽になれる。
言葉にできない、エリザの中にある、何かを諦めれば、今あるエリザを殺せば、新しいエリザは楽に生きて行ける。
―――きっかけが、必要だった。
優しい老人が、もう我慢しなくていいんだよ、と声を掛けてくれることを願った。
偶然街に訪れた母が、優しく抱きしめてくれることを望んだ。
野良の子猫が、足元に擦り寄ってくるのを思い描いた。
ふと、エリザは辺りを見渡した。
屋敷からほとんど出ることのないエリザであるが、そこに見覚えがあった。夕方になり、辺りは朱に染まり始めてはいるが、街から少し外れた、多少は裕福な冒険者の一戸建ての家の並ぶ通り。
エリザは後ろを振り向く。
黒髪、特徴のない顔、自分と同い年くらいの背格好。平民としてどこにでもいそうではあるが、その少年は少しだけ頭を下げ、お腹の辺りに両手を添えて、微動だにせずにいる。まるで、主人の行動を待つ従者の様に。
そうだ、とエリザは思う。まさしく、ここには主人と下僕の二人がいるのだ、と。
「そういえば、ねぇ、下僕。あなたは、人の心がわかるとか言ってたわよね」
「はい、エリザ様」
「なら、下僕。今、私は何を考えているの?」
「はい、エリザ様。……少々、よろしいですか?」
コウは俯かせていた顔を上げて、ジッ、とエリザを見つめ始める。どこにでもありそうな、少しブラウンの強い、普通の瞳。こちらを見透かしてきそうな気もしない、本当にただジッと見てくる、ただそれだけの視線。
「ああ、すみません。やっぱり、わかりません」
その、本当に申し訳なさそうな仕草を見せる少年に、エリザはフッと笑った。
「あなたは、駄目な下僕ね」
「申し訳ありません。エリザ様。ですが、多くの場合、わからない時は、二つ選択肢があります」
「二つ?」
「ええ、一つは、ジッとして、何もしないで、閉じこもり、ただ息を潜めて時間が経つのを待つこと。もう一つは、派手に動き回って、全てを掻き乱して、パーッとやることです」
「パーッと?」
「ええ、パーッとです」
「なによそれ」
アハハ、とエリザは少女の様に笑い、ハッと口を押さえた。その様子に、コウはただ何の曇りも無い微笑を浮かべた。
その微笑みは、エリザをまるでただ一個の女の子として見る様な。
「~~~ッ!! 下僕の癖にっ!!」
「ああ、エリザ様、おやめください。おやめください」
バシッ、バシッ、とエリザはコウの頭を叩く。コウは口では謝罪の言葉が出ているが、そこには先ほどの微笑みなど皆無の、炯炯とした、特殊な趣味の類の人間の浮かべる喜悦の笑みだ。
「ほら、行くわよ、下僕っ!!」
「どちらに行かれるのですか?」
「どこかによっ!! パーッとやるんでしょ!?」
「ええ、そうです!! パーッとやりましょう!!」
「下僕なんだから私に不自由はさせないでよっ!!」
「ええ、勿論です。エリザ様には一切の不自由はさせませんっ!!」
夕闇せまるなか、少年と少女は歩みを進めた。、
2.