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赤い鳥の神話  作者: みえさん。
一章 アカイハネノヤクソク
5/12

 突然の男の悲鳴に彼らは驚いた。

「今の声はっ!」

 確認するより先に王子が走り出した。続いてスターとルビーが追う。

 今の声は間違いなくアレキサンドライト国王のものだ。

 妙な胸騒ぎを感じながらカイアナイトは廊下を走る。父親は普段大声を上げるような人物ではない。怖いほど静かで、言い争う家臣達の声を静かに聞いているような人だった。だからこそ言葉に重みがあり、皆から尊敬されている人だった。

 そんな人がこんな朝早くに大声を上げるなど尋常な事態ではないはずだ。

 不安をさらにかき立てるように廊下は静まり還っていた。あれだけの声に気付かない訳がないのだが、兵士達が駆け付けてくる気配を感じない。見回りの兵士たちは不自然な格好で眠っている。何か良くないことが起こったのは明白だった。

「陛下!」

 カイアナイトは父の寝室の扉を開き叫ぶ。

 いくら息子とはいえ国王の寝室を勝手に開くのは礼儀を欠いている行為だったが、構っていられる状況ではなかった。

 カイアナイトはドアを壊しそうな勢いで開け放った。

 瞬間的に倒れている父の姿が目に入る。

 周囲は赤い水たまりができている。

 それは葡萄酒のように見えた。

 けれど、噎せ返るような匂いは酒独特の匂いではない。

「きゃあぁぁぁ! 陛下ぁぁ!!」

 ルビーの声で我に還った。

「王子!」

 スターの静止する声が聞こえたがカイはかまわず奥に進む。

 呼吸を整えながら歩くが、心臓の音が早い。

 赤いものは血だまりだった。

 王子は自分の服が汚れることを厭わず膝を折って父親を抱き起こした。父親は小さくうめいた。

 ゆっくりと、どこを見ているのか分からない瞳が開かれる。

「……カイアナイト」

「陛下、お話にならないで下さい。お体に障ります」

 王子は王の傷を確認した。

 何か鋭いもので斬りつけられた後が何カ所もある。何で付けられたか分からない暗い穴のようなものが体に空いている。

 焦げたような奇妙な匂いがした。

 致命傷になっているのは肺に突き刺さった短剣だろうか。

「ルビー止血を」

 自分で思っていた以上に冷静な声で言うと、半狂乱になっていたルビーがようやく正気を取り戻したような様子で駆け寄ってくる。

「は……はい!」

 彼女は青ざめて震えていたが、真剣な眼差しを王子に向けた。

 カイアナイトは短剣に手をかけ引き抜く。とたんに血がぶわっと噴き出した。

 血しぶきに顔をしかめて傷口を押さえる。それに重ね合わせるようにルビーが手を当てた。流れるものを操る魔力が吹き出る血を押さえ込んだ。

 傷を治せるほどの魔法を使う者はこの国でも数人しかいない。彼女の力では止血することくらいしか出来ないのだ。

 それでも処置をするのとしないとでは大きく違う。

 圧迫して血の流れを抑えながらカイアナイトは父が助かることを祈った。

 血だらけの大きな手がカイアナイトの手を掴む。

「玉座を……玉座を、渡しては……ならぬ……ネセセアの血を……絶やしては……ならぬ……カイアナイト、お前が次の……次の王になるのだ………」

「陛下! ……父上!」

 呼びかけに、閉じかけた目が開かれた。

 今までにないくらい優しい笑みが浮かべられた。のろのろとした手が彼の頬に触れる。

「……お前は母に……似ているな」

「何を……」

「苦労を掛ける……すまない、カイ………ト」

 国王の瞳から何かが流れ落ちる。

 かれはただただ穏やかな笑みを浮かべていた。

「……ああ、ようやく迎えに来てくれたか、マデュラ……」

 力無く手が床に落ちた。

 水のはねる音がして血が飛び散る。

 父親の意識はもうこの世にはなかった。

 カイは父が死んだという衝撃よりも、彼が最後に発した言葉の方に衝撃を覚える。呼んだ名前は彼の知らない名前だった。自分の亡き母はマリーと言うはずだ。なのに何故、「マデュラ」と呼んだのだろうか。

 それ以上考えが及ぶ前に、パンと鋭い音が聞こえて父の体がはねた。

「お父さま!」

 ルビーの鋭い声が聞こえた。

 振り向くと、戸口に大臣のアゲート・コランダムの姿がある。

 つきだした手の先には、木の柄が付いた黒い筒のようなものが握られている。その先からは白い煙が立ち上っていた。

「陛下は私が殺しました、王子」

 冷たい、ひどく冷たい声だった。

「どうして……」

 王子の代わりにルビーが呟いた。

「玉座を手に入れる為です。陛下はネセセアの秘宝を隠し通しておりました。それはこれほどにまで便利であるのに。恐ろしかったのでしょう、自分以外のものが強大な力を手に入れることが。しかし、それも今日で終わりです」

 アゲートは筒の先をカイアナイトに向けた。

「王子、あなたにも死んで頂きます。あなたは陛下との仲はよろしくなかった。陛下とささいなことで口論になり、逆上したあなたは父王を弑逆した。そして気付いた私が射殺したのです」

 にこにこと笑いながら自分の書いたシナリオを読む。

 あまりの衝撃で言葉が出ない。

 アゲートは優しい男だった。国を成り立たせるために時に非道とも言える行動をとってきたが、それは最善の方法だったと一同は思っている。大臣という職に就きながら私欲のために動いたことはとうてい無い男だった。それだけに彼の言葉の衝撃は激しい。

「陛下は秘宝を隠していた。この力があればいかなる災厄も止められましょう。……これこそが、あなたの祖先が世界を冬から救った力、これがあれば世界制覇も夢ではありません」

 かちりと音がした。

 黒い筒は冷たく薄暗い穴をこちらに向けている。それが何であるか分からなかったが、それが王を殺したことは確かだった。

 アゲートは冷たく言い放つ。

「死んで下さい、王子」

「やめてっ!」

 ルビーが王子を庇うように盾となった。

「………ルビー、どきなさい。私に愛する娘を殺させるつもりか?」

「殺すなら殺せばいいわ! でも死んだってここどかないんだから! 絶対に王子を殺させたりしない! 王子、逃げて!」

「ルビー、だめだ、止めてくれ!」

 王子の言葉も聞かず彼女は首を振った。

 二人の間に立ちはだかり、ルビーは動かなかった。諦めた様子でアゲートは筒をかまえる。

「なら、お前も死になさい」

「ルビー!!」

 パンと大きな音が鳴り響いた。

 とっさに目を瞑ったルビーは自分の体が何でもないことに気付き、おそるおそる目を開く。

「はなしなさい、スター!」

「王子! 行って下さい! サファイア様の元へ、きっと、きっと何かがつかめるはずです。どうか……この世界が闇に沈んでしまう前に!」

「スター!」

 もみ合っているアゲートとスターを見て一瞬戸惑ったルビーだが、すぐに呆然としている王子の腕をつかむと廊下に駆け出す。

 王子は行くことを明らかにためらっていた。しかし、腕をつかむルビーに促され、何とか外へと向かう。

 パンパンと二度、乾いた音が聞こえて彼は振り向いた。

「だめよ! 王子、お兄ちゃんなら大丈夫だから」

 度々そう促されながら先を進む。

 中庭を抜け、裏門に急ぐ。

 パン、と先刻から何度も聞いている音が響いた。とたん鋭い痛みを腕に覚える。

「王子!」

 灼けるようだった。

 今まで覚えのない激しい痛みにカイはうずくまる。

「おやおや、友人を放ってどこへ行くつもりですか、王子?」

 二人は全力で走ってきていたというのに、全く息切れのしていないアゲートを見て驚くのを通り越して恐怖する。

 少なくとも後から出てきたはずのアゲートが何故こんな所にいるのだろうか。

 彼は行く手を阻むように彼らの真正面に立っていた。

 険しい表情でアゲートを睨む。

「……スターをどうした」

「安心して下さい。大切な息子を殺す事はしませんよ。ただ眠らせただけです。それにしても秘宝は便利ですね、城内であればどこへでも瞬間的に移動ができる。ルビーお得意の魔法などよりずっと便利に思えませんか?」

「………」

 何かを考えなければと思った。

 ここから逃げる方法を考えなければ、スターを助けることはおろか、ルビーを守る事すらできない。

 魔法を使うと言っても、初歩的なものしか知らないカイでは、すぐに『秘宝』に負けてしまうだろう。かといって剣技にも自信がなかった。スターを練習相手にしていたが、スターにすら勝ったことのない自分に『秘宝』に対抗できるとは思えない。

 何より、秘宝というものがどれほどの威力があるのかも分からない今、うかつに手を出すことができなかった。

(どうしよう、目が霞む)

 目を開いているのがつらい。うずくまっているのすらつらい。声も出ない。一体どうしたらいいのだろうか。


 どうしたらいいのですか、母上。


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