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沙村鉱はコウとなる

1.


 沙村鉱は転生者である。


 簡単に経緯を説明すれば、トラックに衝突されたとか、突然心臓発作で倒れたとか、そういった突発的で安直な現象が彼の身に降りかかり、とはいえ神様と出会うというイベントは無く、すぐに赤子として生を受けた。


 幼児としての身体ではあるが思考に問題はなく、彼は生まれて一ヶ月もすればおおよその状況を把握することができた。


 自分の名前は沙村鉱ではなく、姓のないただのコウである。


 ここは地球とは違う世界、異世界である。


 魔法もある。魔物もいる。


 父親は冒険者である。母親は元冒険者である。


 細かいことを言えば他にも色々とあるが、沙村鉱、あらためコウはここが物語的にありがちな、剣と魔法の世界であると理解した。


 何故、自分がこんな非常に科学的ではない状態にあるのか疑問はあるが、考えた所で仕方ないと早々に諦め、今はただスクスクと育とうと、食う、寝る、泣く、を繰り返した。


2.


 コウは基本的に誠実で真面目な人間であるが、それは他人に対してであり、自分の人生にではない。

 コウは基本的に我侭で怠惰な人間であった。それは他人に対するものではなく、自分の人生に対してである。


 好きなときに寝て、好きなときに食べて、好きな時に好きなようにやる。


 それがコウの望む生活なのだが、世界はそんな簡単には出来ていない。この世界の文明は中世レベルではあるが、とはいえ、国家があり、社会があり、世間がある。極論を言えば、国家、社会、世間があるから、安定した形でコウという存在は生まれることが出来、食事を取り、眠り、泣くことができる。しかし、それを享受する以上、そこに責任と義務が生まれてしまう。


 こっちが生んでくださいっていったわけじゃない、とは言わないだけコウは誠実で真面目な人間ではある。

 荒野にでもでて自給自足すればいいけど、実際面倒だけど、かといって義務も責任も邪魔くさい、と考えるくらいコウは我侭で怠惰な人間である。


 まぁ、いい。最低限のことくらいはやっておこう、とコウは幼いながらも身体の内の感じられる魔法的な力に意識を集中させ、それを強化し洗練させる様な特訓を行っていた。


 幼い頃にこういうことするのは基本だしな、というのがコウの考えであった。


3.


 コウの転生前、つまり沙村鉱の人生とはどんなものだったのか。それを説明するのは至極簡単である。


 普通の高校に入り、普通の大学を中退し、正社員には興味がなくフリーターとして働いていた。


 これがおおよその沙村鉱の人生を構成する要素である。そして、その人生に対して沙村鉱は対して評価も感慨もなく、そんなものだろうと考えていた。


 そんな浮き沈みの無い人生である。反動は生まれず、今回の人生はもう少し華やかなものにしよう、という気にはならなかった。


 空に浮かぶ雲の様に、あるいは山を覆う霧の様に、フワフワでボヤボヤな人生を送りそうだな、とコウは自分の人生に対して随分と他人事であった。


 そんなコウの一抹の不安は、転生者という存在であるが故に、魔王の討伐だとかに巻き込まれるのは、面白そうではあるが、面倒くさいな、というものだ。


 目下コウは三歳。魔力はかなりの成長を遂げてはいるだろうが、その他の成長は一般的なものだ。それでも少しは、三歳児にしては明瞭とした言葉遣いでコウは母親に尋ねた。


「ねぇ、ママ」


「なにかしら、コウちゃん?」


「ママって、この絵本に出てくるような冒険したことってある?」


「そうねぇ、あるかもしれないわねぇ」


「じゃあ、こっちの本に出てくるお姫様だったりする?」


「そうねぇ、実はお姫様かもしれないわねぇ。うふふ、それだったらコウちゃんは王子様ね」


「僕って王子様なの?」


「そうよ、コウちゃんは私達の王子様よ」


 いまいち要領を得ず、コウの知りたい内容に対して曖昧な会話になってしまった。とはいえ、まぁ大丈夫だろうとコウは考えた。妙に綺麗な母親であるリタの容姿の所為でその血筋や経歴に若干懐疑的になってしまったが、実際に物語の主要人物の様な人生を送っていれば、もう少し違う反応をするだろうと中りをつけた。


「ねぇ、お父さんと冒険に出てた頃の話を聞かせて?」


「そうねぇ、じゃあ、ある日、一緒に遠い街に行くときの商人のおじさんがね……」


 その話は山場もなくオチもない、非常に退屈の話ではあったが、そのこと自体に安堵を感じてコウは母の腕の中で眠った。


4.


 ああ、これなら大丈夫だ、とある日七歳になったコウは悟った。


 両親は腕が良いのか、暮らし向きはそれなりに、いや、かなり良い。街の中心には少し外れているが、二階建ての一軒家で、生活に必要なものは一通り揃い、母であるリタの作る食事は美味しいし、父であるリーガルは多少大雑把な所はあるが面倒見も良く器の大きい男だ。夫婦仲も良い。そろそろ二人目、三人目と作ろうかと言っていた。


 コウは七歳にしては大人しく、聡明で、理解力のある子供として近所では評判の神童であった。とはいえ、それは大人たちが酒の入った席で和気藹々と言えるレベルだ。コウが本気を、あるいは沙村鉱として普通にやっていれば、神童と口にするその表情は固く畏怖するほどになってしまうだろう。


 元々の沙村鉱の精神が子供っぽいのが幸いした。彼は同年の子供達と本気で遊ぶことができるくらいに大人げがなかった。沙村鉱であれば、だから結婚もできなければ恋人もいないし、真っ当に働くこともできない、もっと大人になれよ、などと言われかねないが、今は二十数歳の沙村鉱ではなく七歳のコウであるから、問題はない。


 子供達と遊ぶながらも身体はきちんと鍛える様に動き、魔法的な力も訓練をお陰で随分と練磨されている。学力なんてそもそも回りの大人達より上だ。後は上手いことやれれば……。


 お望みの、楽で、怠惰で、好きなことを好きなようにやれて、それでいて、退屈で刺激の無い、手に入らない輝きを永遠に求め続けるような、そんな人生を迎えられるのだ。


 いいのか? とコウは自身に語りかける。


 いいんだ。とコウは自分に言い聞かせる。


「それ以外の生き方なんてしらないし、そもそも出来ないんだ」


「ん? どうしたの、コウちゃん?」


「うんん、なんでもない」


 仲の良い少女のミカが手の伸ばし、コウはその手を取り走り出す。他のいたずら小僧であるキールと泣き虫のレイラ、足の速いシールに、そばかすの目立つレベッカ。皆で笑いあいながら手と手を取り合って走り出す。大人達はその様子に微笑みを、あるいは呆れを持って見守る。しかし少年少女たちは周りの人など気にせず、ただ騒ぎ、楽しむ。街の中は少年少女にとって迷宮も等しい。毎日新たな発見と出会いと運命が入り混じっている。


 コウは知っている。それがその内、取るに足らない路傍の石程度であると気付いてしまうことを。

 コウは知っている。実際にそうであれ、本当にそれが路傍の石にしか思えなくなってしまえば、自分の様な人間になってしまうことを。


 転生者というアドバンテージを生かせばいいのだ、と誰かが言う。


「生かして、何をするの?」


 コウは問う。コウは問う。コウは問う。


 問い続けた結果、コウは自分の人生を諦めていたのだ。沙村鉱の時と同じように、将来に対して願望もなく、ただ、だらだらとフリーター生活を続ける様に。


5.

 

 コウは転生者である。


 あえて、沙村鉱とコウを別人格の別存在だとした上で、コウの悲劇とは、沙村鉱が自分の人生に対して根本的に諦めていた、という点だろう。


6.


 だけど、物語は始まる。

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