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王子と私とデパコスと  作者: えるぜ


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1/13

章前

今日私は、この入口をくぐった。

首から下げる社員証。

ああ、お母さんにこの姿を見せてあげたかったな。

誰が聞いても知っているこの大企業。

その本社に私は配属された。同期は男女2名ずつ。

それぞれ別の部署に配置され、同期と言っても関わりはないだろう、と思っていた。

そんなある日。


「なあ、就職して初めての連休だし、同期でなんか美味いもの食いに行かない?」


そう言ったのは原田君だった。

初夏5月に入ろうとする頃。

仕事を始めて1ヶ月、そんなご褒美があっても良いかもしれない。

いかにも美味い物好きそうなその体型に、私はちょっと和んだ。

同期4名と言っても、後の2人は声をかけづらかった

原田君が有能な事は良く分かっている。

けれど、もう1人の男性同期は見ていて分かる。

普通じゃないほど仕事が出来る。

いや、今年入社だよね!?と聞きたいくらい仕事が出来る。

噂じゃTOEIC960点だとか。

そして、物凄く綺麗な顔をしていた。

有能、美形、無口。

三拍子揃った彼、宇都宮君と私は殆ど話をした事が無かった。


そして、もう1人の女性社員も美形だった。

例えるならば、金髪を振り翳して『バスティーユへ!』と叫びそうな美形だった。

美形2人に声をかけるのも、場所も原田君に丸投げする事にした。


「いや、三田にはお前が声かけてくれよ」


と、原田君は情けなさそうに言った。

綺麗すぎて声をかけられないらしい。

仕方ない、1人ずつ美形を攻略するか。

私は、恐る恐る三田さんを誘ってみた。


『花が咲いたようだ』

と言うのはこう言う表情を現した言葉なのだろうか。

三田さんは驚くほど嬉しそうに微笑んで、それどころか「誘ってくれてありがとう。楽しみにしている」とまで言ってくれた。

『イヤッホォォォォォ!』と言うのはその時の私の表情を現した言葉なのだろうか。

原田→宇都宮ラインも無事開通したらしく、私達は連休半ば、中華街で待ち合わせる事にした。


「それにしても、すっごい人出だな」


そこには、原田君、三田さん、私の3人がいた。


「宇都宮、遅れたか迷ってるか、俺たちを見つけられないか…………」


いや、どっかで仕事してんじゃないの?と私は思った。

それか、やっぱりこんな無駄な集まりに時間を取られたくないと、無言のブッチか。


「とりあえず、会場は伝えてあるし、予約時間もあるからゆっくり向かおうか」


会場知ってるならそこで仕事してんな、と私は再び思った。

そうして人混みを縫うようにして中華街のメインストリートを歩いていた私達の足が突然止まった。

3人同時に、ん?という顔を見合わせたまま、後ろ向きに数歩戻る。

見慣れた顔、体型、そしていつもきっちりとスーツを着こなしている宇都宮君が、高校のジャージ姿で肉まんを頬張っていた。


「う…………う…………宇都宮、なのか?」


原田君の声が上擦っている。


「いや、俺も人の事言えない格好だけどさ……」


体育会系ラガーメンだった原田君は、ラガーシャツなら売るほどあるから多分それ着ていく。目立つから分かりやすいだろ、と言っていた。

大学時代のラガーシャツも大概だけれど、いくら何でも高校のジャージはないだろう。


「え?そうだよ、オレ、大学の入学式と入社式に買ったスーツの他はジャージしか持ってないもん。何か変?」


もきゅもきゅと肉まんを咀嚼しながら答える。


変、どころじゃないだろ。


「自慢じゃないけどジャージは沢山持ってる。穴空いちゃったやつがあってさー、自分で繕って着てたら、母親が『もう諦めた。ジャージでいいからせめて穴の空いてない物を着てくれ』って」


………宇都宮って、こういうキャラだったんだ。最早私は、君付けをする事すら忘れていた。


「…………いいな」


三田さんの呟きに私はまたひっくり返りそうになった。

このジャージ男のどこがいいんだ!?


「私は、食べ歩きをした事がないから」


そっちか、と私は少しほっとした。

宇都宮は顔を上げると、食べかけの肉まんを半分に割り、口をつけていない方をそれはそれは嫌そうに差し出した。


「………良かったら…食べる?」


食い意地まで張ってんのかよ!と、最早ツッコミどころしかない。


「いや、ありがとう。食が細い方なので、今日はこれからの食事を楽しみにしているから。気持ちは嬉しいよ」


そう!?と、嬉しそうに笑ってまたもきゅもきゅと肉まんを食べ始める。

やがて、原田君おすすめのこじんまりとした広東料理屋に到着する頃には、私のライフは殆どゼロになっていた。

ジャージにも食い意地にも動じない三田さんもある意味凄い。


「飲もう!香取!!」


席に着くなり原田君が言った。


「オレは今日、シラフでこいつらと過ごせる自信がない」


同感しかない。

そして意外な事に、オレも、私も、と美形組もビールを頼んだ。

1番お酒に弱かったのは原田君だった。


「大体さ、詐欺じゃね?こんなの。今日はそりゃ少しは親交を深めようとは思いましたよ?思いましたけどね!」


どん、とジョッキをテーブルに置く。


「それならそれで、何でいつも俺達と口も効かずに黙々と仕事ばっかしてたんだよ!」


「え?それえ?」


宇都宮はへらっと笑った。


「凄く気の合う友達がいてさ、社会人になったら信用出来る奴ら以外とは余計な事話すな。外では会うな。それがお前を守るから、って変な呪いかけられちゃって」


「それでも今日は出て来てくれたんだ。少しは信用してくれてる?」


三田さんは恐ろしく強い。顔色ひとつ変えずに紹興酒をロックで飲んでいる。


「うん、1ヶ月あればね、大体分かる。だから今日はオレこそ楽しみにしてたんだ」


「あのー、ちなみに………」


恐る恐る私が手を挙げた。


「香取君、発言を許可する」


真っ赤になった原田君が言った。


「そのオトモダチと会う時もジャージで……?」


「いや、大体あいつがコンビニでおでん買って来てくれて、オレはみかんと酒係で、コタツでゲームしてた」


おまけに引きこもりかよ!


「いいね、そういうの」


三田さんの感性も理解不能だ。


「もう無理。連休明けから俺はお前達と普通に接する事が出来そうにない」


だから、と原田君は大真面目な顔で言った。


「俺達は愛称をつけてそれぞれ呼び合おう。連休明けからだ。ラジャ?」


ベクトルが捻じ曲がっている。


「ちなみに俺は大学時代ハラデーと呼ばれていた」


だから何でそんな自信満々なんだ。


「1番早く腹が出そうだからだそうだ」


どうだ、参ったか、と胸を張る原田。最早こちらも君付けをする気にもなれない。


「いや、鍛えているだけだと思う。腹筋もしっかりしていそうだし。だったら、ちょっとお洒落にハラディはどうかな」


三田さんの斜め上っぷりも怖い。


「ハラディ…………悪くないな。じゃ、次、香取」


「カトリーヌはどう?」


やめて三田さん!


「じゃ………じゃあ、かとりんで。かりんとうみたいで可愛いし」


「かとりん!いいわね!」


そう言った後、三田さんが何だか照れたような仔犬のような瞳で私達を見た。


「恥ずかしいんだけれど………私、愛称で呼ばれた事がないんだ。小学校から大学までずっと女子校で、友達付き合いもあまり上手じゃなかったし…………」


顔からは全く酒気を感じないくせに、三田さんの耳は真っ赤になっていた。

かわいい…………


「あ、でも時々下級生から、なんだろう、ぬいぐるみみたいな名前で呼ばれた事がある。あの動物は…………そう、確かアライグマだった!」


だけど、何て呼んでくれたの?って笑いかけてもみんな真っ赤になって逃げていってしまって…………と、寂しそうに笑う三田さんに残り3人は全員で突っ込んでいた。


「節子!それ、アライグマ違う!!」


「凄く嬉しいんだけれど、そんなワケで、出来たら本名からあまりかけ離れていないニックネームだと受け入れやすいかな」


「ミタチカコさんだよね、周子と書いてチカコ」


「そう、確か論語から取ったとか」


私は紙ナプキンにペンでミタチカコ、と買いてみた。

ミタチ………ミタチカ………うーん、しっくりしない、その時閃いた!


「ミチタカは!?男性名みたいでまるでその…………アライグマじゃない方の命名みたい」


「………アライグマじゃない方、っていうのが今ひとつ分からないけれど、いいね。本名なのに愛が込められてる感じがする」


私の頬がぼっと赤くなった。

もうやだ、このアライグマ。


「ねえねえ、オレは?オレは?」


楽しそうに宇都宮が聞いてくる。


「んなもん『ジャージ』に決まってるだろ」


ハラディが投げやりに言った。1日でこの変わりよう。

連休後、普通に接する自信がないのもよく分かる。


「それは可哀想だろう」


え?いや、私もジャージで良いと思ったけど。

そう思っているとミチタカが続けた。


「せめて『ジャージ王子』とか」


私とハラディが同時に吹き出した。


「いいかもな!『王子』にしとこう。そうすれば心の中でいくらでも前振りを付けられる。ジャージ王子とか」


「ものぐさ王子とか」


「肉まん王子とか!」


こんなに笑ったのはいつ以来だろう。

父を早く亡くし、女手ひとつで私を育ててくれた母も、大学在学中に失ってしまった。

大企業も、今更虚しい…………そうんなふうに思っていたのに。



素敵な同期と一緒になったよ、お母さん。

私は心の中でそう思った。













見つけて読んで下さった方、ありがとうございます

リアクションなど頂ければ躍り上がって喜びます

ご縁がありますように

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