7
着替えを終え、カイアナイトはベッドに座り込んだ。
終わりが始まる。
それが原因となって自分の成人の儀が早まった。そうしてサファイア群に向かうことになった直後にアゲートの謀反が起きた。自分は正しい王族の血を引く最後の一人となってしまった。
この先、終わりが始まれば、封印を行うべきなのは自分になる。命を捨てる覚悟などとっくに出来ている。けれど、どうして良いのかが分からない。
正直に言えば進むべき道を説いてくれる者がいて助かったと思う。それが彼の策略である可能性を否定しきれないが、彼の助言が無ければカイアナイトは正面からアゲートに向かっていったことだろう。
少し考えれば分かることなのに、頭に血が上って判断出来ないのが悔しい。
(もっと………冷静にならなければ)
そうだ、冷静にならなければいけない。
そして、慎重にもならないと行けないだろう。
今はサファイア総主の元に向かうことが成すべき事だ。少なくともそれよりもいい案が思いつかない以上、そうすべきだろう。この先終わりの封印を行う事になったとしても、カイアナイトはまだ何も知らない。父がいない以上、頼れるのはサファイア総主だけだった。
「成すべき事……」
そんなのは本当は関係なかった。
ルビーとスターがいて、二人とも笑っていられるならそれで良かったのだ。そのために全てを捨てられると思っていた。
でも。
「……スター」
死んでいないと思う。
彼は生きていると思う。再会を鳥の羽にかけて誓ったのだからきっと生きているのだと思う。信じたいのだ。
きっとアゲートは彼を殺していない。義理とはいえ、息子だからということではない。頭のいいアゲートのことだ。利用価値のある者を簡単に切り捨てるはずがない。だから生きているだろうと思う。
カイは手首を見た。
誓いの羽が青と赤の飾り玉と一緒に巻き付いている。
鳥はどうなっただろうか。
「無事でいてくれると良いな」
スターも鳥も。あの城には残してきてしまったものが多すぎる。
二度と戻れないと思った。
もう二度とあの城には戻れない気がした。例え自分がサファイアの元に辿り着いても城に戻って、自体を収拾することが出来るのだろうか。
例え、収拾出来たとしても、元のようには二度と戻らない。
あの城には父はいない。自分は王子ではない。そしてアゲートも大臣ではなくなる。夜中にルビーとスターにあうこともなくなってしまうだろう。
アレキサンドライトとは親子として一緒にいられなかった。何かをする約束しても、期待通りにならないことが多かった。約束が違うと泣いたこともあった。大好きだった、とは言えない。けれど、尊敬していたし、もう二度と会えないと思うと涙が出るほどには好きだった。
だから二度と戻れないことが、二度と同じようにいられないことが辛かった。
「父上……」
二度と戻れないなら、せめてちゃんとお話がしたかった。
ただ普通に幸せでありたかった。
そんな些細な願いも叶わない。
「……」
カイアナイトは深く息を吐いた。
こんな風に思い悩んでいる場合じゃない。
「動かなければ」
何も始まらない。それどころかアゲート率いる軍に捕まってしまうだろう。民衆の目や国民感情を考慮してもすぐに殺されることはないにしても、恐らく自分に不利なことばかりだろう。
今のカイアナイトでは戦える手段がない。
ぴしゃりと顔を叩いてカイアナイトは立ち上がった。動けるようになったとはいえまだ足元がふらつく。叱咤するように膝の辺りを叩き部屋を出た。
「お、王子……」
自分を迎えに来たのだろうか。同じように旅装を身に纏ったルビーの姿があった。彼女は少し戸惑ったようなうわずった声を上げた。
「ルビー」
彼女は少し困ったようにしてから俯いた。
「王子、その……」
「どうした?」
尋ねると彼女は胸の前で重ねた手のひらをもじもじと動かす。
「……私が謝って済む問題じゃないけれど………その、お父様のこと」
何を言いたいのか察し、カイアナイトは自分を殴りたくなった。
自分は何をしているのだろう。
守りたい大切な彼女にこんな顔をさせてしまうなんて。
「謝るな」
「え……」
カイアナイトは彼女を抱き寄せた。
「王、子……?」
「謝らなければいけないのは僕の方だ。君には感謝をしなければいけないのに、自分のことばかりで君に八つ当たりをした。……アゲートのしたことは、君のせいじゃない」
「でも……私……」
「いいんだ。君は謝らなくて……」
ぎゅっと彼女を抱きしめると彼女の温もりが伝わってくる。想像以上に彼女の身体は小さく頼りないものだった。
(こんな小さい体で、守ってくれたのか……)
涙が出てきた。
辛い想いをさせて、それでも彼女は必死に自分のためと頑張ってくれる。自分は彼女に何が出来るだろうか。
「あー、いい雰囲気の時に悪いな」
声を聞いてカイアナイトはぱっと彼女から身体を離した。
ばつが悪そうに頭の後を掻きながらラズがこっちを見ている。慌ててカイアナイトは涙を拭った。
気が利かない、と罵りたくなったが止めた。
自分はルビーに対して随分と恥ずかしい事をしたように思える。顔が少し熱かった。
「なんだ?」
「ちょっと風向きがよろしくない。つー訳で今から出立する。馬車に乗り込んでくれ」
「……随分と急ぐんだな」
ラズは少し目線を鋭くさせカイアナイトに近づいた。
「街の空気が変わった。多分、軍隊が近くまで迫っているんだ。今のうちに動かないと身動き取れなくなる可能性が高い。……失礼」
「なっ……」
ひょいと軽々しく担がれ、カイアナイトは抗議する。
「何をするっ、無礼者っ!」
まるでこれでは女子どものようだ。成人の議はまだとはいえ、カイアナイトも大人と認められる年齢になってくる。男に比べれば小柄な方だが、こんな扱いは恥じるべきことだ。何よりルビーの目の前で抱えられたことが恥ずかしかった。
「急ぐっつっただろ。坊ちゃんの今の足じゃ少々時間がかかる。今は大人しくしてくれ、文句なら後で聞いてやるから」
「何故上から目線なんだっ」
「まぁ、一応年長者だしなぁ」
男は声を立てて笑う。
年齢を理由にするならば、自分の身分を主張しようと思ったが、それで態度が改まるなら、最初からこんな態度を取っていないだろう。
気に入らない事だらけだが、歩く事すらおぼつかないのは事実だ。されるがままに馬車まで運ばれ、少しほこりっぽい毛布に包まれ、馬車はすぐに動き始めた。
いつから用意していたのか、馬車の中には様々な道具とものが積み込まれていた。