↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/20

第20話 — 長い道のり

### ソリー視点


「準備ができたら始めていいわ」


訓練場の中央で、二人の生徒が向かい合っていた。


一人の背後には、数メートル離して二つの木製の的が置かれている。攻撃側の生徒はその的に魔法を当て、守備側の生徒は攻撃を防ぐ。それが今回の課題だった。


今日の訓練で私が設けた制限は一つだけ。守備側は対戦中、《土の盾》を一つしか使ってはならない。


攻撃側の生徒が詠唱を始めた。


目の前に水が集まり、細長く伸びて鋭い形を取っていく。


《水の槍》が完成すると、生徒はそれを左側の的に向けて放った。


相手もすでに魔法を準備していた。


《土の盾》は宙に浮かび、生徒の操作に合わせて移動している。


盾が左へ滑るように動き、飛んできた槍を受け止めた。


衝突とともに水が飛び散る。


攻撃側が二度目の魔法を準備する間、守備側は盾を中央へ戻した。


今度の攻撃は右側の的を狙っていた。


盾は素早く移動し、二本目の槍も防いだ。


「続けて」


攻撃側の生徒が三度目の詠唱を始めた。


今度はすぐに水の槍を放たず、数秒待って相手の動きを観察する。


守備側も焦らなかった。二つの的の中間に盾を保ち、攻撃の方向を見極めようとしている。


やがて槍が左の的へ向けて放たれた。


《土の盾》が迎え撃つように動く。


槍は盾の縁に当たって砕けた。しかし水の一部が防御を抜け、木製の的に飛び散った。


「そこまで」


二人とも魔法を解除した。


《土の盾》を宙に保っていた魔力の流れが途切れると、盾は形を失い、地面に崩れ落ちた。


「今の防御は成功だったと思う?」と尋ねた。


盾を使った生徒が答える。


「最初の二回は完全に防ぎました。三回目も止めましたが、一部が的に届きました」


「どうして?」


生徒は少し考えた。


「盾を動かすのが遅かったからです」


「ちゃんと動かしていたわ。問題は速さだけじゃない」


地面に落ちた土を指さした。


「最初の攻撃を受けたとき、盾は十分に頑丈だった。でも最後の攻撃では、縁の形を保つのに苦労していたでしょう」


「はい、先生」


「三回とも同じ密度を維持しようとしたのね。盾を移動させている間も、同じだけ魔力を使い続けていた」


生徒はうなずいた。


「防御力を落としたくなかったんです」


「それがいつも間違いとは限らないわ。でも攻撃と攻撃の間も利用できる。盾の位置を変えるときは魔力の消費を抑え、攻撃が当たる瞬間に防御を強める方法を試してみなさい」


生徒は先ほど盾があった場所を見た。


「そうすれば、もっと長く守れるんですね」


「そのとおり。戦いがいつ終わるかわからないときほど大切よ」


それから攻撃側に向き直った。


「自分の攻撃はどうだったと思う?」


「三回目で防御を突破できました」


「一部だけね。最初の二回と何を変えた?」


「すぐに攻撃せず、待ちました」


「そして相手も待った。攻撃の方向を予測するのではなく、実際の動きを見てから対応しようとしたの」


生徒はうなずく。


「でも盾を間に合わせるのは難しそうでした」


「ええ。三回目には、相手の魔力制御が最初ほど安定していなかったからよ。それに気づけたのはいいことね。ただ、次からは相手の防御だけでなく、自分の魔力消費にも注意しなさい」


二人に元の位置へ戻るよう指示した。


第三段階の生徒たちは、基礎魔法などとうに習得している。複数の魔法を巧みに扱える者も少なくない。


けれど魔法を連続して使えることと、長い戦闘の間ずっと同じ効率で使えることは別だった。


残りの授業では、ほかの生徒たちも順番に対戦させた。


相手の動きを的確に読む者もいれば、予想外の攻撃を受けた途端に魔力制御が乱れる者もいた。


最後の対戦が終わると、全員を集めた。


「今日はここまで。次の授業では組み合わせを変えます。今度は違う魔法を使う相手と練習してもらうわ」


生徒たちはうなずいた。


「わかりました、先生!」


「それじゃ、解散」


生徒たちは荷物を片づけ始めた。


そのうち二人が私のところへ来た。


「先生、次も同じ制限がありますか?」


「いいえ。でも簡単になるという意味じゃないわよ」


二人は顔を見合わせた。


「もっと難しいことを用意しているんですか?」


「次の授業でわかるわ」


生徒たちは笑いながら仲間のもとへ戻っていった。


私は訓練用具の片づけを確認してから、職員室へ向かった。


ロタス学院で教えるようになって、もう何年も経つ。生徒たちの成長を見ること、とくに最初は苦労していたことをできるようになる瞬間を見ることは、この仕事の好きなところの一つだった。


今年の第三段階の生徒たちもなかなか優秀だ。年末には誰が卒業するのだろう、と今から少し楽しみにしていた。


廊下の突き当たりに差しかかったとき、職員の一人が声をかけてきた。


「ソリー先生!」


振り返った。


「何かしら?」


職員が近づいて封筒を差し出す。


「先生宛てのお手紙が届いています」


「誰から?」


「差出人のお名前が書かれています」


封筒を受け取った。


そこに記された名を見て、一瞬動きが止まった。


ラルフ・ヴァーデン。


何年も目にしていなかった名前だった。


封筒を裏返し、差出人の住所を見る。


そこに書かれた町には覚えがない。ラルフが今どこで暮らしているのかさえ、私は知らなかった。


「先生、ほかに何かございますか?」


顔を上げた。


「いいえ。ありがとう」


職員は去っていった。


手の中の手紙をもう一度見つめる。


今になって、どうしてラルフが私に手紙を?


職員室に入り、自分の机に腰を下ろした。


封筒を開けて手紙を取り出す。


最初の数行は特に変わった内容ではなかった。


長く会っていないことや、私が元気でいることを願っていると書かれていた。


けれどその先に、一つの名前を見つけた。


アレン。


読む手が止まった。


しばらくその名を見つめ、それから続きを読んだ。


ラルフとガレスは、アレンが残した研究の記録を調べているらしい。


いくつかの記号や説明が理解できず、私に助けを求めているのだという。


ロタスへ来て、私と会いたいとも書いてあった。


手紙を机に置いた。


アレンの研究のことは覚えている。


一緒に旅をしていた頃も、彼は絶えず何かを書き留めていた。魔法について話している途中でも、突然思いついたことがあると話を中断し、鞄からノートを取り出したものだった。


何を書いているのか尋ねれば、いつもためらわずに説明してくれた。


もっとも、その説明をすべて理解できたわけではない。


一度、ちょっとした質問をしただけなのに、彼はほとんど一晩中、自分の研究について話し続けたことがあった。


その日のことを思い出すと、小さく笑みがこぼれた。


だが、再び手紙に目を落とす。


ガレスと一緒に……。


二人は今も連絡を取り合っているらしい。


どうして今になって、アレンの記録を調べ始めたのだろう。


彼の研究に興味を持つこと自体は不思議ではない。けれど、何年も経ってから私に連絡してくるなんて……。


最後に彼らと会った日のことを思い出した。


あの日の話し合いは、決していい終わり方をしなかった。


それ以来、私たちは誰とも連絡を取っていなかった。


それなのに今、ラルフとガレスは再会を望んでいる。


理由はアレンだった。


椅子の背にもたれた。


二人にまた会いたいのか、自分でもよくわからない。


それでも、アレンの記録は見たかった。


とくに手紙に書かれていた記号が気になる。


彼の研究のすべてを知っているとは言えない。それでも、書かれた内容の一部くらいなら解き明かす手伝いができるかもしれない。


私自身が知らなかったことに出会う可能性もある。


しばらく考えてから、引き出しから新しい紙を一枚取り出した。


ペンを握る。


ラルフ、ガレスへ。


手紙は受け取りました。


長い間音沙汰がなかったので驚きました。アレンが残した記録を調べているとは知りませんでした。


あなたたちの言う記号を実際に見なければ、力になれるかどうかはわかりません。


それでも、ロタスに来るのなら会いましょう。記録を持ってきてくれれば、一緒に調べられます。


到着したら学院に伝言を残してください。


ソリー・ヴェルリン


書いた内容を読み返した。


ほかにも言いたいことはあった。けれど、それを手紙に書くべきだとは思わなかった。


紙を折り、封筒に収めた。


ラルフから届いた手紙の裏にあった住所を使って、返信の宛名を書く。


午後の仕事を終えると、学院の郵便を扱う職員に手紙を渡した。


「これも発送する手紙に加えてもらえる?」


「もちろんです、ソリー先生」


職員は宛先を確かめた。


「ドルファン王国内への郵便と一緒に送っておきます」


「ありがとう」


部屋を出た。


廊下にはその日の最後の授業を終えた生徒たちがいた。すれ違う何人かが挨拶してくる。


「先生、さようなら!」


「さようなら」


職員室へ戻ると、ラルフの手紙はまだ机の上にあった。


引き出しにしまおうと手に取る。


アレンの名が書かれた行に、また目が止まった。


なぜラルフとガレスが、何年も経ってから彼の研究を調べ始めたのかはわからない。


記号の意味も、まだわからない。


けれど、見てみたかった。


手紙を引き出しに入れ、閉めた。


本当にロタスへ来るのなら、アレンの研究について何か新しいことがわかるかもしれない。


### ラルフ視点


ソリーに手紙を出してから四日が過ぎていた。


その間も俺は町の仕事を続け、ロタスへ行くことになった場合の準備についてガレスと相談していた。


まだ返事は届いていない。それでも会うことを承諾してもらえたときに慌てないようにしたかった。


その日の夕方、家へ帰るとエリサが玄関で迎えてくれた。


「ラルフ、あなたに手紙が届いているわ」


封筒を差し出される。


差出人の名前を見て、すぐにわかった。


ソリー・ヴェルリン。


「いつ届いた?」


「午後よ。ガレスは書斎にいるわ」


封筒を受け取り、書斎へ向かった。


ガレスは机の前に座っていた。俺の手にある封筒を見ると、姿勢を正した。


「ソリーからか?」


「ああ」


隣に座って手紙を開いた。


ラルフ、ガレスへ。


手紙は受け取りました。


長い間音沙汰がなかったので驚きました。アレンが残した記録を調べているとは知りませんでした。


あなたたちの言う記号を実際に見なければ、力になれるかどうかはわかりません。


それでも、ロタスに来るのなら会いましょう。記録を持ってきてくれれば、一緒に調べられます。


到着したら学院に伝言を残してください。


ソリー・ヴェルリン


読み終えると、ガレスに渡した。


ガレスも慎重に目を通した。


「承諾してくれたな」


「会うことにはな。助けられるかどうかは、まだわからないそうだ」


「ほかの返事は期待していなかったさ」


ガレスは手紙を机に置いた。


「少なくとも、記録を見てくれるつもりはある」


「ああ。あとはエドリックの許可だけだ」


ガレスは椅子にもたれた。


「何日休むつもりだ?」


この数日、そのことを考えていた。


ロタスまでは馬車で五、六時間ほどだ。しかしソリーが学院の授業の合間にどれだけ時間を取れるか、アレンの記録を調べるのに何日かかるかはわからない。


それに、ルーカスの魔法も見てもらいたかった。


「二週間を頼もうと思っている」


「足りるか?」


「ひとまずは十分なはずだ。もっと必要なら、そのとき考えよう」


ガレスはうなずいた。


「エドリックが何と言うかな」


「今度は日程と、俺の仕事をどう引き継ぐかまとめたものを持っていく」


「もう準備したのか?」


「まだ完成してないが、どの当番を代わってもらうべきかはわかっている」


ガレスは机の手紙をもう一度見た。


「いつ行くか、ソリーに知らせなくていいのか?」


「着いたら学院に伝言を残してくれと書いてある。事前に日付を決めてくれとは言われていない」


「なら、休暇が取れれば出発できるな」


うなずいた。


「先にエリサに話してくる」


台所に行くと、エリサがいた。


ミリアと一緒に夕食の支度をしている。


「ソリーから返事が来た」


エリサがすぐに振り向いた。


「何て書いてあったの?」


「会ってくれるそうだ。記録を見たいらしい」


「じゃあ、本当に行けるのね」


「エドリックが許可してくれればな」


ミリアも話に加わった。


「旅の日程は決まったのですか?」


「来週の初めに出ようと思う。二週間ほど滞在するかもしれない」


エリサは驚いた。


「二週間も?」


「もっと早く帰れるかもしれない。だが、ソリーがどれだけ時間を取れるかわからないんだ」


ミリアは少し考えた。


「それでは荷物も多くなりそうですね」


「全部持っていく必要はないわ」とエリサ。「二週間で使うものを選びましょう」


「向こうではどこに泊まるのですか?」とミリア。


「宿屋で部屋を借りるつもりだ」


エリサがうなずいた。


「でも、寝室が二つに分かれているところがいいわね」


「俺もそう思う。君とミリアが一部屋、ルークとガレスと俺がもう一部屋だ」


ミリアが小さく笑った。


「三人で一部屋では、少し窮屈ではありませんか?」


「俺とガレスは、昔もっとひどい環境で何年も寝泊まりしていた。ベッドが三つあれば十分だ」


エリサが笑う。


「夜中にお互いを起こさないといいけれど」


「それはガレスに言ってくれ」


「どうして?」


「いびきをかくのはあいつだからな」


ミリアが笑いをこらえる横で、エリサは首を横に振った。


「まずはいい宿を探して。それから考えましょう」


「ロタスで寝室が二つある部屋を借りるのは安くないだろうな。町より何かと物価が高い。だが、何週間か泊まるなら落ち着ける宿のほうがいい」


「そうね。特にルークのためにも」


エリサは庭に面した窓を見た。


外ではルーカスが一人で剣の型を練習していた。


「あの子にはいつ話すの?」


「エドリックと話してからだ。許可が出る前に期待させたくない」


エリサは納得した。


「じゃあ、明日はいい知らせを待っているわ」


「できるだけ頑張るよ」


夕食後、俺は書斎へ戻った。


ガレスはアレンの研究ノートをまた机に出していた。


「そのノートも持っていくんだよな?」


「もちろんだ。ソリーには記号だけでなく、ほかの記録も見てもらう必要があるかもしれん」


ノートを手に取り、ページをめくった。


表紙はすり切れ、何枚かのページは角が折れていた。アレンがさまざまな時期に残した文章の中には、俺たちには理解しづらい説明がいくつもあった。


四つの記号が繰り返し現れるページだけを見せても、足りないかもしれない。


「丈夫な鞄に入れておこう。道中で傷めたくない」


ガレスはうなずいた。


「俺に任せろ」


ノートを渡し、机の反対側へ移った。


向こう二週間のために用意していた勤務表を取り出す。


俺がいない間に引き継いでもらう仕事を並べてあった。一部の当番は入れ替えられそうだったが、町の外周道路を巡回する仕事には別の衛兵を割り当てる必要がある。


隊商襲撃のあとだけに、エドリックが慎重になるのはわかっていた。


三人の命が失われた事件から、まだあまり日が経っていない。周囲にほかの脅威がないとも言い切れなかった。


だから俺は、代役になれそうな者の名前を提案するだけにとどめた。最終判断はエドリックに任せるつもりだ。


ガレスはしばらく俺を見ていた。


「二週間休むだけで、大仕事だな」


「町の安全がかかっている。俺がエドリックの立場でも同じことを要求するさ」


勤務表に最後の修正を加えた。


「何日か出発を遅らせろと言われたら?」とガレス。


「遅らせる。ソリーも日付を指定していないし、町の状況が少し落ち着いたほうが俺たちにも都合がいい」


「まったく許可が出なかったら?」


ペンを置いた。


「そのときは別の方法を考える。でもまず話してみないとな」


ガレスがうなずく。


「そうだな」


勤務表を折り、手紙の横に置いた。


「それと、旅に使う馬車を手配しないと」


「そっちは俺がやる。許可が出たら翌日から準備を始めよう」


「頼む」


ガレスはアレンのノートを閉じ、机の端に置いた。


「ソリーから返事が来てよかったな」


「ああ」


「また会うのは妙な気分だ」


少し考えた。


「そうだな。長いこと会っていない」


ガレスはノートの表紙を見つめた。


「今度は、もう少しまともな話ができるといいが」


何を言いたいのかはわかっていた。


だが過去のことを話し合う気にはなれなかった。少なくとも今は。


「まずはロタスへ行こう」


ガレスは反対しなかった。


机の書類をまとめ、翌日エドリックに見せる勤務表を別にしておいた。


ソリーに会える可能性ができた。


その機会を生かすためにも、まず町での役目をきちんと引き継がなければならない。


翌朝、衛兵の詰所に着くと、中庭はいつもより慌ただしかった。


二人の衛兵が馬の準備をし、別の一人は門のそばに停めた荷車の積み荷を調べていた。隊商襲撃のあと、周辺道路の巡回は増やされている。ここ数日新たな襲撃は起きていなかったが、警戒態勢はまだ以前の状態には戻っていなかった。


中庭の向こうにタリンの姿を見つけた。


近づくと、彼は剣を腰に固定しているところだった。


「おはよう、タリン」


「おはよう、ラルフ。今日は北の道へ行くのか?」


「午後からだ。その前に隊長と話がある」


「何かあったのか?」


「いや。しばらく休みをもらいたいんだ」


タリンはベルトを直した。


「今か?」


「来週からだ」


「頑張れよ。最近の隊長は当番表をいじられるのを嫌がっているからな」


「わかっている」


タリンが小さく笑った。


「なら、本当に頑張れ」


別れて建物に入った。


エドリックの部屋の前で扉を叩く。


「入れ」


中へ入ると、彼は机で報告書を読んでいた。


「おはようございます、隊長」


顔を上げる。


「ラルフか。座れ」


向かいの椅子に腰掛けた。


エドリックは報告書を脇へ置いた。


「この前話していた旅行の件か?」


「はい、隊長。会いに行く相手から返事が来ました。日程を決められます」


「聞かせてくれ」


持参した勤務表を差し出した。


「来週の初日に出発するつもりです。二週間後に帰り、その翌朝から勤務に戻りたいと考えています」


エドリックは紙を受け取った。


「二週間か」


「はい」


「前回は数週間かかるかもしれないと言っていたな」


「話し合いにどれほどかかるか、まだわかりません。ただ、ひとまず二週間あれば足りるはずです。延長が必要になっても、勝手に滞在を続けるわけにはいきません」


エドリックは黙って勤務表を調べ始めた。


やがて一行を指で示す。


「北の道の見回りにはタリンを推薦しているな」


「はい。あの道に詳しく、先日の偵察でも一緒でした」


「タリンは西門の当番も一つ引き受ける予定だ」


「承知しています。同じ日に二つの仕事が重ならないよう、交代案を用意しました」


エドリックは表の下のほうに目を移した。


「東の巡回にはレンも入れている」


「隊長がよろしければ。まだ本人たちとは交代の約束をしていません。まず許可をいただこうと思いました」


「それでいい」


エドリックは机の反対側にあった分厚い記録簿を開いた。


数ページめくり、自分の勤務表と俺の案を見比べる。


「タリンは今週すでに二回、余分な仕事が入っている。何度も街道へ出すわけにはいかん」


「おっしゃるとおりです」


「だが二週目の見回りなら任せられる。一週目には別の者を充てよう」


記録簿に短く書き込む。


「レンの予定も確認しなければな」


俺は黙って待った。


エドリックは数分間表を調べ、それから椅子にもたれた。


「正直なところ、今この時期に経験のある部下が一人、二週間もいなくなるのは歓迎できん」


「理解しています、隊長」


「三人が死んだあの襲撃のあとなら、なおさらだ」


反論できなかった。


壊された隊商と、その場で見た人々のことを思い出した。


長腕の魔物は倒した。だが、なぜあの場所に現れたのか、ほかに危険が潜んでいないのかはわかっていない。


エドリックが手元の紙を軽く叩いた。


「最新の巡回報告では新たな襲撃はない。しかし、それで周辺の安全が保証されたわけではない」


「同感です」


「お前がいない間に何か起これば、ほかの者の負担が増える」


「そのために引き継ぎ案を作ってきました」


エドリックは俺を見た。


「見ればわかる。少なくとも考えなしに頼みに来たわけではなさそうだ」


ペンを取る。


「ところで、ロタスでは具体的に何をするつもりだ?」


「古い友人に会います。ガレスの弟のアレンが残した研究の記録がありまして、それを調べるのに彼女の力を借りたいんです」


エドリックは少し考えた。


「なるほど。個人的な用事か」


「はい、隊長」


「俺にとって重要なのは、お前の不在中にここの仕事が滞らないことだ。旅の目的自体に異論はない」


「ありがとうございます」


エドリックはいくつかの行に印をつけた。


「この二つの巡回は組み直せる。北の道はタリンたちに分担させよう。ただし当番をいくつか動かす必要がある」


ペンを置いた。


「それから、町の外から入る隊商を検査する人員は減らさない。そこは譲れん」


「そのつもりで考えていました」


「よし」


エドリックは記録簿に戻り、しばらく書き込んだ。


やがて顔を上げた。


「休暇は認められそうだ、ラルフ」


胸をなで下ろした。


「ありがとうございます、隊長」


「ただし、条件が二つある」


注意して聞いた。


「一つ目。出発前に、お前の仕事を引き継ぐ衛兵全員と話しておくこと。担当者が決まっていない当番を一つも残すな」


「承知しました」


「二つ目。出発までに町の周辺で重大な事件が起きた場合、許可は再検討する。とくに隊商の街道で何か起きたときはな」


「わかりました」


「それと、決めた帰還日を超えることは許さん。面会が長引いたからといって、ここの仕事がなくなるわけではない」


「約束の日に戻ります」


エドリックはしばらく俺を見つめた。


そして紙の下に署名した。


「では、よい旅を」


「ありがとうございます」


許可証を渡された。


立ち上がろうとしたとき、再び声がかかった。


「ラルフ」


「はい」


「ロタスへはどの道を通る?」


「主要街道です。馬車で行くつもりです」


「よし。森の中を通る古い道は使うな」


「そのつもりはありません」


「主要街道の巡回は増やしたが、それでも気をつけろ。家族も一緒なのだからな」


うなずいた。


「気をつけます、隊長」


部屋を出た。


廊下で許可証を折り、鞄にしまった。


あとは当番の交代を確定させるだけだ。


中庭に戻るとタリンはまだいた。今度はレンも一緒だった。


俺を見るとタリンが声をかけてきた。


「どうだった?」


「休みが取れた」


「本当か?」


「ああ。ただ、出発前に片づけることがある」


レンが興味深そうに尋ねた。


「どれくらい休むんだ?」


「二週間」


「結構長いな。どこへ?」


「ロタスだ」


タリンが眉を上げた。


「王都か。いいな。いつだ?」


「来週の初め」


「休暇旅行か?」


「そういうわけでもない。会わなければならない相手がいる」


タリンはそれ以上聞かなかった。


「うまくいくといいな」


「ありがとう」


鞄から勤務表を取り出した。


「それで、隊長から当番を振り分け直すように言われた。二人とも少し話せるか?」


タリンが表を見る。


「なるほど。休みをもらうには代償が必要ってわけだ」


レンが笑った。


「もう俺たちに仕事を押しつけ始めたぞ」


「安心しろ。全部の当番をお前たちに渡すわけじゃない」


「よかった。でなけりゃ、お前の代わりに俺が王都へ行くところだ」とタリン。


三人で勤務表を確認し始めた。


タリンは二週目の北街道の点検なら引き受けられると言った。一方レンは、東の巡回を頼みたい日の一つに別の任務が入っていた。


いくつか調整し、無理のない形にまとめた。


もちろん最終案はエドリックに報告する必要がある。


昼までにほかの衛兵とも話し、必要な交代を決め終えた。


エドリックは表をもう一度確認してから承認した。


「出発までの自分の仕事もおろそかにするな」


「はい、隊長」


これで休暇の件は本当に片づいた。


午後の巡回に出る前に、ガレスを探しに家へ寄った。


庭の薪置き場にいた。布で木剣の柄を拭いている。


俺に気づくと手を止めた。


「早い帰りだな」


「これから巡回だ。その前に知らせたいことがあってな」


「どうした?」


「エドリックが許可してくれた」


ガレスの顔が明るくなった。


「二週間か?」


「ああ。当番の調整も済んだ。直前に何も起こらなければ、来週の初めに出発できる」


「そりゃ朗報だ!」


木剣を脇に置いた。


「じゃあ、馬車を手配してこよう」


「できれば屋根つきがいい。道中で雨に降られたくないからな」


「心配するな。何軒か当たってみる」


「馬のことも考えないとな」


「そっちも任せろ。そんなに遠くない」


ガレスはふと俺を見た。


「エリサには話したか?」


「まだだ。家にいるか?」


「ミリアと中にいる。ルークはテアのところへ行ったぞ」


「なら先に話してくる」


ガレスが笑った。


「もうルーカスにも教えてやれるな」


「今夜話すよ。先にエリサと準備を決めたい」


「好きにしろ」


家のほうへ歩き出した。


扉に手をかけようとしたとき、背後からガレスの声がした。


「ラルフ!」


振り向く。


「何だ?」


「ソリーと最後に会ってから、何年になる?」


少し考えた。


「ずいぶん経つな」


ガレスは腕を組んだ。


「俺たちを見たら、どんな顔をするだろうな」


「手紙を見る限り、少なくとも門前払いはされないだろう」


ガレスが笑った。


「それだけでも上出来だ」


俺も少し笑った。


けれど、考えていることは同じだとわかっていた。


ソリーとの再会は、簡単なものではないかもしれない。


それでも今、俺たちにはロタスへ行く理由がある。


アレンのノートだけではない。


ルーカスの魔法についても、ようやく専門家の意見を聞けるのだ。


家の扉を開け、中へ入った。


旅を妨げる大きな障害はもうなかった。あと数日で準備を済ませれば、家族そろってロタスへ向かえる。


### ルーカス視点


夕食の席で、父さんが僕のほうを向いて笑った。


「ルーク、知らせたいことがあるんだ」


手にしていたスプーンを置いた。


「何?」


「来週、ロタスへ行くことになった」


一瞬、言われたことを理解するのに時間がかかった。


「ロタスに? 本当に?」


「ああ。みんなで行く。母さんも、ガレスも、ミリアも、もちろんお前もだ」


嬉しくなって身を乗り出した。


ロタスの名前は何度も聞いたことがあった。僕たちの町よりずっと大きく、にぎやかな街だという。でも、今まで行く機会はなかった。


「いつ行くの?」


「数日後だ。まず準備を終わらせないとな」


「どうして行くの?」


「ソリーに会うためだよ」


スプーンをテーブルに置き直した。


「ソリー?」


父さんがうなずく。


その名前は以前にも聞いていた。父さんがガレスやアレンと冒険していた頃の話をしてくれたとき、ソリーのことも教えてくれたのだ。


でも、確か最後はあまりいい別れ方ではなかったはずだ。


「昔、一緒に冒険していたソリーのこと?」


「ああ、そうだ」


「でも、けんかしたんじゃなかった?」


父さんは少し黙った。


「意見の食い違いがあったんだ。長い間会っていない」


「じゃあ、どうして今会うの?」


「話さなければならないことがある。それに、お前の魔法も見てもらいたいんだ」


驚いた。


「僕の魔法?」


「ああ。ソリーは経験豊富な魔法使いで、今はロタス学院で教えている」


「僕にも魔法を教えてくれるかな?」


「まず会ってみよう。それからだ」と父さん。


数日前、ミラと練習したときのことを思い出した。


ミラは《囁く風》を覚えたばかりなのに、僕が起こした風とほとんど変わらない強さの風を作っていた。


僕のほうがずっと長く魔法を練習しているのに。


何かやり方を間違えているのだろうか。


もしかしたらソリーが教えてくれるかもしれない。


「学院も見られる?」


「機会があれば、もちろん」と父さんが答えた。


ガレスも話に加わった。


「ルーク、ロタスには学院以外にも見どころがたくさんあるぞ。王都だからな」


「全部見て回れる?」


ガレスが笑った。


「二週間でロタスを全部歩き回ろうとしたら、足が動かなくなるぞ」


「二週間も泊まるの?」


「最長でそれくらいの予定だ」と父さん。「用事が早く終われば先に帰るよ」


少し考えた。


「テアたちは?」


「あの子たちはここに残るわ」と母さん。「でも出発前に会いに行けるでしょう?」


うなずいた。


二週間も一緒に訓練できないのは少し寂しい。とくに、僕に勝とうと一生懸命なテアのことを考えると。


それでも、初めてロタスへ行けるのだ。


しかも父さんの昔の仲間にも会える。


ソリーって、どんな人なんだろう。


その後の数日間、家では旅の準備が続いた。


母さんとミリアは持っていく服を選び、ガレスは馬車探しを担当した。父さんは町での仕事を片づけていた。


僕も自分の荷物を準備することにした。


ベッドの上に何着かの服と小物、それから木剣を並べた。


部屋に入ってきた母さんが、それを見た。


「何をしているの?」


「荷物をまとめてるんだ」


母さんは木剣を手に取った。


「これも持っていくの?」


「ガレスと訓練しないと」


「ロタスには訓練だけしに行くわけじゃないのよ、ルーク」


「わかってる。でも二週間は長いよ」


母さんが笑った。


「それはガレスと相談しなさい。今は服を詰めるのを手伝って」


「はーい」


木剣をベッドの端に置き、母さんのそばへ行った。


出発の前日、テアたちの工房を訪ねた。


ダレンは中で仕事をしていた。裏ではテアとブラムが木剣で訓練している。


ミラが僕を見つけて手を振った。


「ルーク! 来たんだ!」


みんなのところへ歩いた。


テアは剣を下ろした。


「今日は遅かったね」


「家で準備してたんだ」


「何の準備?」


「明日、ロタスへ行くんだ」


テアが動きを止めた。


「ロタスに?」


「うん。二週間くらい泊まるよ」


ブラムも近づいてきた。


「王都に行くのか」


うなずいた。


「みんな一緒に行くんだ」


「いいなあ」とブラム。「僕は行ったことないよ」


ミラが興味津々で聞いてきた。


「どうして行くの?」


「父さんの昔の友達に会うんだ。ソリーっていう人で、ロタス学院で魔法を教えているんだって」


ミラの目が大きくなった。


「本当に?」


「うん」


「すごい! ルークも教えてもらえるの?」


「わからない。でも父さんは僕の魔法を見てもらいたいみたい」


ミラが興奮して一歩近づく。


「じゃあ、帰ってきたら習ったことを教えてね!」


「もちろん」


「新しい魔法を覚えるかも!」


「そうかもね」


テアが腕を組んだ。


「私たちの訓練はどうするの?」


「帰ってきたら続けよう」


「二週間もいないんだよね」


「うん」


テアは少し考えてから木剣を持ち上げた。


「じゃあ、その間にもっと強くなる。帰ってきたら、前みたいに簡単には勝たせないから!」


笑って答えた。


「僕も向こうで練習するよ」


「好きにすれば? それでも勝つから」


ブラムが口を挟んだ。


「その前に僕に勝たないといけないんじゃない?」


テアが振り向いた。


「何なら今すぐやる?」


「今日はもう十分やったよ」とブラム。


ミラが笑った。


「ルークが行く前からけんかしないでよ」


それからもしばらく一緒に過ごした。


テアとブラムはもう一度だけ短い試合をした。ミラは最近練習している魔法を見せてくれた。《囁く風》を前よりずっと楽に使えるようになっていた。


「どうだった?」とミラ。


「前より上手だよ」


ミラが嬉しそうに笑った。


「ルークが帰ってくるまでに、もっと上手になるからね」


「僕も新しいことを覚えたら見せるよ」


帰る時間になり、ダレンにも挨拶に行った。


旅の無事を祈ってくれた。ロタスは人の多い街だから、家族からあまり離れないようにとも言われた。


ちゃんと守ると約束してうなずいた。


工房を出ようとしたとき、テアが後ろから呼んだ。


「ルーク!」


振り返った。


「何?」


「帰ってきたら、最初にここへ来てね!」


手を上げた。


「うん、来るよ!」


翌朝、外から聞こえる物音で目が覚めた。


窓の外を見ると、家の前に屋根つきの馬車が停まっていた。


ガレスが二頭の馬の馬具を確認し、父さんは荷物を馬車の後ろに積んでいる。


急いで着替えて階下へ向かった。


台所ではミリアが道中の食べ物を籠に詰めていた。


「おはようございます、ルーク」


「おはよう! いつ出発するの?」


「朝ごはんのあとですよ」


「もう全部準備できた?」


「もう少しです。でも先に何か食べてくださいね」


テーブルに座った。


普段ならこんなに早く起きた日はまだ眠いのに、今日は全然眠くなかった。


朝食を終える頃には、母さんとミリアも最後の荷物をまとめていた。


馬車のそばから父さんが呼んだ。


「ルーク! ほかに持っていきたい物はないか?」


少し考えた。


木剣だ!


急いで部屋へ戻った。


剣はベッドのそばにあった。


それをつかんで階下へ走る。


ガレスが僕を見るなり笑った。


「それも持っていくのか?」


「うん。訓練するかもしれないから」


「出発前から訓練のことを考えているのか」


「二週間は長いもん」


「わかった、わかった。道中であちこちぶつからないよう、ちゃんとしまっておけよ」


木剣を荷物のそばに収めた。


父さんが馬車の前へ向かう間に、母さんは家の扉に鍵をかけた。


ミリアも窓を最後に確認してから合流する。


「これですべてです」


馬車に乗り込む母さんが僕を見た。


「ほら、ルークも乗って」


すぐあとに続いて中へ入った。


屋根つきの馬車には左右に座席があった。母さんとミリアが片側に座り、僕は向かい側に腰掛けた。


父さんとガレスは馬を操るため、前の御者席へ座った。


やがてガレスの声が聞こえた。


「準備はいいか?」


「できたよ!」と叫んだ。


ガレスが振り返って笑う。


「一番準備万端なのはルークみたいだな」


「うん!」


「じゃあ、出発だ!」


馬が歩き出すと、馬車が小さく揺れた。


窓から外を見る。


僕たちの家がゆっくり遠ざかっていく。


毎日通る道を進んでいるのに、今日は何もかも少し違って見えた。


店を開ける準備をする商人たち、家の前を掃く人たち、朝の仕事へ急ぐ人たちを眺めた。


しばらくして町の門に着いた。


門番の一人が父さんに気づいた。


「よい旅を、ラルフ!」


父さんが手を上げた。


「ありがとう!」


衛兵は馬車を見回した。


「ロタスへ行くのか?」


「ああ。しばらく滞在するよ」


「なら気をつけろ。主要街道から外れるなよ」


「わかってる」


衛兵が脇へよけた。


馬車は門を通り、町の外へ出た。


振り返ってみる。


見慣れた家々の屋根がだんだん小さくなっていく。数分もすると、町の最後の建物も見えなくなった。


前方の道の両側には木々が並んでいた。遠くでは道が丘の間を縫うように続いている。


ロタスはまだ見えなかった。


母さんが僕に身を寄せた。


「楽しみ?」


うなずいた。


「すっごく!」


「こんなに長い旅は初めてだものね」


「ロタスにはいつ着くの?」


前からガレスの声がした。


「午後には着くさ。馬たちが怠けようとしなければな!」


「怠けないよ!」と言い返した。


ガレスが笑う。


「どうしてわかる?」


「だって僕はロタスへ行きたいんだもん!」


今度は母さんとミリアも笑い出した。


窓辺に寄りかかって、景色を眺め続けた。


町から遠ざかるほど、道沿いの木々は密になっていった。ときどき反対方向から来る馬車とすれ違い、道端で荷物を運ぶ人を見ることもあった。


人から話を聞いたことしかない場所へ向かっている。


ロタスはどんな街だろう。学院はどれくらい大きいのだろう。ソリーに会ったら、何が起こるのだろう。


でも何より、早く自分の目で街を見たかった。


馬の蹄の音を聞きながら進むうちに、僕たちの町はずっと後ろになっていた。


出発してから数時間が経っていた。


最初のうちは、窓の外に見えるものすべてが気になった。道沿いの木々、遠くで草を食む動物、すれ違う旅人をじっと観察していた。


けれど、しばらくすると木がどれも同じに見えてきた。


座り直し、前に向かって声を張った。


「ガレス! あとどれくらい?」


「それ、さっきも聞いただろう、ルーク!」


「でもずっと前だよ!」


前から父さんの笑い声が聞こえた。


「まだ三十分しか経ってないぞ」


「今はもっと経ったよ!」


「それはそうだな」とガレス。「でも、もう少し我慢だ」


ため息をついて座り直した。


母さんが横の食べ物の籠を開けた。


「お腹すいた?」


「ちょっと」


用意してくれたパンを一つ差し出す。


「はい」


受け取って食べ始めた。


ミリアも窓の外を見ていた。


「思っていたより快適な道ですね」


「まだでこぼこしたところには来ていないわ」と母さん。


「このまま順調だといいのですが」


ちょうどそのとき、馬車が小さなくぼみにはまった。


座席ががたんと揺れる。


ミリアが窓枠に手をついた。


「少し早く言いすぎましたね」


母さんが笑った。


しばらくすると、道の両側の木々が増えてきた。


枝の間から差し込む日差しが、道にまだらな影を落としている。


馬車の速度が少し落ちた。


前に身を乗り出す。


「どうして遅くなったの?」


「道が狭くなるんだ」と父さん。「向こうから来る人とすれ違うときは気をつけないとな」


やがて別の馬車がやってきた。


僕たちのものより大きく、後ろには木箱がいくつも積まれている。


二台が通れるよう、ガレスは馬を道の端へ寄せた。


向こうの御者が父さんに声をかける。


「ロタス行きかい?」


「ああ!」


「道は空いてるよ。ただ、先に巡回の衛兵がいるからな!」


「ありがとう!」


男は手を上げ、そのまま進んでいった。


後ろの木箱を見つめた。


「父さん、あれは何を運んでるの?」


「さあな。売り物だと思うぞ」


「ロタスへ持っていくの?」


「たぶんな。王都には毎日たくさんの商人が来る」


「僕たちの町からも?」


「もちろん」


少し考えた。


「じゃあ、ロタスでは僕たちの町の物も売ってるの?」


「そういう物もあるだろう。でも、ほかのいろんな場所から運ばれてきた商品もあるぞ」


興味が湧いた。


「どんな物?」


「布や香辛料、武器……ほかの街で作られたものがいろいろだ」


ガレスが口を挟んだ。


「使い道すらわからない物を売る商人もいるぞ」


「例えば?」


「昔、幸運を呼ぶという石を売りつけようとする男に会ったことがある」


「本当に幸運が来るの?」


「知らんな。買わなかったから」


「どうして?」


「その石を買うには、まず金貨の袋を拾うくらいの幸運が必要だったんだとさ」


父さんが笑った。


「あの男も、お前を追い払うのにずいぶん苦労していたな」


「俺は石がどれくらい幸運を呼ぶのか知りたかっただけだ!」


「同じことを十回も聞いてか?」


ガレスは答えなかった。


母さんとミリアまで笑い始めたので、僕もつられて笑った。


昼頃、道の脇にある小さな空き地で休憩した。


ガレスが馬を休ませている間に、父さんは馬車の後ろから水の容器を取り出した。


僕も外へ降りた。


ずっと座っていたので、足を伸ばすのが気持ちよかった。


道の少し先には、馬に乗った衛兵が二人いた。一人は通る馬車を見張り、もう一人は道端の足跡を調べていた。


父さんが二人に気づいた。


「ガレス、ちょっと行ってくる」


衛兵たちのところへ歩いていく。


僕もついていこうとしたけれど、母さんに呼ばれた。


「ルーク、遠くへ行かないで。すぐ出発するわよ」


そばに戻った。


ミリアは布を広げ、食べ物を並べていた。


「さあ、座って。少し食べましょう」


布の上に座った。


父さんはまもなく戻ってきた。


「何か問題があったの?」と母さん。


「いや、道の様子を聞いただけだ。ここ数日は新しい事件も起きていないらしい」


馬のそばからガレスの声がした。


「なら、あまりのんびりせず進もう。午後には街に着ける」


食事を終えると、荷物を片づけた。


馬車へ乗ろうとしたとき、父さんを見た。


「どうしてここに衛兵がいるの?」


「旅人を守るためだよ」


「僕たちの町の衛兵みたいに?」


「ああ。ただ、この道は通る人が多いから、巡回も頻繁なんだ」


うなずいた。


父さんは少し僕を見て、髪をくしゃっとなでた。


「ほら。見たかった街が待っているぞ」


笑顔で馬車へ乗り込んだ。


旅の後半になると、木々は少しずつまばらになっていった。


森を抜け、丘の間を進み始める。かなり急な場所もあった。上り坂では馬が速度を落とし、下り坂ではガレスが慎重に手綱を握っていた。


しばらくして、前の席から父さんの声がした。


「ルーク、もうすぐいいものが見えるぞ」


すぐに体を起こした。


「何?」


「自分で見てごらん」


窓に近づく。


前にはまだ丘があった。


「何も見えないよ」


ガレスが笑った。


「まずこの丘を越えないとな」


待ちきれなかった。


馬たちはゆっくりと坂を上っていく。


馬車が高くなるにつれて周囲の木が減り、道の両側に広がる草地や、後ろに残してきた丘が見えるようになった。


ついに丘の頂上に着いた。


その瞬間、目の前の景色が一変した。


「うわあ……」


遠くに、広大な土地を埋め尽くすような大きな街が広がっていた。


街は高い石壁で囲まれている。その内側には数えきれないほどの建物が並び、屋根の合間から塔や、周りよりずっと大きな建物がそびえていた。


遠くからでも、僕たちの町で一番高い建物より大きそうなものまである。


しかも、一目では街全体を見渡せなかった。


「あれが……ロタス?」


「ああ」と父さん。「着いたぞ」


街から目を離せなかった。


前世でも、これほど大きな街を見たことはあった。でも、高い石壁に囲まれ、屋根の上に塔が突き出しているような街を見るのは初めてだった。


「本当に大きいね!」


母さんも窓の外を眺めた。


「きれいでしょう?」


「うん!」


ガレスが振り返った。


「まだ中に入ってもいないぞ。人混みを見たら、何て言うかな」


「何人くらい住んでるの?」


「たくさんだ」


「どれくらいたくさん?」


ガレスは少し考えた。


「俺が数えきれないくらいだな」


「でもガレスは数を数えられるでしょ!」


父さんが笑った。


「ガレスは昔から数字が苦手だからな、ルーク」


「そうなの?」


「信じるなよ」とガレス。「あれだけの人間を数える時間がないだけだ」


街をもう一度見た。


「学院はどこ?」


父さんが前に身を乗り出し、景色を眺めた。


「ここから見分けるのは難しいな。街に入ったら教えてやるよ」


「ソリーもそこにいるの?」


「たぶんな。でもまず泊まるところを探さないと」


「それから会いに行く?」


「学院に伝言を残すよ。向こうの都合がわかったら会おう」


うなずいた。


ソリーはどんな人なんだろう。


昔は父さんたちと冒険していたと聞いた。今はこんなに大きな街で魔法を教えているのだ。


僕の魔法を見たら、何と言うだろう。


坂を下るにつれて、ロタスはますます大きく見えるようになった。


遠くでは小さく見えた建物が、実際にはどれほど高いのか、少しずつわかってきた。


街に近づくと道も広くなった。


もう、ときどき旅人とすれ違うだけではなかった。


前にはほかの馬車が並んでいる。大きな箱を積んだものもあれば、布で覆った荷を運ぶものもあった。馬に乗った人々が荷車の間を進んでいる。


道端を歩く人たちの中には、背中に荷物を背負った者もいた。


「みんなロタスへ行くの?」と聞いた。


「ほとんどはそうだろう」と父さん。「王都へ続く道はいつも混んでいるからな」


やがて街の城壁がはっきりと見えてきた。


石壁の上を見張る衛兵たちが見える。入口の両側に立つ塔は、近くで見ると思っていたよりずっと大きかった。


門の前では、入城を待つ馬車が列を作っていた。


ガレスが馬の速度を落とした。


「どうやら少し並ぶことになりそうだな」


父さんは前の馬車を見た。


「そう長くはかからないさ。予定より早く着いたくらいだ」


母さんが鞄を直した。


「街に入ったら、まず宿屋へ行くの?」


「ああ」と父さん。「荷物を置いてから、ほかの用事を済ませよう」


ミリアも門のほうを見た。


「いい宿が見つかるといいのですが」


「見つかるさ」とガレス。「ただ寝室が二つに分かれたところとなると、何軒か回る必要があるかもな」


父さんがうなずく。


「ロタスの物価を考えると、最初に見つけた宿で決めないほうがいいな」


みんなが泊まる場所について話している間、僕は窓から外を眺めていた。


門をくぐっていく馬車の向こうに、街の最初の通りが見える。中の人々のざわめきが、ここまで聞こえてきた。


馬車が列に加わると、僕は座席で少し背筋を伸ばした。


もう、あとどれくらいかかるのか聞く必要はなかった。


ロタスは、すぐ目の前にあった。


そしてようやく、あの大きな街の中へ入れるのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。