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汚れた雪だるま

作者: 御衣黄

3/12予定通り落選しましたので、再投稿します。

個人的に、ガリガリ削る前の作品が好きなので、そちらを先に乗せます。


*また公募の季節がやってまいりましたが、どうやら幻想ファンタジーの作品募集だと思うので、参考にされないほうが良いと思います。

 目を覚ましてもベッドの中から這い出ることができなかった。枕元に置いてある目覚まし時計はすでに九時を回っている。それでも今日だけは許された。特に用事があったわけでもないが有給休暇を一日だけ申請いておいた。室内の空気がいつもより冷たい。俺は手を伸ばし、エアコンのリモコンを掴みスイッチを入れる。部屋の温度が上昇するまで、しばらくそのままで過ごした。

 テレビのリモコンに持ち替えニュースにチャンネルをあわす。どうやら今年一番の冬将軍が到来しているらしい。そういえば昨夜から雪がチラついていた。部屋が温まってきたので、ベッドを抜け出しベランダに通じる窓のカーテンを開ける。外の景色はこの街では珍しく雪化粧をしていた。ガラス越しに冷気が伝わる。俺が住む賃貸マンションの窓側には広めの公園があり、そこは一面雪で覆われていた。しかし雪国育ちの俺としては感動に値するものではない。ただこんな日に外回りをしなくてよいと思えば、少しは口元が緩むってもんだ。

 乾燥した空気の中ではすぐに喉が渇く。何か飲み物がないかと一人暮らし用の冷蔵庫の中を覗く。生憎アルコール飲料以外何もなかった。

「飯を買い忘れてた。昨日帰り道にコンビニに寄ってなかったんだ」

 後悔先に立たず、この寒さでの外出は面倒。朝飯は食べなくても平気だが、昼飯、晩飯とインスタントラーメンだけでは味気ない。それに買い置きしておいたタバコも切れていた。

「仕方ない。コンビニまで行くか……」

 朝飯兼昼飯を買いに俺は出かける準備をする。蛇口から出るお湯で顔を洗い、歯を磨く。この際髪型はどうでもいいが、寒さだけには万全を期す。底の厚い運動靴を履き、マンションの廊下に出ると寒風が俺の顔を撫でる。身を縮こませ階段を降りる。道路に出ると車道は(わだち)分だけアスファルトが出ているものの、溶けた雪でベチャベチャだった。車が通る度に、それをひっかけられないよう注意する。歩道を歩く人は慣れていない雪のせいであろう、歩き方がギクシャクしている。転びそうになる人を目撃すると思わず吹き出してしまいそうになる。

 コンビニでしばらく立ち読みをした後、目的の物を買い込む。微糖缶コーヒー三本と弁当にタバコ二つ。コンビニ袋を手にさげて店を出た。

 就職のため田舎から出てきて三年目になるが、こんな大雪は初めてだった。今、俺の住んでいる街は新興住宅街である。カラフルな家は屋根に雪を抱え建ち並んでいた。ただそれらは未完成の水彩画のようで俺の趣味には合わない。

 やはり雪が主役となるふるさとの風景が好きだ。建物は厚みのある雪の布団を掛け、信号機や道路標識は雪の帽子を額まで深く被る。除雪した道の脇には白壁がそそり立ち、自動車はまるでスケートリンクを滑るように走る。

 とは言うものの、実際住んでみると雪のない生活のほうが遥かに快適だ。俺もまあ、都会の暮らしに憧れて田舎から出てきた口である。

 マンション隣の公園入口まで帰ってくると、公園に人影を見つけた。それは小さな二つの影だった。大きい方は小学校低学年、小さい方はそれ以下であろうか。彼らは雪の玉と押しくら饅頭をしていた。雪の玉は彼らより随分小さいが、雪質が湿っぽいためそれなりの重さがあるように思えた。俺はしばし彼らを見守る。

 公園の真ん中で身動きでず、もがく少年たちを眺めていると、冷気の肌を刺す刺激が遠くなっていくように感じられた。周りの風景が色彩を失って、視界が白く淡い光に包まれていく。デジャブー、過去に見た一シーンのように……。

「ねえ、お兄ちゃん。ひまなら手伝ってよー」

 俺は大きな声に驚いた。大きい方の少年が叫んでいた。

「ねえ、おねがいだよー。動かないんだ」

 さらに驚かされる。この都会で声を掛けてくる子供がいるとは思わなかった。親はどんな教育してるんだろう。知らないおじさんに付いて行っちゃ駄目だと教えなかったのか。だが田舎ではそうでもない。彼らのような子供が結構いる。朝夕の登下校時には知らない人 に挨拶する方が当たり前だ。しかしこの街で道端で挨拶する人物を見ることは殆ど無い。ましてや子供である。

 元は俺も人情深い田舎者。その期待の答えてやろうかと思い、近づいて二人の少年に声を掛ける。

「坊や、雪だるまを作るのか?」

「うん、大きいやつをつくるんだ。お兄ちゃんより大きいやつ」

 大きい方の少年が答えた。それを聞いて俺は可笑しくなった。「それは無理だよ」と教えてやりたい。この雪の量で作れる雪だるまの大きさには限界がある。 それにそんな大きな雪だるま作りはかなり重労働だ。ましてやスコップやスノーダンプもない。それでも彼の目は真剣だった。

「よし、坊や、お兄ちゃんも手伝ってやろう。だけどそんな大きな雪だるまはお兄ちゃんでもできないぞ」

「うん、わかった。でもぼくは坊やって名前じゃないよ。たかしって名前だよ。こっちはぼくの弟、あつしって言うんだ」

 小さい方の少年は鼻水を垂らしながら俺を見上げている。俺は公園内のベンチの上に、雪を払って買った物を置く。彼らの真ん中に割り込んで雪の玉を押す。 雪の玉はその重みにより自らを肥大化させていく。到頭、表面の雪が捲れ土の地面が顔を出す。それに構わず押し続ける。両脇の小僧は俺に従うだけの存在と なっていた。公園の端について一息入れる。二人の少年はほっぺを真っ赤にして、白い息をとめどなく吐く。

「ハア、ハアハア」

 彼の弟は垂れた鼻水を腕で拭った。小さいのに弱音を吐かないことに感心をした。気が付けば雪の玉は俺の膝くらいまでの大きさになっている。ただ地面を接触していたため、表面に泥がつき、白と茶色のまだら模様になってしまった。彼ら二人で作った純粋な白い玉は、俺の手によって不純物が混じってしまった。


 夢と現実は違っっていた。地元の大学卒業後、技術系の会社に勤めたかった。しかしこの不景気の中、俺の実力と大学のブランド名では希望の会社に入社することはできなかった。やむを得ず営業中心の会社に就職したが、それでも同期の友人達はお祝いと妬みのメッセージをくれた。俺もそれに納得していた。それでもなお人生に対する考えの甘さを後に痛感することになる。

 入社一年後、同期の半分は辞めていった。日々の営業の辛さのためだろうか、心に病を負う者も数名いた。会社は新人と言えども容赦なかった。上司は無理な 営業目標を個人割り当て、日々の成績をチェックする。そしてその都度、嫌味を言った。また朝礼時にはコンプライアンス、法令遵守と連呼する。この不景気に そんなに売れるものか。俺は口には出さなかったが、辞めていった者の中にはそれを叫んだ者も数多くいた。ただ上司の口癖は、ちゃんと目標を達成する者もい るぞ。それの一つ覚えである。先輩も含め営業成績優秀者に指導を仰ぐと彼らは口を揃えて言う。

「そりゃ口先で上手く丸め込まないと駄目だよ。コンプライアンス違反なんてバレなきゃ怖くないさ。生き残るにはルール無視でも仕方がない。背に腹は代えられないさ」

 彼らの心情もよく理解できた。手をこまねいていたら上司の矛先は俺に向けられていたはずだ。


 目の前にある雪の玉はまだまだ成長する。俺と二人の兄弟は九十度方向転換をしてから押し出す。俵型に近かった雪の玉は体積を増やしながら次第に球体らし くなっていく。公園の隅に到着すると、すでに俺の腿の真ん中辺りまでの大きさになった。兄弟二人は手を叩いて喜んだ。俺の手も真っ赤になっていた。

「よし、体はこんなもんでいいか?」

「うん。お兄ちゃん、手つめたくない? ぼくの手袋かしてあげようか」

「お兄ちゃんはこう見えても雪国育ちで寒さには強いんだ。だから大丈夫」

「じゃあ、なんかいも雪だるまつくったことあるんだよね。雪だるまのプロなんだ」

 彼の言葉で俺は笑った。そんな小さな手袋が俺の手に(はま)るはずはないのに……。でもその優しさは嬉しかった。

「じゃあ、今度は雪だるまの頭を作るぞ」

「うん」

 二人の兄弟は精一杯の返事をした。気が付けば雲の隙間から日差しが漏れていた。差し込む光が時たま公園の雪の絨毯を輝かせる。俺は核となるこぶし大の雪 の玉を両の手で握る。それを雪面に転がすと二人の兄弟がそれを追った。追いつくと二人力を合わせて転がしていく。だんだん大きくなっていく。俺はその後を 歩いた。


 歩きまわることが俺の仕事だ。高級住宅街が俺の主戦場。訪問セールスで顧客を掴む。家のベルを鳴らすが殆ど名乗った時点で門前払い。玄関を開けて断る客はまだ親切な方だ。居留守を使われたり、ドア僅かに開け半分顔を見せたと思いきや、「セールスはお断りです」の一言であしらわれる。玄関まで入れてく れる客はほんの一握り。できるだけ丁寧に頭を下げ、お世辞を使いその気にさせる。ここまではセールスマンとして当たり前である。契約を迷うお客様に 畳み掛けるように出任せを言う。「今が買いどきです。絶対損はしませんから」「私を信用してください」そして、お客様に不利な情報は絶対口にしない。コンプライアンス違反になることを恐れながらも先輩たちと同じ道を選んだ。俺は手を汚した。


 二人の小さな横綱はヨイショヨイショと押しまくる。しかし敵もさるもの、土俵際で踏ん張った。

「お兄ちゃん、うこかなくなった。てつだって」

 俺が手を貸すと雪の玉は土俵を割るように勢い良く動き出す。先ほど折れ曲がったところで、Uターンして来た道を戻る。暫くして地面がまた顔をのぞかせた。俺は押すのをやめ、付着した泥とシミを手刀で削り取った。

「頭が出来たぞ」

「わーい、わーい」

 その白い玉を抱え上げ、胴体のある公園の端まで運ぶ。二人の兄弟は神輿を担ぐようにそれに寄り添う。それを三人で胴体の上に据え置きた。俺は頭部と胴体部の継ぎ目を補強し出来るだけ丸くなるように整形する。彼らもそれに習って雪だるまを撫でた。

「ねえ、これでできあがり?」

 たかし君は尋ねたが、俺は首を横に振る。

「雪を握ってボールを作ってくれないか」

 二人は素直に雪を握って彼らの掌に収まらないくらいの雪の玉を作った。その間、俺は頭部下半分に一文字の溝を刻む。そして二人から手渡された雪の玉を顔の両の目として半分ほど埋め込んだ。瞳はアンバランスであるが、それはそれで愛嬌があった。

「よし、出来上がり」

 俺は一歩下がって雪だるまを眺めた。頭部は雪の白さを保っている。しかし体はまだら模様の茶色いシミを残した。その体内にはさらに不住物が蓄積されているだろう。洗えば落ちるものでないことは今の俺にも理解できた。理想だけで生きていけるわけでもないが、幼き頃の何か大切なものを失った気がする。それが大人になるということなのだろうか……


 二人の天使は出来上がった雪だるまの周りをいつまでもはしゃぎ回る。俺はベンチまで戻りコンビニ袋を手に持った。そしてまた公園の隅に戻る。

「お兄ちゃん、ありがとう。ぼく、はじめて雪だるまつくったよ」

 雪だるまは、たかし君と同じくらいの背の高さだった。コンビニ袋からぬるくなった缶コーヒーを取り出して、二人で仲良く飲むようにと教えてたかし君に渡した。彼は「ありがとう」と言って、手袋を片手だけ外し缶コーヒーの蓋を開けて飲む。

「あったかい」

 俺は笑ってそれに答えた。自分の分も取り出し痺れそうになった赤い手で蓋を開け口をつける。彼の弟が「ぼくも、ぼくも」と言って兄にせがむ。兄は両手を添えて弟に渡す。

「にがい……」

 弟の反応に、兄たかし君は笑って答えた。

「これがおとなの味だよ」

 俺はまた笑った。本当に久しぶりに笑った。彼らに見せた俺の笑みは純粋であったと思う。そして、彼らにもっと大きな真っ白い雪だるまを作らせてやりたい。それが可能な社会になってほしいと俺は願う。


****

応募作品(推敲後20×20 400文字原稿用紙10枚)



 目覚ましは朝九時を回っている。いつもより部屋の中の空気が冷たい。そう感じながら、ベッドか抜け出せずにいる。それはある意味、十分休日を満喫しているとも言えた。

 手を伸ばしエアコンのリモコンを掴みスイッチを入れる。部屋の温度が上昇するまでそのままで過ごした。何故こんなに寒いのだろう。記憶を辿(たど)ると、昨夜から雪が降っていた。部屋が温まってきたのでベッドを抜け出し、ベランダに通じる窓のカーテンを開ける。外の景色はこの街では珍しく雪化粧をしていた。俺が住む賃貸マンションの窓側には広めの公園があり、一面雪で覆われていた。しかし雪国育ちの俺としては感動に値するものではなかった。

 喉が渇いた。何か飲み物がないかと冷蔵庫の中を(のぞ)く。生憎(あいにく)ビール以外何もなかった。買い忘れた。朝飯は食べなくても平気だが、毎度毎度、即席ラーメンでは味気ない。

「仕方ない。コンビニまで買いに行くか」

 朝飯兼昼飯を買いに俺は出掛ける準備をする。防寒対策には万全を期す。ドアを開けると寒風が俺の顔を撫でる。身を縮こませ廊下を歩く。道路に出ると車道は(わだち)分だけ路面が出ているものの、溶けた雪でベチャベチャだった。車が通る度に、それをひっかけられないよう注意する。歩道を歩く人は、なんだかぎこちない。転びそうになる人を目撃して思わず吹き出してしまった。コンビニで目的の物を買い込む。缶コーヒー三本と弁当。コンビニ袋を持って店を出た。

 就職のため田舎から出てきて三年目になるが、こんな大雪は初めてだった。俺の住んでいる街は新興住宅街で、カラフルな家は屋根に雪を抱え建ち並んでいた。ただそれらは未完成の水彩画のようで俺の趣味には合わない。

 やはり雪が主役となるふるさとの風景が好きだ。建物は厚みのある雪の布団を掛け、信号機や道路標識は雪の帽子を額まで深く被る。除雪した道の脇には白壁がそそり立ち、自動車はまるでスケートリンクを滑るように走る。

 とは言うものの、住んでみると雪のない生活のほうが遥かに快適だ。俺も都会の暮らしに憧れて田舎から出てきた口である。ただ夢と現実は違った。俺は技術系の会社に勤めたかった。しかしこの不景気、俺の実力と大学のブランド名では、希望の会社からは内定をもらえなかった。仕方なく営業中心の会社に就職した。それに一応納得していた。

 マンション隣の公園入口まで帰ってくると、公園に二つの小さな人影を見つけた。大きい方は小学校低学年、小さい方はそれ以下であろうか。彼らは雪の玉と押しくら饅頭をしている。雪の玉は彼らより随分小さいが、雪が湿っぽいためそれなりの重さがありそうだ。俺は寒さを忘れ、童心に戻り彼らを見守った。

「ねえ、おにーちゃん。手伝ってよ」

 大きい方の少年が俺の方を見ながら叫んだ。これには驚いた。この都会で声を掛けてくる子供がいるとは思わなかった。俺の田舎では知らない人に挨拶しても不思議ではないが、ここは違う。この街では道端で挨拶する人物を見ることは無い。ましてや子供である。

「ねえ、おねがいだよ。動かないんだ」

 元々俺も人情深い田舎者。その期待の答えてやろうか。そう思い近づいて二人の少年に声を掛ける。

「坊や、雪だるまを作るのか?」

「うん、大きいやつをつくるんだ。お兄ちゃんみたいに大きいやつ」

 大きい方の少年が答えた。それを聞いて俺は可笑しくなった。「それは無理だよ」と教えてやりたい。この雪の量で作れる雪だるまの大きさには限界がある。それにそんな大きな雪だるま作りは、かなり重労働だ。それでも彼の目は真剣だった。

「よし、坊や、お兄ちゃんも手伝ってやろう。だけどそんなに大きな雪だるまはお兄ちゃんでもできないぞ」

「うん、わかった。でもぼくは坊やって名前じゃない。たかしって名前だよ。それから、こっちはぼくの弟、あつし」

 少年は微笑む。俺は公園内のベンチの上にコンビニ袋を置く。彼らの間に割って入り雪の玉を押す。雪の玉はその重みにより自らを肥大化させていく。とうとう表面の雪が捲れ泥の地面が顔を出す。それに構わず押し続ける。公園の端に着いて一息入れる。二人の少年は、ほっぺたを真っ赤にして「ハアハアハア」と白い息をとめどなく吐く。

 彼の弟は垂れた鼻水を腕で拭った。小さいのに弱音を吐かないことに感心をした。気が付けば、雪の玉は俺の膝くらいまでの大きさになっている。ただし表面に泥が付き、白と茶色のまだら模様になってしまった。――彼ら二人で作った純粋な雪の玉を、俺の手で汚してしまった。

 入社一年後、同期の半分は辞めていった。会社は新人といえども容赦しなかった。上司は営業目標を個人に割り当て、日々の成績をチェックする。その都度嫌味を言った。彼の口癖は「ちゃんと目標を達成する者もいるぞ」それの一つ覚えであった。先輩も含め成績優秀者に指導を仰ぐと彼らは口を揃えて言う。

「そりゃセールスは舌先三寸さ。コンプライアンス違反なんてバレなきゃ怖くない。生き残るにはルール無視でも仕方がない。背に腹は代えられないさ」

 彼らの心情もよく理解できた。手をこまねいていれば、いつか上司の矛先は俺に向けられていたはずだ。――雪の玉は大人の世界で汚れていく。

 目の前にある雪の玉はまだまだ成長する。俺と二人の兄弟は九十度方向転換をしてから押し出す。俵型に近かった雪の玉は体積を増やしながら次第に球体らしくなっていく。公園の隅に到着すると、すでに俺の(もも)の真ん中辺りまでの大きさになった。

「よし、体はこんなもんでいいか?」

「うん。お兄ちゃん、手が冷たくない? ぼくの手袋かしてあげようか」

「お兄ちゃんはこう見えても雪国育ちで寒さには強いんだ。だから大丈夫」

「じゃあ、何回も雪だるま作ったことあるんだね。雪だるまのプロなんだ」

 彼の言葉で俺は笑った。そんな小さな手袋が俺の手に(はま)るはずはないのに……。でもその優しさは嬉しかった。

「じゃあ、今度は雪だるまの頭を作るぞ」

「うん」と兄弟は精一杯の返事をした。気が付けば雲の隙間から日差しが漏れていた。差し込む光が時折、公園の雪の絨毯を輝かせる。俺は核となるこぶし大の雪の玉を両の手で握る。それを雪面に転がすと二人の兄弟がそれを追った。追いつくと二人は力を合わせて転がしていく。だんだん大きくなっていく。俺はその後を歩いた。

 歩きまわることが俺の仕事だ。高級住宅街が俺の主戦場。訪問セールスで顧客の心を(つか)む。家のベルを鳴らすが殆ど名乗った時点で門前払い。玄関を開けて断るお客様はまだ親切な方だ。できるだけ丁寧に頭を下げ、お世辞を使いその気にさせる。ここまではセールスマンとして当然である。契約を迷うお客様には畳み掛けるように出任せを並べる。「今が買いどきです。絶対損はしませんから」そして、お客様に不利益な情報は絶対口にしない。俺も先輩たちと同じ道を選んだ。――雪の玉は汚れた。大勢の大人と同じように。

 小さな横綱達はヨイショヨイショと押しまくる。しかし雪の玉は土俵際で踏ん張った。

「お兄ちゃん、動かなくなった。手伝って」

 俺が手を貸すと、土俵を割るように勢い良く動き出す。先ほど折れ曲がったところで、Uターンして、来た道を戻る。暫くして地面がまた顔を覗かせた。俺は押すのをやめ、付着した泥とシミを手刀で削り取った。――純粋なままでいて欲しい。

「頭が出来たぞ」

「わーい、わーい」

 その白い玉を抱え上げ、胴体のある公園の隅まで運ぶ。二人の兄弟は神輿(みこし)を担ぐようにそれに寄り添う。三人で胴体の上に置いた。俺は出来るだけ丸くなるように整形する。彼らもそれに習って雪だるまを撫でた。

「ねえ、これでできあがり?」

 たかし君は尋ねたが、俺は首を横に振る。

「雪を握ってボールを作ってくれないか」

 二人は素直に雪を握って彼らの掌に収まらないくらいの雪玉を作った。その間俺は頭部下半分に、口をかたどった曲線の溝を刻む。そして二人から手渡された雪玉を、顔の両の目として半分ほど埋め込んだ。瞳はアンバランスであるが、それはそれで愛嬌(あいきょう)があった。

「よし、出来上がり」

 俺は一歩下がって雪だるまを眺める。

 ――半身汚れた雪だるまは、まさに俺だ。

 二人の天使は雪だるまを中心にはしゃぎ回る。俺はベンチまで戻り、コンビニ袋を手に持ちまた公園の隅に戻る。

「お兄ちゃん、ありがとう。ぼく、初めて雪だるま作ったよ」

 雪だるまはたかし君と同じくらいの背丈だった。コンビニ袋からぬるくなりかけた缶コーヒーを取り出した。二人で仲良く飲むようにと教え、たかし君に渡した。彼は「ありがとう」と言って、手袋を片手だけ外し缶コーヒーの蓋を開けて飲む。

「あったかい」

 俺は笑ってそれに答えた。自分の分も取り出し、(しび)れそうになった赤い手で蓋を開け、口をつける。彼の弟が「ぼくも、ぼくも」と兄にせがむ。兄は両手を添えて弟に渡した。

「にがい……」

 弟の反応に、たかし君は笑って答えた。

「これがおとなの味だよ」

 俺はまた笑った。本当に久しぶりに笑った。彼らの見た俺の笑みは純粋であったと思う。――未来の彼らに、もっと大きな真白い雪だるまを作らせてやりたい。そう心から願う。


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