ミルク粥 2
え、いや落ち着け、落ち着こうよ、私。
私は王子を見て、心の中で「どうどう」と言いながら片手を上げた。
そう言えば、学生時代留学した友人が、熱を出したルームメイトにお粥を作ってあげたら「これはジャムで食べればいい?」と聞かれてひっくり返りそうになったと言っていた。
それに、欧米人とか、豆が甘いなんて信じられない!と、あんこに拒否反応を示すと聞いた事がある。
でも、食べてみたら美味しくてハマる人もいる、とか。
とにかくこれしかないなら食べるしかない。
「冷めますよ」
デパコスの声が聞こえて我に帰る。
私はベッドに腰をかけて、ワゴンを見たけれど、手を伸ばすのには勇気がいる。
「……………小さい頃から誰だって食べているでしょう。食欲が無いんですか?」
ありますとも!
さっきからお腹がぐうぐう鳴っている。
恐る恐る手を伸ばそうとすると、さっとデパコスがスプーンを手に取って、甘い米を掬った。
「どうぞ」
「出たよ、過保護オカン」
王子の呟きに、流石にこれは恥ずかしい、と思った。
「大丈夫です。自分で………食べられますから」
食べなきゃ「あーん」状態である。
腹を括れ!私!
デパコスの手からスプーンを取り返すと、一口、口に含んだ。
「…………あ、美味しい」
私は目を見張った。
まろやかで、少し香辛料が効いていて、その甘いお米はとても美味しかった。
「え!?美味いの?」
驚いたように王子が近寄って来る。
「一口食わせて」
そう言うと、私の手からスプーンをひったくった。
流石に同じスプーンを使った事は無いけれど、王子の「一口食わせて」は常態過ぎてあまり抵抗もない。何しろ、あの潔癖気味のミチタカですら「仕方ないなあ」と言って、王子に食べ物を分けていたくらいだ。
けれど、王子の手からスプーンはあっさりと取り上げられた。
「…………厨房で作って貰って下さい。大体、この量、見たら分かるでしょう。負担をかけない最大の量を作らせてこれだけなんです。殿下の分はありませんから」
デパコスに言われて気がついた。
ミルク粥の入った器は、デミタスカップくらいのサイズだ。
え!?今日、これだけ!?だったら勿論、王子になど分ける筈がない。
「今日は、これだけ…………なんですか?」
恐らくその時私は、ご飯皿にカリカリが20粒くらいしか入っていない事に気付いた犬のような表情をしていたに違いない。
私の言葉に、デパコスが戸惑ったような表情を浮かべた。
「いえ…………胃に負担がかからないように、少量を回数を分けて持って来ます。…………そうですね、2時間後にまた」
パアア!
と目の前が明るくなった。
「…………目が覚めてからの貴女は、恐ろしく分かり易いですね」
え、なんか失敗した?と王子を見ると、両手を上げて首を振っている。
恐らく令嬢らしくないんだろう。仕方ないじゃん!生まれも育ちもド庶民なんだから!
「2時間後な!オレもまた顔出すから」
王子がそう言うと、彼女の負担になりますから結構です、とデパコスが冷たく答えた。
「あのう………デパ……クラレンス様が直々に厨房に指示を出して下さっているんですか?」
クラレンス、でまたへらっとしてしまったけれど、それはそれで申し訳ないから確認しておかなければいけない。
「まあ、医師の指導はありますが、そうですね。何か………消化が良くて好きな物はありますか?」
なんて良いやつ!
顔が好みで細マッチョで気配りまで出来る!
惚れてまうがな!
………本日2度目の惚れてまうがなが炸裂した。
「それは………お手数をおかけして申し訳ありません」
「いいんですよ。俺も貴女には元気になって欲しいし。それに…………」
と言ってデパコスは続けた。
「記憶が混乱していると言う貴女は見ていて飽きません」
まさかの珍獣扱いである。
この娘さんの事が好きで大事で、だからこんなふうに優しくしてくれているんだとばかり思っていた。
「………成る程ねえ。だからか、ずっと感じていた違和感は」
王子が言った。
「………おもちゃじゃないんだから。言動には気をつけろよ。傷つけるな」
デパコスが、さも心外とでも言うように応える。
「傷つけるなんて気持ちは毛頭ありませんよ。王太子殿下こそ、彼女に肩入れし過ぎていませんか?アルテミシア嬢が俺の婚約者だ、って事まさか忘れた訳じゃないでしょう?」
「忘れた」
デパコスが眉を上げた。
「オマエこそ覚えてえねえの?オレに記憶がないって」
デパコスが言葉に詰まってるみたいだなあ、と私は大事に少しずつミルク粥を食べながら思っていた。
やがて、ミルク粥を完食した私はスプーンを置いた。
デパコスが言っていた通りだ。こんな小さなカップ一杯のお粥で、私のお腹は一杯になってしまっていた。
「よかった。全部食べられたんですね」
デパコスが微笑む。
「先程の続きですが、何か好きな物はありますか?」
こんな綺麗なおにーさんが、私の食事の心配をしてくれている。
かたじけなさに涙こぼるる、と言うのはこういう感情だろうか。
「え、えとあの、ミルク粥はとても美味しかったんですけど」
デパコスの気に触らないようにへらへらと続ける。
「お医者様が仰るには、脱水もあるそうなので、出来たらリゾットみたいな………、チキンブロスで炊いて頂けると」
「ああ、確かにそうですね。塩分も必要でしょう。気付かなくて申し訳ありません」
「いえいえ!全然!あの………ミルク粥、美味しかったです」
「…………オリーブの塩漬け、ある?」
王子が不機嫌そうに呟いた。
「ありますよ」
「だったら、漬物代わりに添えてやって」
そう言うと、王子はまだ不機嫌なまま部屋を出て行った。




