水晶玉が見せた物
「………やっぱり来たな」
時刻は午前6時。
入社3年目を過ぎ、私達も多少は大事な会議にも下っ端として出席する事が増えていた。そうは言ってもあくまでペーぺーはペーペー。事前準備は1時間前から。イントラネットの確認、必要文書の最終チェック、座席表と書類の配備、長引きそうなら飲料の用意。普段が7時なら、今日は6時、それは共通認識だった。
「王子もね」
私達はにやりと笑い合った。
王子が水晶玉をクッションの上に乗せて床に置いた。
「ここはやはり正座だろう」
側から見たら、水晶玉を挟んで靴を脱いで正座で向かい合う2人、何の呪いの儀式だ、という様相である。
「『賢王』ってさ、やっぱり同じ時に事故や怪我にあって、日本からここへ来ちゃったのかなあ」
「んー、何しろ二礼二拍手一礼だからな。日本人だろうねえ」
「時代的にはどうなんだろ。明治時代くらいの人?」
「この世界がかつてまるっきり中世だったとしたら、明治の官僚くらいだったら大幅に改革出来ただろうな」
ふむふむ、なるほど。
「………じゃあ、行きますか。基本、神様にお願いするくらいの丁寧な気持ちで。二礼二拍手の後『賢王様、賢王様、日本に行った私達を見せて下さい』とお願いして一礼。ok?」
王子が進める。
「分かった。じゃあ、さんはい、で」
私はそう言った後、さんはい!と声を上げた。
2人で頭を下げる、柏手の音が重なる。一礼の後、水晶玉の中に画像が浮かび上がった。
「…………オレが…………オレが、ジャージ以外の服を着ている!」
そこかよ!と思わず突っ込む。
「そりゃ良かったよ。お母さん、泣いて喜んだんじゃない?それよりさ、これってまさか…………デート………?」
「え、まさか。だってオレとミチタカだよ!?」
『…………最近、王子と一緒にいるととても落ち着く』
まさかの音声付き!
『それは良かった。オレも同じ事を考えていた。また………誘ってもいいかな』
デートじゃんか!
そりゃあ、本人は決して言わなかったけれど、ミチタカがお育ちの良いお嬢様だって事は、みんな薄々気づいていた。だから、生まれながらの王子様とはそら気が合うだろう。だけど………だけど………
「わ………私達がこんなに苦労してるって言うのに………」
ミチタカの裏切り者ー!と私は絶叫していた。その絶叫を合図にしたかのように画面が切り替わる。今度はハラディと私だった。
「まさか………こいつらまで、デ……デートしてるんじゃないだろうな」
王子が不吉なフラグを立てた。
水晶玉の中の私は、見た事のない小花柄の可憐なワンピースを着ていた。
「わ…………私のお給料でそんな物を!」
「突っ込むところはそこかよ!」
これだから苦労知らずのお嬢様は嫌なんだ。
『貴方と一緒にいると、とても安心出来るの」
ちょ、それ誰!私じゃないから!!騙されるなハラディ!
『オレなんかで良かったらいつでも頼って。またこうして誘っても良いかな』
「そりゃあ、ハラディが頼られ好きで小動物好きなのは知ってたさ、知ってたけど、オレ達がこんなに努力しているって言うのに………」
ハラディの薄情者ー!!
今度は部屋に王子の絶叫が響いた。
「なあアルテ………オレ達、完全に邪魔者じゃない?」
「私もそう思った。入れ替わりが戻ったら、さぞかしあの4人はがっかりするだろう………」
あんまりだ。
あまりの展開に、涙と鼻水がこぼれる。
そして、水晶玉はその透明感を失い、ただの白いボーリング球に変容していた。
「アルテ、結婚してくれ」
「一生着いて行くわ、あなた」
ずびずびと鼻を鳴らしながら王子の手を取り、そのやけくそのような冗談に応えるしか気を紛らわす方法はなかった。
「………………何やってんですか、あんた達は」
私はまたずるずると後ろへ引っ張られ、立たせられた。
出た。時計を見てもまだ6時半前だ。
「昨日の今日ですからね。何だか嫌な予感がして早めに出仕したんです」
勘の鋭い野郎だ。しかも、前回はあなた達だったのに、今回はあんた達呼ばわりである。そりゃ靴脱いで正座は可笑しかろう。
デパコスは私の顔を見て怪訝な表情を浮かべた。
「……………泣かせないで下さい、と以前にも言いましたよね」
「オレだって泣きたい気分なんだよ」
王子が吐き捨てるように言った。
「だからって、ヤケになって人の婚約者に求婚しないで下さい。それからアルテミシア嬢、貴女もいい加減な返事をしないように」
そんなに泣き腫らした顔をして、とデパコスが私を傷ましげに見つめた。
くい、と顎を持ち上げられると、冷たい唇が右目と左目にそっと触れた。
「な…………な…………なんちゅう事を!!」
私は思わず口を押さえて後ずさった。
「ああ、すみません。あまりに痛々しかったので」
デパコスがさらりと言ってのけた。
同期の前で、同期の前で、なんと言う事を!
「ク……………ク……………!」
デパコスが不思議そうな表情で私を見ている。
「……………クララのバカ!!!」
デパコスの顔をキッと見つめると、呆然とした顔をしている。そのまま私は踵を返し、走って自室に戻る。背中に王子の爆笑が届いた。執務卓バンバンと叩いて大笑いしている。
王子、おまえもバカの仲間入りか、私は長い廊下をひた走った。
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