エピローグ 悪代官を成敗するのに忙しいので、俺様将軍からの溺愛は必要ありません!
あれから、煉弥様の悪事は大々的に広まって、先代将軍、そして共に暗躍を企てようとしていた者達は処罰を下された。
新聞社へ送ったはずの記事は、いつの間には瑳希が手回しをしていて、翌日の記事には私の活躍が広く街へ広まることになってしまっていた。
私が将軍を救い出した──なんて記事にするつもりはなかったのに。『救いの姫様こそ、国の母!』と民たちの盛り上がりは絶頂の極みを見せている、今日この頃。
確かに、私は瑳希のことが好き!
だけど……大奥の七姫として家出までしちゃった私が、将軍のお嫁さんだなんて、まだ心の準備が出来ていないの!!
なのに、祝言を挙げる気満々の瑳希と、それをお祝いする気満々でいる民達。
あれ? もしかして、策士策に溺れてない?
私、自分が作り上げた策のせいで、まんまと七姫の一人の中で私が瑳希のお嫁さんになるのが当たり前みたいな空気感になってない?
そんな私の隣で、瑳希が満足そうに片方の口角だけを持ち上げている。
「バァーカ。諦めて、さっさとオレの嫁になれよ」
やめて! 私がその顔が好きなのをわかって、わざと私を揶揄うように笑っているでしょ!
頬が赤くなるのを誤魔化せそうにもなくて、私は瑳希から視線泳がせる。
「赤くなってるんだけど? ほら? 溺愛させろ、バカ凛。オレの嫁になれ」
瑳希がジリジリと私に近づいてくる。
「っ! これは熱くて赤くなってるだけだもん! そ、それに私はまだ瑳希に『好き』って言ってないもん! だから、お嫁さんになるとかは──その、えっと!」
フラれると思っていたのだ。諦める覚悟で彼を助けたのだ。だから、いきなり訪れたこの甘い展開に恋心がなかなか追いつかない。だって、初恋なんだもん!
「命懸けで助けておいて、なんだよそれ。凛が言ったんだろ? 『生き様で示す』って。お前が示したんだろ、お前の生き様で『オレを愛してる』って? なぁ?」
言いました! 確かに、私は『生き様で示す』っていっつも言っているわ。
だ、だけど、それは反則よ! いや、確かに、瑳希のことは大好きだけど!
それとこれとは! それと、恥ずかしいのは関係ないの!
瑳希が私の着物の袖衣を引っ張った。なすすべもなく、私は瑳希の腕の中に抱き止められてしまう。
「早く認めちゃえよ。ほら、言って? オレが好きなんだろ?」
「んーーーー!!!!!!」
好きだけどーーーー! 好きだけど、言えって言われるともっと恥ずかしいの!
瑳希はそれをわかってやってるでしょ!?
「早く言わないと、接吻しながら舌吸うぞ?」と、言いながら瑳希が私の耳に口を這わせる。
「凛、好きだろ? 舌触られるの」
耳元で低く囁かれただけで、私の背中には甘い刺激が泡立っていく。
「す…………」と、私が言いかけた時だった。
天井の板がスッと外されて、銀之助がクルクルと飛び降りてくる。
「姫さん、お楽しみのところ、申し訳ねぇ。事件だ。南の領土でおかしな動きがある!」
私は咄嗟に瑳希の胸板を押し戻して立ち上がった。
「銀之助、それは本当?」
「間違いねぇ。どうする?」と、急かす銀之助に瑳希が舌打ちを送っている。
「おい、凛。お前まさか……!?」
「ごめんね、瑳希! だけど、私、困っている人がいるなら放って置けないもん! 行かないと!! ふふふ、私をお嫁さんにしたかったら、追いかけにきてね?」
そして、「わりぃな、将軍」と銀之助は私を抱き抱えて、ネオ大江戸城の窓から飛び出した。
「さぁ、姫様? 本日はどこまでの旅路へ?」と、カカさんが私の右側で、
「どこまででも、ぼくらはついていきますが」と、スーさんが私の左側で、
「まったく、姫さんの家出癖は、困ったもんでさぁ」と、銀之助が首の後ろで手を組んだ。
「さ! みんな! 今日も旅に出るわよ! 目的地は、南の領土よ!」
「「「御意──!」」」
私は今日も平民のふりをして街をゆく。
私は皇凛。七姫の一人であるけれど、やっぱり正義の名の下で生きたいの。自分の瞳で、世界を見定めたいの。
だから、「好きよ」って言うまでは、ちょっとだけ待っててね?
だって今の私は、悪代官を成敗するのに忙しいので、俺様将軍からの溺愛は必要ありません!
***
窓から飛び出していった恋人の背中を見送っていると、部屋の襖がスッと開かれた。オレの側近が顔を出して、懸念を示す。
「我が君、良いのですか? 姫様を行かせてしまって……」
「いいんだよ、あいつはあのままで……」
そして、オレはゆっくりと立ち上がる。
「我が君、どちらへ?」
「南の領土の雲行きが怪しいのは、お前に調べさせてあったな? 報告書を全てもってこい。調べ上げてから、先回りする」
すると、側近が小さな笑みを浮かべた。
「なんだ?」と、問いに少しだけ嬉しそうな顔をして、そいつはこう答える。
「いえ……ただ。我が君は、なかなかに心配性だなと──」
「うるさい! いくぞ、仕事だ!」
「御意」
こうしてオレは今日も、凛の知るところなく世界の片鱗を知るべく先回りを繰り返す。
南の街であいつに会った時には、少しばかり強引に接吻でも落として、情報料のご褒美をもらうとしよう。




