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赤い鳥の神話  作者: みえさん。
二章 ニドトモドレナイナラ
7/12

 男を王子の元へと案内することを躊躇わなかった訳じゃない。ただ、あのままにしておくことも出来なかった。

 傭兵だと言った男はラズと名乗った。ラズは怪我人がどんな状況にあるのかを聞くとルビーをその場に待たせ様々なものを買い込んできた。朝市の為に準備出来るものが少ないのだと言ったが、男は奇妙な形の道具と高級そうな薬まで手に入れてきていた。

 あまりの手際に呆然としていたが、男に促されルビーはカイアナイトの元へと案内をした。

 彼を隠した場所に行っても彼が動いた気配は無かった。目を閉じ、荒く呼吸をしている。顔にかかった髪の毛を整えようとしてその熱さに驚いた。

 発熱をしていた。

 ラズは王子の隣りに膝を付いて、様子を窺う。

「こりゃ……だいぶやべぇな」

「腕の傷口に何か入っているんです。それを取り除かないと……」

「何かって……こんな傷、見たことねぇぞ。一体何があったんだ?」

「………」

 ルビーは口を噤む。

 とてもではないが話せる事ではない。自分の父親が謀反を起こし、王を殺害した後王子も殺そうとしたなどとは軽々しく話せることではなかった。何より目の前で起きた事だというのに彼女には状況が信じられなかったのだ。

「ま、いい。……ともかく傷を何とかしよう。嬢ちゃんは魔法使えるんだな?」

「はい。……治癒までは出来ませんが、血の流れを少し堰き止めるくらいは」

「こういう状況の時は失血が一番怖い。熱は引けば何とかなるが、失われた血が戻るまでが大変なんだ。……鏃が刺さったまんまと一緒だろ。少し切って中から出す。あんまり出血しないよう気を付けてくれ。あと暴れないように出来るだけ押さえてくれ」

「はい」

 頷くと男はナイフと奇妙な形をした道具を綺麗な水で洗い流した。

 男は片膝でカイアナイトの肩口を押さえると傷口にも水をかけた。カイアナイトの身体が震え口元から呻き声が漏れる。

 ルビーは王子の身体を押さえながら覚えず目を背けた。

 こうして彼が苦しんでいるのは父親のせいなのだ。だから目を背けず見ていなければいけないと思った。けれど、苦しむ彼の姿を見てはいられなかった。

 やがてラズは血まみれの何かを地面に放る。

 小さな細長い塊だった。

「入り込んでいるところが浅くて助かった。ルビー、押さえるのはいいから、その布に軟膏をたっぷりつけてくれ」

「は、はい」

 言われるようにルビーは布に軟膏をたっぷりと付ける。傷口に付けるように言われ貼り付けると彼は手際よく包帯を巻き付けた。

「簡単な処置だからどうなるか分からない。覚悟だけしておいた方が良いな」

「覚……悟……?」

「最も危険なのは今晩だ。今晩さえ乗りきれば何とか大丈夫だが……」

 男は言葉を濁した。

 それは彼が死ぬかも知れない事を意味していた。

「お、お医者様は?」

「ここから馬で飛ばしても往復三日はかかる。見たところ、この坊ちゃんも裕福な生活してたみたいだから体力はあるだろ。何とかなることに掛けよう。……ともかく俺の住処に運ぼう。荷物はそのまんまでいい。後で取りに来る」

 言って男はカイアナイトの身体を抱きかかえ歩き始めた。

 軽々と言った風で少し驚いた。

 改めて良く見ると、男の腕の筋肉は立派なものだった。ルビーの周りには父や兄のように細いが力の強い人が多かっただけに、彼が妙に巨漢に見えた。胸板も厚く、指でさえルビーの倍近くありそうな程に太かった。顔立ちは綺麗に整っているわけではなかったが、男らしく精悍な顔立ちだった。少し垂れた目尻が優しそうに見える。

「住処に戻ったら念のために解毒作用のある薬湯を飲ませよう。嬢ちゃん、朝食は?」

 首を振ると彼は笑う。

「なら適当に作ろう。坊ちゃんが心配で喰えたもんじゃねぇだろうが、嬢ちゃんが倒れたらいけない。……ホントはそろそろ引き払うつもりだったが、まだ借りといて良かったな」

 独り言のような言葉にルビーは瞬く。

「ここの方じゃないんですか?」

「ここの方じゃねぇんだよ。色々訳ありで各地転々としてるんだ。まぁ、こういう事にちょくちょく頭突っ込むから色々面倒な事に巻き込まれるんだよな」

 男の目の端が少し光った。何か楽しむような面白そうな雰囲気があった。彼は声を潜める。

「………この坊ちゃん、王族だな?」

 言われ一瞬頭の中が真っ白になった。

「ち、違います」

 ルビーは言うが、彼は首を左右に振った。

「じゃなければ城から剣を盗んだって事になる。そうなると俺はさすがに突き出さなきゃいけなくなる。坊ちゃんの剣に入っている紋章はネセセア王家の紋章だ。そんな剣をこの若さで持つとなれば王族かよっぽどの英雄だ。昨今そんな少年英雄の話は聞かない」

「……」

「今は敢えて聞かないが、この先もし腕利きが必要で継続して俺を雇うなら、俺に事情を話しておいて貰わないと困る。誰が敵か分からなかったら俺もやりようがないからな」

「……」

 敵、と言われルビーは自分の表情が強ばったのを感じた。

 王子を守ろうとするならば、ルビーの敵は父親だ。あの時咄嗟に父から彼を庇ったが、もしも戦闘になった時、自分は父親と戦えるのだろうか。

 男は少し苦笑した。

「……これはもう星の巡り合わせなんだろうなぁ」

「どういう……意味ですか?」

「なんつーか、似たようなことどっかであったなぁって思って。それに誰かに言われてここに俺がいたなら作為的なものを感じたけど、俺がここにいるのは偶然に偶然が重なっての事だからなぁ……何はともあれ、俺みたいな酔狂な奴じゃねぇと、お前達みたいな得体の知れないのを助けたりしないってことだ」

 その通りだった。

 王族を助けるのは民として当然の事だ。けれど、アゲートが王殺しの罪を彼に着せたとすれば民はアゲートを信じるだろう。まだ年若く物事を知らない王子よりも、長く王家に仕え、善政に尽力し続けたアゲートを信頼する民も多いだろう。

 居場所が知られてしまえば、助けた人間も危うくなる。それでも彼はこれから先も助けるという意志を示し、平然としている。こんな物好きな人はそういないだろう。

 とたん不安になった。

 アゲートがもし巨額の報奨金を用意してきたらラズは王子を売ってしまうかもしれない。そうなればルビーは彼を抱えてどれだけ逃げることが出来るだろうか。

 ルビーはちらりと彼を見上げた。

 視線を感じたのか男がルビーを見下ろした。

「どうした?」

「……い、いえ……」

 目を逸らすと、笑い声が戻った。

 明るい、濁りを感じないおかしそうな声だった。

「な、嬢ちゃん、会ったばかりの俺を信じるのは難しいだろうよ」

「………」

「だったら利用すればいい。嘘も方便で俺を最大限に利用して、いらなくなったら刺してでも逃げりゃいい。他人なんてもんはそのくらいの覚悟で利用するもんだ。でも、もしも相手を本気で信じて仲間だって言うんだったら……」


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