デパコスの哀しい誤解
後ろを振り向くとデパコスが私を抱えるようにして立っていた。
「記憶の混乱ですか?それは、お互い死んだと思っていた様子ですから気持ちは分かりますけれどね」
デパコスは冷たい声で続けた。
「婚約者の前で簡単に他の男に抱き付かないで下さい。それから王太子殿下」
デパコスは王子に向かって言った。
「俺の婚約者を泣かさないで下さい」
…………怒ってる?
多分、デパコスはこの娘さんの事、本当に好きだったんだろうな、と何だか申し訳ない気持ちになってくる。
「え、別にオレが泣かした訳じゃ…………いや、そうか。でもさ、死んだと思っていた大事な同期が生きてたんだから、そりゃ感動するだろ?」
「大事な…………動悸が生きている………」
デパコスが戸惑ったような表情を浮かべた。
「え!?違う違う。発音も意味も間違ってる。オマエが勘違いしてるのはこっちの動悸だろ?」
そう言うと王子はいきなり歌い始めた。
♪このごろどうきがどーきどきー、ちょっと息切れハアハアハア、何だか頭が冴えないの〜
恐ろしく音痴だ。しかも踊っている。
両手を頭の上で回したり、片足を可愛らしく持ち上げたり。
どう見ても盆踊りだけど。
金髪碧目のキラキラ王子のヘタクソな歌と踊りを見て、デパコスの目が点になっている。
ああ、懐かしいなあ。
日曜日の夕方、あの癒しの番組で必ず流れたコマーシャルだ。
「オレが言ってる同期ってのはさ」
そこまで言って王子は口を噤んだ。
「いや、意味分かんないか。ここにはない概念だもんな。説明するのも面倒くさいし」
あーあ、コタツでショーテン観たいなあ。
その呟きには全く持って同感だ。
「それにしても、オマエそういうキャラだったんだ。1週間一緒に仕事してたけど、いつも涼しい顔で何でも出来ます、って。何もかも他人事みたいに扱ってたのに」
そう言われて、何だかデパコスの方がショックを受けたような表情を浮かべていた。
「それを言うなら殿下もでしょう。あの典雅な貴方は何処へ行ってしまったんですか」
まるで売り言葉に買い言葉である。
負けず嫌いなんだな、とちょっと笑える。
「あ、そういえばさ、ええと、アルテミシア?今時間ある?」
「時間?あると思うよ。ずっと寝てたし、しばらく静養していいってデパ…………クラレンス様も言っていたし」
相変わらず、クラレンスと言う名を口にすると自然にへらっと笑ってしまう。
「じゃあ、頼むわ。仕事手伝って。今、マニュアル作ってるんだけど、フォローと改善、担当して欲しい」
「オケ。王子が難航するなんてそんなに難易度高いの?」
「いや、難易度は低い。むしろシンプルなんだけど、とにかく雑務が多いし、毎日違う案件が届く。次に同じ処理をするのが何ヶ月先か、何年先かも分からない。だから頼むわ」
「………………だから、いい加減にしてくれませんか」
低い声が部屋に響いた。
「彼女は、殿下よりも1週間長く、2週間近く意識を失っていたんですよ。先ず医師に診せて当然。そして、許可が出たら消化の良い物を少しずつ摂って、歩き始めるのはそれからです。仕事など、もってのほか」
消化の良い物、と聞いた途端に、私のお腹がくうと鳴った。
そかー、2週間殆ど食べてないのか。
「あ、そっか。悪い悪い。オレも目が覚めたら後、腹減りすぎて倒れそうだったもんな。じゃあ、後でまた顔出すわ」
今日、何か食えるといいな、とにっこり笑って王子は部屋を後にした。
「さて、と」
王子に手を振って、失礼ながら寝床の上から見送ると、デパコスがベッドの横に椅子を置いて座っていた。
「貴女が、立太子前の殿下と知り合いだったとは知りませんでした。『王子』と呼ぶ程親しかったんですか?」
目が笑ってない。
怖えよ。
「貴女も、大事な『動悸』が生きていて嬉しかったんですか?」
いやだから、違うって。
でも、王子は「概念がない」って言ってた。その大枠から説明するには、私達がこの世界ではない所で生きていた所から順を追わなければ理解できないだろう。
デパコスは、今私が入っている娘さんの事をどれだけ好きだったんだろう。
そう考えると何だか可哀想で、いつも王子にしていたように、ぽむぽむと肩を叩いてやりたくなった。
裸足で床に降りて、そっと椅子に近づいて、たったの数歩歩いただけで私は余りの空腹に眩暈を起こした。
すぐさま立ち上がったデパコスが私を支えてくれる。思わず両手で二の腕にしがみついてしまった。
「…………だから言ったじゃないですか。仕事なんてとんでもないって」
頭の上から声が降りて来て、顔を上げるとどストライクな御尊顔が近い。でも今はそれどころじゃない。二の腕!
私はつい、握った手をもきゅもきゅと動かした。なんて素晴らしい上腕二頭筋。顔が好みの上、細マッチョなんて美味しすぎる。
…………こんなん、惚れてまうやん!!
体幹も凄そうだし、デパコスなら、あの大技、両手持って宙を回してくれるやつも5回転くらいできそうだ。
…………いかんいかん。
どうもこの人を前にすると、自分でも意識していなかった妄想癖が爆裂してしまう。
そういうバカな事して死にそうになったんだから自重しよう。
「…………そろそろ離して貰えますか?貴女といると調子が狂う」
あっ、すみません。
照れ隠しに頭を掻きながらへららっと笑うと、またデパコスの耳の縁が赤くなっていた。
「もうすぐ王室医が来る筈です。診療中は俺も席を外します。それに…………」
少し、頭を冷やして来ます。
そう言ってデパコスはドアに向かった。
最後に
「食事の許可が下りると良いですね」
と、それはそれは優しく微笑んでくれた。
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