謁見と王子の野生の勘
「いや、べ………別に取り込んでないけど」
まさにお取り込み中だったと考える私は、ぼそりと呟いた。
「さっきさぁ、未決全部片付けて王サマに奏上と裁決貰いに行ったら、過去一の速さと出来だ、って凄い褒められて。オレ1人の力じゃないし、アルテの話したら、是非一度会ってみたい、って」
「へえ、いつ?」
「悪いんだけど…………今夜。夕食後」
まさかの今晩!
「いいけど、王様に謁見できるようなドレス持ってないよ」
「………貴女が事故に遭った日に来ていたドレスなら、クローゼットにありますよ。きちんとメンテナンスされている筈です」
社交にも出るようになるだろうし、そろそろ侯爵家のタウンハウスに移った方がいいかも知れませんね、そうデパコスが言うと、王子がいきなり「却下」と制した。
「オマエが言ったんだろ、王宮で静養させて欲しい、って。面倒事丸投げしておいて、今更『やっぱりアルテが王宮にいるなんて我慢出来ません』とか、いい加減な事言ったら許さないからね?」
へんじがない。
デパコスがただのしかばねになっている。
「………分かりました。確かに俺が言いましたね。今は後悔していますよ。……………では、アルテミシア嬢、夕食後また登城して俺も同道します」
案外打たれ強い。
「いいって!この過保護!さっさと自分ち帰れ!」
「ドレスとアクセサリーの指示は侍女に出しておきます。なるべく早く戻りますから」
王子の言葉を柳に風、とでも言うふうに聞き流す度胸は大したものだ。
それにしても、公爵様と言えども、アポ無し夕食は闖入難しいのか、と私は思った。王子も意地悪しないで、どこかで食事させてやればいいのに。私がいつも食事をするこざっぱりとした昼餐室だっていいじゃん。
やがて、デパコスが静かに部屋を出ていった。
「あ!そうだ!!王様ってどんな人?」
あんまり気難しい人だったら嫌だなあ、と思って聞くと、王子が「んー」と考え込んだ。
「………経営管理室の中嶋室長?」
経営管理室と言えば、法務、財務、人事の中枢3部を纏める社内の要。そこの室長と言えば、直属の上司が社長。社長のブレインとまで言われるポストである。にもかかわらず、中嶋室長はいつも穏やかで、我々のようなぺーぺーにも笑顔で挨拶を返してくれる。
社内理想の上司ナンバーワン、と言われているイケおじだ。
「へえ!楽しみだなあ!会ってみたい!」
そう答えると、何故か王子がげっそりとした表情で答えた。
「中嶋室長に、毎日『今回の件は本当に肝を冷やした。早く身を固めて落ち着いた暮らしをして欲しい』って言われ続けるヒラ社員の気持ち、オマエに分かる?」
ああ、確かにそれはさぞかししんどかろう。
どんな立場にも色々な苦労があるんだなあ、と私は王子の肩をぽすぽすと叩いた。
「会ってみたいって言えばさ、私、デパコスにエインズワース領?デパコスの領地らしいんだけど、遊びに来ないかって誘われてんの。社交シーズンはお母さんが1人で頑張ってるって聞いて、なんか、自分のお母さんと重なっちゃってさあ」
「却下」
まさかの瞬殺である。
「オマエさあ、危機感ないの?エインズワースなんかに行ったら、一生出られなくなるよ?良くて軟禁からの結婚式まっしぐら」
まさか!と私は笑った。
「そんな非常識な人じゃないでしょ!」
「………これだから色恋に疎い人間は困る」
まさか、自分が王子に色恋のレクチャーを受ける日がやって来ようとは!
私はカルチャーショックに眩暈を起こしそうになった。
「デートにジャージ着て行くような男にそんな事を言われる筋合いはない!」
「え、だって、面倒だったし…………」
そう言って、何故か王子は右手で口元を覆い、視線を中空に飛ばした。
「ああ、面倒くさかったんだな、公爵も。なんか初めてあいつに共感したわ」
これはあれか?殴り合った後に原っぱに横たわりながらお互い友情を感じ合う的な?それの文芸版みたいな?
「とにかくさ、あいつをあんまり甘く見ない方がいい。と、オレの野生の勘が言っている。誘われるままにほいほいついて行ったら、そのうち足元掬われるぞ」
ほいほい、って。
人をゴキブリみたいに言わないで欲しい。
「じゃあ、夕食後、8時に迎えに来るから支度しておいて。まあどうせ………アイツが先に来てるんだろうけどね」
王子がいなくなって、私は急いで昼餐室に向かった。…………夕食だけど。
多分、公式な場で着るドレスはいつもよりあちこちキッツキツに出来ているに違いない。夕食を早めに摂って、8時までには消化しておかないと、何しろ私は食事をするとすぐにぽっこりとお腹が出る悲しい体質なのだ。
部屋に控えていたお姉さんに「急でごめんなさい。この後、王様に謁見することになって」と伝えると、まあ、それは急がなければなりませんね、今晩は少し軽めにしておきましょう、と言われてしまった。
慚愧の涙が溢れる。
1日で1番のお楽しみなのに。
中嶋室長だったら、私がどんな軽装で現れても「病み上がりだったね」で済ませてくれた筈なのに、デパコスのせいで正装かよ!と、私は見当違いの恨みをデパコスにぶつけた。
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