第9話 美仁香ちゃんの八極拳
時は流れ、ある日の金曜日。
とある小学校のとある体育館でまだまだ小さな子供達が一生懸命縄跳びを挑戦していたのだ。
「うわっ!」
「し、失敗した~」
まだまだ縄跳びに慣れていないのか、たくさんの子供達は目をうるうると涙を溜め、失敗した事によって少々内気になってしまった。それを見かねた男の教師は
「大丈夫だからね、ゆっくりでいいから焦らず飛ぶんだよ?」
優しい声で生徒達に語り、それを聞いた生徒はその応援が嬉しいのか縄跳びに挑戦。
「あっ、飛べたっ!やったー!」
「わ、私も飛べたよ~!せんせ~!」
「すごいっ!よくやった!上手だね!」
生徒が縄跳びに成功したのか弾ける笑顔で男教師は生徒達を褒め称えた。
傍から見たら微笑ましい光景だろう。小さな子供が知らない事に挑戦して、それに成功したおかげでその顔には輝く笑顔が浮かんでいたのだ。
しかし、そこには縄跳びの練習を早く済ませ男教師の前に立つ一人の少女がいた。
そう、俺である。
この前、嫌々だが八極拳の技を見せてやると約束してしまったので仕方なく、快く引き受けたわけだ。感謝しろよ?男子教員。
「よ、よしっ。じゃ、じゃあ開始っ!」
俺は活歩を見せる事にして、男子教員との間合いをある程度までとったが、男子教員は首を傾げていた。
「あれ?どうしたの?そんなに離れて?あっ!まさか、大技出すの?!いいの?!」
男子教員は目を輝かせて今からやるであろう技に大きな期待が胸に広がるようだが、その期待は大きく外させてもらうぞ?男子教員よ。
「絶対にそこから離れないでくださいね?一歩も」
ここが体育館なので体育館に入るための専用シューズを履いていた。こいつは滑らないような素材が靴の底に施されていた為、シューズを脱いで靴下も脱いだ。靴下では滑りやすくて転びそうだったので、素足のほうが成功しやすいだろう。
「あ、ああっ!どんとこいっ!」
男子教員は手を大きく広げ、目を輝かせ鼻息を荒くさせていたのだが、こいつやっぱロリコンじゃね?
「活歩!」
地面を氷の上を滑走するように滑りながら移動、一瞬で間合いを詰めてしまう特殊な歩法で、男子教員の目の前に移動してやった。
「?!!早っ!」
男子教員は慌ててその場から数歩、後ずさりしてしまった。はぁ、動くなっていったのに・・・まぁ、攻撃はしないから別にいいんだけどね。
「す、すごいっ!やっぱすごいな~!もう一回!他に技見せて!ね?ね?」
「・・・約束とは違いますが・・・」
「お、お願いっ!ね?ね?」
男子教員はかなり大興奮。他の生徒達は興奮している男子教員に何事だろうと視線を送って困り果てた表情をしていた。たった一人のワガママでこんな大勢の生徒が困っているのに・・・なんという教師なんだ・・・。
「わ、分かりましたからっ。あと一つだけですよ?絶対にあと一つだけですよ?」
「わ、分かったっ。じゃあ、開始っ」
はぁ・・・仕方がない・・・あっ!あの技を試してみよう。男の時、柔軟性が足りなくて諦めていたあの技を。よしっ、やるぞ!
「すぅ・・・はぁっ」
「???」
俺は深呼吸。それを見た男子教員はキョトンとしている。
「連環腿!」
連環腿。最初に思い切りつま先を振り上げて相手の頭部を狙った上段の蹴り上げをくりだし、その足を下げるときにその反動でもう一方の足を振り上げてもう一度上段の蹴り上げを出す技である!つまり二段蹴りのようなものだ。
「・・・あっ、ありがとう!そう言えば皆を放っておいていたね。はぁ・・・他の先生方に見られたら怒られるだろうなぁ」
俺の技を惚れ惚れと見惚れていた男子教員は我に返り、今自分の仕事をようやく思い出したようだ。だから一つだけでも良かったのにな・・・はぁ。
「す、すごーい!さっきのどうやってやったの?」
一文字ことみはさっきの技を見たのか目を輝かせて俺に尋ねてくる。それに乗じてか九重有も目を輝かせ、俺にずいずいと近寄ってくるが・・・そんなに興奮する事なのか?
「へ?え、えっと・・・怪我するし、危ないからやめておいたほうが・・・」
俺は優しく且つ丁寧に断りを入れたのだが、好奇心旺盛の子供達は更に目を輝かせて俺にずいずい質問を浴びせてきやがる。
「ぼ、ボクにも教えてっ。さっきの・・・なんだっけ?足でこう・・・ばばっ、ってするやつ」
「お願いっ。ね?美仁香ちゃん!」
二人は俺にすがり寄ってくるのだが、こいつらはまだまだ幼すぎる。俺も八極拳を習いたての頃はこいつ等と同じ年からだったが、ただの筋トレしか行わなかったのだ。
う、うーむ、いきなり足技を教えるにはかなり危険すぎる。仕方ない、突きで我慢させよう。
俺は興奮している二人をどうにか落ち着かせ、まだ幼い子供達に怖がれないように笑顔を作り可愛らしい口を開く。
「え、えーと。パンチなら教えてもいいけど・・・パンチでいい?」
俺から技を習える事が出来るのが嬉しいのか二人は弾ける笑顔になり
「「うんっ!ありがとう!」」
聞き分けのいい子供達で助かる俺。もし、この二人がどうしても足技を教えて欲しいと言ってきたら俺はどう言い返すのか決まっていなかったのだ。
「えーと、腰を落とし、中腰のような姿勢でね?ドンと叩き つけるようにして地面を蹴りだし、胸を開いて、体を急激に1/4回転するんだ。胸を張らずに、腰に構えた槍を突くようなイメージね」
「「????」」
俺の言葉がよく分からないのか首を傾げる二人。あぁ~そっか、実際に見せないと分からないか。
俺は二人の目の前に立ち、俺がさっき言った突きの方法をゆっくりゆっくりと子供でも見えるスピードで実践しながら教えてあげた。
「え、えっと・・・こう?」
「そうそう。ゆっくりでいいから、ちょっとだけ身体に回転つけながら地面を足の裏で叩いてパンチをしてみて」
「えいっ!」
一文字ことみは俺が教えた通りに、やって地面は『たん』と経験不足だからか物足りない音を出しながらも拳を無音で弱々しく振るう。う、うん、上出来だな。
「み、美仁香ちゃん。ボクも見て・・・えいっ!」
今度は九重有。この少年も一文字ことみのように地面を『たん』と弱々しく、そして拳を振るったら無音という悲惨なパンチ。
しかし、二人は筋はいい。一回ゆっくりとはいえ実践しながら技を出しているのを見ただけでおおよその流れを掴んでいたのだ。
「おー、いいねー。うまいよ二人共」
俺は二人を褒め称えてあげ、そんな二人は
「「やったーっ」」
大喜びでその場を飛び回りハシャいでいた。
他の子供達はというと俺の八極拳教室を見ていたからか、どっと俺の周りに集まり
「ぼ、ぼくにも教えて~」
「わ、わたしも~」
「あ、あたしにも~」
「教えてよ~」
俺はたくさんの子供達に囲まれ大慌て。
「わ、分かったからっ!落ち着いてっ」
俺は興奮する子供をどうにか落ち着かせて無意識に技を教えてる約束をしてしまった。
技を教えてもらえると分かったのか子供達は
「や、やったー!」
「い、いいの!?」
「で?で?何やるの?」
「お、教えてっ!」
ワーワーと騒ぎながら俺に近寄り、子供の圧力に俺は後退りしてしまう。
まぁ・・・いいか。弟子という存在が少しばかり心惹かれるので、内心密かに喜んでいる俺。
「よ、よしっ!じゃあ、やるね!まずはーー」
俺は弟子みたいなやつが嬉しいせいか、その顔は笑顔。よし、やってやんよ!技、教えてやんよ!
俺は子供達に分かるようにゆっくりとしたスピードで実践しながら技を教えていたのであった。
「はいっ!こんな感じね!」
「「「「うん!!」」」」
「あ、あの・・・僕の授業は?」
男子教員は小さい女の子に授業を奪われただただ俺達の姿を見守るしかなかったのであったーーーー。
ーーーーーーー
【職員室】
体育の時間が終了し、給食の時間も過ぎて昼休み。
教師達は次の授業の準備やこの先どう生徒達と接したら良いのだろうかと考えていて大忙しの中、とある男子教員は自分の席に頬杖をついて『はぁ』とため息を吐いていた。
「あら?どうかなされましたか?あ、まさかあの子の事で?」
麗しい女教師は男教師の異常を心配してか、話かけている。この女教師は困っている人がいたら放っておけない性格のようでこんな性格のせいか教師間では慕われていた。
「え、ええ。そうなんですよ・・・でも、原因は僕にあるので怒るに怒れませんが・・・」
女教師が『あの子』という曖昧な表現で人物が確定出来ない言い方なのだが、この職員室の中では『あの子』は西園寺美仁香という女の子の事という当たり前の表現になっていたのだ。
「へ?それは一体どういう事です?」
「そ、それはーーー」
女教師は首を可愛らしく傾げ、男教師はその仕草に翻弄されながらも、自分が八極拳の見たさに他の生徒達を少しだけ放っておいて女の子の八極拳を見ていて、その八極拳を見た生徒達が自分の授業を辞めて西園寺美仁香が八極拳授業をやり始めた事を話す。
「そ、そうでしたか・・・今度から授業を奪われないでくださいね。」
「は、はい・・・自信は無いですが」
「ふふふっ。頑張ってくださいよ?先生」
女教師の微笑みで男教師は少しやる気を取り戻し、次の授業の準備をして『よしっ』と気合いの一声を出し、職員室を出たのであったーー。