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赤い鳥の神話  作者: みえさん。
一章 アカイハネノヤクソク
4/12

 静かな空間にコン・シシという民族弦楽器の音が響いた。

 目を閉じていれば人の歌のように聞こえてきただろう音色は、音楽になりきれない不思議な音だった。コン・シシの音ははじめ一つだった。やがて奏でる音が増え、幾重にも折り重なる重厚なものへと変化していく。

 数十人の楽団が、一音も間違うことなく演奏を続ける。

 楽団の中央には少女の姿があった。

 黄檗の髪を一つにまとめた少女は、祭壇に向けて膝を折り祈りを捧げている。

 その周りを暖かな空気が流れていた。

「……お師匠様のものとずいぶん違いますね」

 蒼い髪の青年は隣の女性に話しかけた。

 小柄な赤い髪の女性は腕組みをして壁にもたれかかっている。

 彼女は頭二つ分身長差のある青年を見上げて答えた。

「そうか、エメルはパールの占いを見るのは初めてだったね」

「パールの占いの時は俺大体用言いつけられてましたから。それに、本格的にやるの久しぶりですよね?」

「ああ。あれはシシ唱という彼女の血筋が覚えている占いの方法だ。ネセセア神話ログ詩編、第二十八章。……言ってごらん?」

「えっと……‘ソウシシ、汝我が声を聞き給え。声は音に帰り、音は魂に解離する。魂のソウシシ、人は人ゆえ斃死する。コンの音にて人の魂を解離せよ。汝は魂の小鳥なり’」

「意味は?」

 少し迷ってから答える。

 歴史をもう何年も学んでいるが、文章の量が多すぎて覚え切れていない。一般の人に比べエメラルドは吸収の早いほうだったが、それでも占星や魔法を生業にする者としては知識が少なかった。

 元々勉強して学ぶよりも感覚で覚える方が得意なのだ。

「ネセセア神が死のシシ族の長、ソウシシにコン・シシを渡した時の言葉です。人の死への恐怖を軽くするためにコンという楽器を渡し、それによって恐怖を軽減させた。小鳥は部領、統率者の意味です」

 師匠はこくりと頷いた。

「そう、シシ唱はシシ族が魂と肉体を引き離す時の歌。パールはね、一度肉体を切り離すことによって未来を見るんだ」

「切り離す……? それって危険ではないんですか?」

「危険だよ」

「そんな……」

 心配そうに少女を見つめ、今にも駆け出しそうになる男を片手で制し、ユナは言った。

「今割り込む方が危険だよ。大丈夫、サファイアの血はそんなに薄いものじゃない。これくらいの事で命を落とすような事があるのなら初めから死んだ方が幸せなんだよ」

「師匠!」

 咎める彼の声は無意味だった。

 師匠は笑いを浮かべて言った。

「当然じゃないか。シシ唱で死ねるのなら、私だってそうしたいものさ。……ほら、‘落ちる’よ。見て学びな」

 まだ言い足りないという表情だったが、彼は仕方なく視線をパールの方に向けた。

 少女の体がくんと持ち上がると、彼女の中から曲線を描くように淡い光が次々と飛び出してくる。赤や青や淡い色をした光は幾重にも折り重なり部屋中を駆け回った。

 やがて少女が天を仰ぐ。

 額に一条の光が降りてきた。

 光はそのまま彼女の中に吸収され、水が波紋を描くように少女の体から薄い円のような光がゆっくりと出る。

 やがて、何事もなかったかのように辺りは静まりかえり元の空間が広がった。

「…………」

 神がかりな美しさをたたえる光景に、彼はただ見とれていた。

 ユナの弟子としては、エメラルドは彼女の兄弟子になるが、能力は彼女の方が格段と上だった。分かっていたが、実際に目の当たりにしたのは今日が初めてだった。それでも嫉妬心はおろか何の感慨も湧かないことに内心驚いていた。これが血筋ゆえの力の差ということを当たり前に受け止めている自分がいた。

 どんなに知識を得ても、彼には彼女のような占い方は出来ない。やる前から諦めている訳ではないが、嫌でも実感してしまった。

 サファイアの血は薄くないという師匠の言葉の意味はこういう事なのだろう。

 しばらくしてシシ唱は曲調を変え、少しずつ静かになっていく。

 長い間床に頭をつけていたパールは曲が完全に消え入ると、祭壇に向けて二度頭を下げると静かに立ち上がった。

 彼女はいつも通りの表情のない顔でユナたちの元へやってきた。

「……どうだった?」

 微かに笑みを浮かべながら訪ねる師匠に対して弟子は表情を暗くした。

「闇星は古代の光を手に入れました。おそらくはもう止まらないかと」

「ついにあれにまで手を出したか」

 考え込むように唇を触ったユナの隣で男が口汚く罵る。

「くそったれ! 奴らは何故あれが滅んだのか分かっちゃいねぇんだ。畜生、××××!」

「エメル、口が悪い」

 静かにたしなめられたが、彼の気は収まらなかった。

「ああいう馬鹿連中の尻ぬぐいするの俺らですよっ、××××でも褒めすぎじゃないですか!」

 弟子の言葉にユナは笑う。

「気持ちは分かるけどね。しかし、そうなると最後の手段しかなさそうだね」

「最後の手段?」

「そう、赤い鳥の……」

 突然何か強い力を感じ、三人は同時に天井を見上げた。

 光が部屋の中を駆けめぐり円を描いた。

 三人はその軌道を視線で追い、呆然とした。

 始めに現実に戻ったのはエメラルドだった。

「……えっ、王が?」


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