デパコスとの邂逅
目が覚めた。
「い…………生きてる!?」
奇跡だろうか。
私は両手をにぎにぎして、体も動く事を確認して、それだけで感動してしまって違和感に気付かなかった。
その時、小さなノックの音がして、何だか綺麗なお姉さんがワゴンを押して入って来た。
ワゴンの上には湯気を立てる大きな盤、ふかふかそうな真っ白なタオルの山。
最近の病院って、こんなサービスしてるんだ、と、健康そのものでかつて入院の経験など一度もなかった私は感心していた。
「アルテミシア様!」
綺麗なお姉さんが口に手を当てて叫んだ。
「お目覚めになられたんですね!すぐに…………すぐに王太子様と公爵様にご報告を………!」
そう言ってお姉さんは駆け出す。王太子、ってのは一緒に事故に遭った王子の事だろうか、だけど公爵ってなんぞ。ハラディは公爵なんてあだ名持ってなかったよね、そもそも、アルテミシアって何よ。そう思ってぐるりと周囲を見渡す。
OHO、ゴージャス!
あのでかいトラックの持ち主が実は大金持ちで、趣味がトラックの運転だったんだろうか。
「いや、ないわな」
困ったなあ。保険適用されるんだろうか。個室だって保険外で別途請求されるのに、こんなきんきらりんの部屋に勝手に入れられても困る。
「…………3年くらい医療費のために働きそう」
ぐったりとベッドのヘッドボードに体を預けていると、足早な靴音が聞こえた。
ノックの音と共にドアが開かれる。
「アルテミシア嬢、良かった…………」
目の前に超絶イケメンがいた。
イケメンは王子で見慣れている。けれど、こんなにもどストライクな美形は見た事がなかった。
柔らかそうな銀髪はセンターパーツ、肩の少し上で柔らかく弧を描いている。いやこの髪型、美形にしか出来ないでしょ、と心の中で突っ込む。
瞳の色も銀?怜悧に見えて黒目がち。いや、黒くないけどさ。
「…………アルテミシア嬢?」
戸惑ったようにイケメンが言葉を重ねる。
見惚れていました、すみません。
「ええと…………その、おにーさんはどちら様で」
名刺はどこだ?と思って辺りを見回したけれど、私の私物は見つからない。
「王太子殿下と同じですか。やはり、記憶が曖昧なのですか?」
ああ、王子も頭打ってたか、そう思った。
「俺はクラレンス。貴女の…………婚約者です」
「クラレンス……様?」
なんとなく様付けした方が良いような雰囲気にそう答える。
「クラレンス・クリーク・ランカムです。思い出しませんか?」
その長ったらしい名前を聞いた途端私は爆笑していた。
何そのハイブランド海外デパートコスメみたいな名前。ひょっとしてキラキラネーム?
「…………どうしてそこで笑えるのか理解出来ません。今まで名乗っただけで笑われた事は一度もないんですけれどね」
不機嫌そうにデパコスが呟く。一瞬で私の中で彼の名前はデパコスになっていた。
デパコス、私にはとんと縁がなかった世界だ。
就職するまではお金がなかったし、就職してからは時間がなかった。会社か自宅の駅前にあるマツモトツヨシで適当に化粧品を選んでいたけれど。
そこまで考えて私はハッと気付いた。
これは夢だ。
私に都合の良い夢。
多分事故に遭って意識不明で搬送されたんだろう。
そっか、私、心のどこかでデパコスに憧れてたんだなあ、と、自分の深層意識をいじらしく感じる。
だから、ド好みの美形がデパコスのバッタ物みたいな名前で出て来ているんだろう。
「夢なら遠慮はいらないよね」
私はベッドから起き上がって、デパコスに近づいた。
そっと頬に触れてみる。
するする、つやつや、シミひとつない綺麗な顔。
「…………好きだなあ」
顔が。
手の甲には柔らかな髪が触れる。
あ、意外と猫っ毛。
「ちなみにシャンプーはどこの………」
と問いかけると、私が触れた時から硬直していたデパコスが、いきなり後ろに下がった。
耳の端が少し赤い。
良く出来ている夢だなあ。こういう反応、嫌いじゃないぜ。
「………貴女らしくない。一体どうしたんですか」
だって夢なんだからいいじゃん。
キラキラした化粧品カウンターに並べられた宝石箱のようなコスメみたいな男。いやだがしかし、プロのメイクアップアーティストには男性も多い。
この顔で近付かれて、頬に手を添えられて口紅のリタッチなんかされた日には卒倒しそう。
…………凄い行列になりそうだけど。
その時、男女が一部屋に居たからだろう、開かれたままのドアが控えめにノックされた。
設定細けえ夢だな!
「王太子殿下がお見舞いにいらっしゃいました」
凄く偉そうなおじさんがそう伝えてドアを大きく開き、手で押さえる。
軽く会釈をしたおじさんの前を通って、また驚くような美形が入って来た。
この都合の良さ。
どこまでも美味しい夢だ。
「アルテミシア嬢、階段から落ちた貴女を庇いきれなかった事、本当に申し訳なかった。目が覚めたと聞いて安堵した」
こちらの美形は金髪に緑の瞳。
キラキラはデパコスより上かもしれないが、好きな顔はやっぱデパコスだな、と私は思った。
世の中には金閣寺派もいれば銀閣寺派もいる。私はどっちかっつーと銀閣寺だったんだなー、とうすらぼんやりと思った。
「…………アルテミシア嬢?」
王太子様とやらが怪訝そうに問う。
「殿下と同じく、軽い記憶障害を起こされていらっしゃるようです。今侯爵家に戻っても侯爵ご夫妻もお留守ですし、しばらく俺の目が届くこの王宮で静養させてはいただけませんか」
ずい、とデパコスが私と王太子殿下とやらの間に立った。
そうか、と呟くと、王太子殿下は「地図を」とおじさんに声をかけた。
程なく、背の高い騎士らしい2人が大きな巻き物を抱えて入室し、するすると広げると高く掲げた。
プロジェクターかよ、と心の中で突っ込む。
「今、貴女のご両親には隣国との和平交渉のため、全権大使として向かって貰っている。だから、貴女が怪我をして意識不明に陥ったという第一報もまだ届いていない状況だ」
王太子殿下は、木の枝で作ったような急拵えの棒を持って説明を続けた。
ポインターかよ、と再び突っ込む。
「ただ、この国は恐ろしく広い。すぐに代理大使を立てて送り出したが、侯爵夫妻が戻られるのにはあと1ヶ月はかかるだろう」
王太子殿下は、木の棒で航路を辿って説明してくれる。
「まあ、船でアメリカからロシアに向かっている、くらいのイメージだと分かりやすいだろうか」
ん?
イメージは分かりやすいけれど、日本が真ん中にある地図が浮かんで、え?じゃあ極東回りかよ。いや、まずアメリカって。
ああ………夢だからねえ。便利だわ。
「なるほど、隣国がロシアほど遠い、という事ですね」
そう答えると、今度は王太子殿下が「ん?」という表情をした。
「オレが言った事が分かるのか?」
そりゃ、自分の夢ですから。
そう思って王太子殿下を上から下までつらつらと眺めた私は気付いてしまった。
王太子殿下が、お高そうな短靴の踵を踏んで、所謂「つっかけ」のように履いている事に。
このだらしなさ!
私がこの別人になっているように、まさか王子も王太子殿下様になってしまった、そんな事があるのだろうか。
「……………まさか、王子?」
王太子殿下の目が信じられない、と言うように見開かれた。
「………………オレの好きな食べ物………は?」
恐る恐る尋ねてくる。
「……………肉まんとおでん」
涙が溢れた。
嗚咽しながら私も問いかける。
「私が飲みの前にダッシュで切れた化粧品買ってたお店は?」
「……………駅前のマツモトツヨシ」
「王子!」
「かとりん!!」
「生きてたんだ!良かった」
私は王子に抱きついてぼろぼろと泣きながら、ごめんね、ほんとごめん、巻き込んじゃって、と必死に告げた。
「こっちこそごめん。酔っ払ってたからって、あんな事するんじゃなかった。生きていてくれてありがとう」
おいおいと男泣きをする王子。
その時、私の両脇に腕が差し込まれ、私はずるずると引きずられるように王子から引き離された。
「…………何やってるんですか、あなた達は」
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