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赤い鳥の神話  作者: みえさん。
二章 ニドトモドレナイナラ
6/12

 身体が投げ出されるような感覚があった。

 地面を転がり、ルビーは咳き込んだ。視界の端に同じように転がった王子の姿を見つけてルビーは這うようにしながら彼に近寄った。

「王子っ」

 呼びかけるが彼からは何の反応もない。

 腕から夥しい血が流れ出している。腕には黒い穴が空いていた。血の匂いに混じり焦げた嫌な匂いがしている。

 魔法を使って血の流れを止めてみるが王子が目覚める様子はない。

「どうしよう……」

 そもそもこの場所がどこなのかが分からなかった。城の敷地内ではなさそうだったが、どれほど遠いのかが分からない。

 あの時、ルビーは反射的に持っていた紐の結び目を解いていた。それが正しいと感じたのだ。

 直後爆風が巻き起こり、ルビーとカイアナイトの身体は魔法によって包み込まれた。

 自分が自分でなくなるような奇妙な感覚があった。

 気付けば見知らぬこの場所に投げ出されていたのだ。

 実際ルビーは使った事がないために仮定でしかないのだが、あれは「時渡り」と呼ばれる類の魔法だ。危険な魔法であり、一歩間違えば時空の狭間に取り残されかねない魔法だったが、あの結び目に魔力を吹き込んだのがサファイア総主であるのなら不可能ではない。

 ルビーは紐を見つめる。

 これをもう一つ解けば王子の傷を治すことが出来るだろうか。

(……ううん、駄目。今はそういう時じゃない)

 何と説明をしていいのか分からなかった。

 強い魔力が封じ込められていると言うのなら、今ここで解いて王子の怪我を治してしまった方が良いだろう。けれどそうしてはいけない気がしたのだ。それは占いの結果を見る感覚に似ている。

 紐をポケットに仕舞い込み、ルビーは王子の傷口を見る。

「……何か、入っている?」

 肉眼で見えた訳ではない。

 ただ、王子の腕に空いた黒い穴の中に何か得体の知れないものが潜んでいる気がしたのだ。それを取り出さないと恐らく王子の命はない。

 ルビーは咄嗟に自分の髪に付いたリボンを解くと彼の腕を圧迫して止血をした。万一ルビーの魔法が届かない距離まで移動したとしてもこれで止血状態は保たれるはずだ。

「布と……水と……あと、と良く切れるナイフ」

 呟いてルビーは王子の腕を自分の肩に回し持ち上げようとする。何とか動かすことは出来たが、意識のない王子の身体をルビーが支えるのは至難だった。それでも何とか脇に移し、近くの木々を手折って王子の姿を隠す。

「待ってて、すぐに戻るから」

 彼にそう囁くとルビーは辺りを見回し走り始める。

 街道に出れさえすれば町を探せるだろう。運がよければ馬車に拾って貰えるかもしれない。そう思い走り出すと程なくして建物が見え始める。周りを柵で囲っている訳ではなかったが少し豊かそうな町だった。まだ朝も早いために人の姿はなく、ルビーは人のいない町中を走った。

 市場でもあればそこで何か手にはいるだろう。持ち合わせは無かったが、服に付いているボタンを売れば何とかなるだろうと思う。程なくして人の気配を感じ始める。市場を出すための準備を始めた人々が自分の店に次々と商品を並べている姿が目に入った。

 ルビーは辺りを探す。

「よう、嬢ちゃん、見かけない顔だな」

 呼びかけられてルビーはぎくりとした。

 振り返ると呼びかけてきた男もぎょっとした表情を浮かべる。そこでようやく自分の服が血まみれだと言うことに気付いた。

「何だ、どうしたんだ、それ」

「あ、あの……と、友達が怪我をしてしまって」

 咄嗟に彼女は彼の素姓を隠した。

「それで、綺麗な布と、消毒できる水や薬が欲しいんです」

 男は呆れたように言う。

「水はともかく、薬みたいな高級品買えるのか?」

「これで……何とかならないでしょうか」

 袖口のボタンを引きちぎって男に見せると男は酷く不審なものを見るような目つきでルビーを見回す。

「………よく見りゃ汚れてはいるが随分いい格好をしてるな。お貴族様かい」

「え、あの……」

「従者も連れてない、血だらけっていったら相当な訳ありだな。こう言うのは届け出るのが決まりでね」

 ルビーは踵を返した。

 このままどこかに連れて行かれてしまったら、カイアナイトの元へ戻れなくなる。走り始めると男の声が追い掛けてきたが無視してルビーは走る。

 突然走り出した彼女を不審そうに何人かが見たが、構っていられなかった。

 急がなければいけないのは分かっているのに、どうしていいのかが分からない。

「嬢ちゃんっ!」

 腕を捕まれ、ルビーは振り解こうと必死にもがいた。だが、男の腕力の方が強かった。

「は、離して下さい……!」

「嬢ちゃん」

「お願いします。時間がないんです、早くしないと、あの人が……」

「いいから、落ち着け、な?」

 妙に声が優しいことに気付き、ルビーはようやく男を見た。

 深い青い瞳をした男だった。色素の抜け落ちたような淡い青い色の髪の三十代くらいの男だった。

 男は微かに笑みを浮かべ、ルビーの頬を軽く叩いた。

「落ち着いたか?」

「………」

「脅かして悪かった。この町じゃ不審な人間を見かけたら町長に届け出るのが決まりなんだ。そんな格好してうろつけば絶対すぐに捕まる。まず市で買い物を考えるより、服装を何とかした方が良いだろ」

 男は言って自分の服を脱ぐとルビーに着せた。

 シャツ一枚になったが、男は気にした様子もない。

「で、そんだけ急いでいるってことは、だ。怪我人の状態は思わしくねぇんだろ。俺は傭兵だ。他の連中より怪我や処置に関して詳しい。……まずは俺に事情を話してみな」

「で、でも………」

 男は笑って彼女の髪を撫でた。

「言っただろ。俺は傭兵なんだ。だから、お前が雇えば何でもする。報酬はこれでいい」

 男はきらりとする何かを出した。

 それが先刻男に見せたボタンだった事に気付く。

 男は茶目っ気たっぷりに笑った。

「……どうする? お嬢ちゃん」


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