手放せない愛
私は、早紀、18歳。都内の高校に通っている。私の家では、毎年、交換留学生を受け入れている。今年、オーストラリアから来たのは、ジェフという男の子だった。
自己紹介をしながら、いろんな話しをした。校内を、案内してあげた。家の周りも、散歩しながら、おしゃべりして歩いた。朝は、自転車で、2人で、登校した。
私とジェフは、とても、仲良しになった。ジェフが、オーストラリアにも、遊びにおいでよ、と、言ってくれたので、夏休みに、行ってこようと、計画している。
夏休みになり、私は、ジェフと一緒に、オーストラリアに旅立った。ジェフの両親は、とても、優しかった。ジェフの年の離れた妹の、ニコルは、とても、かわいかった。
オーストラリアにいる間、ジェフは、私を、いろんなところに、連れて行ってくれた。コアラとも、ご対面した。友達にも紹介してくれた。私は、だんだん、英語が、上達していった。
数日後、日本に、ジェフと私は、帰って行った。とても楽しいオーストラリア旅行だった。有意義だった。私は、また、行きたい、と思いながら、日本へ帰ってきた。
日本に、帰って間もなくして、ジェフから、打ち明けられた。「I love you. Will you go along with me?」(あなたを愛してる。お付き合いしてもらえませんか?)と、言われた。私は、迷わず、「Yes.」と、答えた。とても嬉しかった。私は、舞い上がっていた。
私達は、毎日の様に、デートをかさねた。ジェフは、本当に、優しかった。私は、このまま、結婚してもいいと思っていた。
ところが、そんな矢先、ジェフのパパが、倒れた、と、知らせが入った。ジェフは、すぐに、オーストラリアに、帰って行った。ジェフのパパは、意識不明の重体らしい。ジェフのママは、泣きじゃくるばかりだった。妹のニコルは、まだ、小さかったので、あまり、ピンときていないみたいだ。
ジェフと私は、急な別れになってしまった。私は、とても、寂しかった。ジェフに連絡したら、いつ、日本に来れるか、わからない、とのこと。自分が、父親代わりをしないといけない、と、言っていた。
私は、1人っ子なので、できれば、両親のいる、日本で、暮らしたかった。ジェフに、お婿さんになってほしかったのだ。でも、それは、もう、無理だと思った。
私が、別れを選ぶか、オーストラリアに行くか、どちらかしかないのだと、思った。よくよく、考えて、私は、ジェフと別れることを、選んだ。寂しかったが、仕方のないことだと思った。
ジェフに、国際電話をして、私は、別れを告げた。ジェフは、悲しそうな声で、「I understand.」と、言った。しばらくは、私は、ジェフのことを、忘れられずにいた。
傷心の私は、友達の紹介で、友介くんという男性と、付き合う様になった。友介くんと付き合っても、心のどこかに、ジェフが、いた。でも、もう、どうすることも、できないのだ、と、自分に、言い聞かせていた。
そんな時、今度は、私の母が、肺がんで、入院することになったのだ。私は、つきっきりで、看病した。放射線治療をしたのだが、途中、大変な時もあったが、なんとか、乗り切ってくれた。私は、心細くなり、友介くんではなく、ジェフに、連絡をしてしまった。ジェフは、とても、心配してくれた。私の家が、ホストファミリーだったこともあり、母の病状を気にかけてくれた。
そんなやりとりから、また、ジェフといろいろ、話す様になっていった。そして、私は、友介くんとは、別れることにした。ジェフと、付き合っている訳では、なかったが、私の心が、そうさせた。
私は、ジェフに、「Won't you try again?」(もう1度やり直さない?)と、聞いた。ジェフは、「Okay.」と言ってくれた。私は、やっぱり、私には、ジェフしかいない、と思っていた。ジェフを、ずっと見てきたし、いろんな話を2人でしてきたからこそ、お互いを、わかり合えていると思っている。
これからは、どんな些細なことでも、ジェフと2人で話し合って、決めていきたいと思っている。2人なら、何でも、乗り越えられると思っている。私は、ジェフと、離れなくて、本当によかったと思っている。取り返しのつかない、別れになるところだった。
言葉の壁も、文化の違いも、いろいろあるけれど、それ以上に、大切な何かを、ジェフから、教えられた気がしている。もう、絶対に、この愛を、手放したりしない。




