クララのバカ!からのー
部屋に戻ると、私はうつ伏せの姿勢でベッドに飛び込んで、えぐえぐと嗚咽を漏らした。えぐえぐしながらも、ああ、こういう風に土足でも横になれるように、足元に細長い切れっ端のような布が敷いてあるのか、玄関マットみたいな物なんだな、と心の中で膝を打っていた。我ながら鋼のメンタルが怖い。
その時、デパコスが入って来た。そしてドアを閉めた。
…………何でドア閉めるんだよ!
その上、閉めたドアにもたれかかるようにして腕を組んでこちらを見下ろしている。
…………なんか、怒ってる?
いや!怒りたいのはこっちだ!と思い私はベッドに座り直した。
「俺は謝りませんからね」
何そのきっぱりとした宣言は。
「俺はね、生まれてからただの一度も他人から『バカ』と言われた事も『弱虫』と言われた事もないんですよ」
「よ………弱虫なんて、私、言ってない…………」
「王太子殿下に言われたんです。『早く追いかけて謝って来いよ、クララの弱虫』ってね」
ぶははははは!と私は爆笑した。さっきの王子の気持ちが良く分かった。内心王子までバカ呼ばわりした事を心より陳謝致します、と、もはや泣き笑い状態である。
「さすが!さすが王子!!押さえるところはきっちりと押さえてくれる!」
「…………むかつく」
え?
デパコスの恐ろしく綺麗な形の唇からおよそ不似合いな言葉が飛び出て、私はぽかんと口を開けた。笑っている場合ではない。
「語彙として知ってはいましたけれど、口にしたのはこれが初めてです。むかつく、なるほどこれは非常に厄介な感情ですね」
知っていましたか?
そう言ってデパコスが私に近付いた。
「貴女と殿下が2人だけに分かる事で笑い合って、2人だけに分かる言葉を使って。その度に俺がどんな気持ちになっていたか」
今なら分かります。俺はその度にむかついていたんですね。
にっこり微笑んで剣呑な台詞を紡ぎ続けるデパコス。
「立って下さい」
手を差し出され、ここは素直に立ち上がった方が身の為だ、と私は立ち上がった。
「…………抱きしめても良いですか?」
良いよ、とも嫌だ、とも言えずに私はデパコスの顔をうすらぼんやりと見つめた。身長差がありすぎて、痛い。首が。そして次の瞬間、私はふんわりと抱きしめられていた。
そう言えばこういうの、2回目だなあ、と私は思った。あの時は「胸板が好き」失言をかましてしまったが、さすがに同じ失敗は2度しない。学習機能はあるのだ。
「『クララのバカ』とは言わないんですか?」
「あれは…………一発芸なんです。2度は使えない」
ふふっとデパコスが笑って、やがてゆっくりと抱擁が解かれた。
「あのー……………」
多分私の顔は真っ赤だろう。下を向いて尋ねる。
「何ですか?」
デパコスの声もだいぶ柔らかく、普段の調子に戻ってくれて、少しほっとする。
「ええと、記憶にないので何とも。こんな事聞くのは恥ずかしいんですけれど………」
どうぞ?とデパコスの声が上から降って来た。
「その…………婚約者同士と言うからにはこういう抱擁とか、あの………さっきの瞼への………」
キス、とはさすがに聞けない。
「ああ、そんな事ですか。当然です。キスしたのは瞼だけではないですよ」
「いやそれが何か……………体が全く覚えていないというか、体感がなんとも付いて行かなくて……」
デパコスが黙った。
沈黙が長い。
やがて、はあ、とため息を吐くと言った。
「すみません。嘘を吐きました。俺は意識を失う前の貴女とは手を繋いだ事すらありません」
「………何でそんな嘘を!」
だからむかついたからですよ、とデパコスが穏やかに答える。
「そうか、そういう物なのか、と思って貰えたらもう少し俺を信頼して、頼りにしてくれるかと少し、焦ってしまったようです」
「信頼してるよ!色々ありがたいと思ってるし!」
…………王太子殿下よりも、ですか?
デパコスに問われて言葉に詰まる。
「ほらね、だから。俺は…………貴女を誰にも盗られたくない。ましてや、今自分より貴女に信用されている殿下には絶対に譲るつもりはありませんから」
王子と私!?
ないないない。絶対ない。だけど、この『絶対ない』感を言葉で説明するのは難しい。
「じゃあ………どうして嘘だ、ってあっさり認めたの?」
「それはね、徐々に貴女との距離を縮めて、誰よりも信頼される自分になりたいと思ったからですよ。それに…………最初のキスは最初だと、きちんと胸に刻んで欲しいと思ったからです」
そう言うと、デパコスは人差し指で私の鎖骨の真ん中辺りをつんと突いた。
「………朝食はまだですよね。良かったら一緒に、俺も隣でお茶を飲んでも良いですか?」
中身も結構良い奴なんだよなあ…………と、私はちょっと感動していた。でも、え、じゃあ、抱きしめられーの、瞼にキッス、はい、ここはキッスね、されーのもお互い初めてって事?
ぼっと顔から火を吹く私をデパコスが穏やかに見下ろしていた。
その時、ノックの音がして、返事も待たずに王子が部屋に入って来た。
「…………また貴方ですか。せっかく良い雰囲気だったのに」
え?今、ちっ、って舌打ちした?デパコスがちっ、って。聞こえるか聞こえないかの音だったけれど。
「オマエらこそ密室で何してんの」
「…………みっしつ」
今時どんなミステリーにも出て来ないレトロな名詞である。いや、そんなんじゃ、と言いかける前にデパコスが答えた。
「内鍵はかけていませんから」
ふうん?と王子が眉を上げた。
「………まあ、仲直り出来たんならいいけどさ、それよりアルテ」
ん?と問いかける。
「オレの執務室に伝令が来た。オマエがいると思ったんだろう。ファーレンハイト侯爵夫妻が戻られたそうだ。タウンハウスでオマエの事待ってるって」
そんな事ならわざわざ殿下が来なくても、とデパコスが呟いた。
ジャンル「恋愛」なんです
ぜえぜえはあはあ




