グリズリーと婚約破棄
「グリ、君との婚約を破棄する!」
きらびやかな舞踏会の真っ只中で、第三王子ジェイノール様は高らかに宣言なさいました。
わたくしとジェイノール様は、幼い頃に婚約し、長年にわたって共に時を過ごしてきた仲。
それなのに――
あまりにも唐突な宣告。
わたくしの心は、一瞬にして地獄の底へと突き落とされました。
それでも諦めきれなかったわたくしは、震える声を必死に絞り出します。
「理由を……理由を、お聞かせ願えますか……?」
するとジェイノール様は、まるで当然の事実を告げるかのように、冷たく言い放ちました。
「理由……だと? そんなもの、君がクマだからに決まっているだろう」
会場は、一瞬にして静まり返りました。
まるで、時間そのものが止まったかのように。
「…………」
わたくしは、言葉を失います。
「……え?」
気づけば口から出たのは、それだけでした。
「え、じゃなくてだな」
ジェイノール様は、やけに真剣な表情で腕を組みます。
「君はクマだろう?」
「はい、クマでございますが……」
「ほら、そこだ」
「そこ……とは?」
「そこが問題なんだ」
ジェイノール様は深いため息をつき、まるで国の未来を憂うかのような表情でおっしゃいました。
「私は王子――人間だ。そして君はクマだ」
「はい」
「つまり――」
王子は、もったいぶるように間を置きます。
「種族が違う」
「そこからでございますか!?」
つい、心の声が口から飛び出してしまいました。
会場の貴族たちが、ざわりとざわめきます。
「た、確かに……クマは……」
「いや、しかし彼女は令嬢だぞ」
「令嬢である前にクマでは?」
やめてください!
そんな哲学っぽい議論をなさらないで!!
ジェイノール様は、さらに追い打ちをかけるように言いました。
「正直に言おう。私は、人間の女性と結婚したい」
「人間の女性!?」
「そうだ。少なくとも、冬眠しない相手がいい」
「そこですの!?」
貴族たちが、一斉にうなずきます。
「確かに……冬眠は問題だな」
「冬に、ずっと眠っているのか……」
「国政の手伝いどころではない」
納得しないでくださいませ!!!!
わたくしの目から、大粒の涙がこぼれ落ちました。
「わたくし……わたくし……」
震える声で、必死に言葉を紡ぎます。
「冬眠は……年に一回、三か月ほどでございますのに……」
「三か月も!?」
ジェイノール様が、心底驚いた顔で叫びました。
「……わたくしは……」
涙に濡れた瞳で、わたくしは顔を伏せました。
会場は、沈黙に包まれます。
――そのときでした。
ドォォォォン!!!!
城が、爆発したかのような音を立てて揺れました。
「な、なに!?」
「地震か!?」
貴族たちが悲鳴を上げる中、さらに響く轟音。
ドゴォォン!!
バキィィン!!
「報告します!!」
血相を変えた騎士が、舞踏会場へ飛び込んできました。
「城門前に――」
騎士は、唾を飲み込みます。
「クマです!!!」
「は?」
「クマが……一匹ではありません!!」
「何匹だ!?」
ジェイノール様が叫びました。
騎士は、震える声で答えます。
「ざっと……百匹ほど……!」
「軍隊か!?」
会場がパニックに陥りました。
「なぜクマが城に!?」
「魔物の襲撃か!?」
「いや、あれは普通のクマだ!!」
その瞬間――
ガシャァァァン!!!!
舞踏会場の巨大な扉が吹き飛びました。
煙の向こうから、現れたのは――
鎧を着たクマ。
槍を持ったクマ。
旗を掲げたクマ。
クマたちは、一糸乱れぬ動きで整列します。
ドン、ドン、ドン。
床が揺れるほどの足並み。
「統率されているだと!?」
ジェイノール様が叫びました。
そして、先頭に立つ一匹の巨大なクマが、堂々と一歩前に出ます。
そのクマは――
サングラスをかけて、スーツを着ていました。
「お父様!?」
わたくしは、思わず叫びました。
父は、ゆっくりと王子を見つめます。
「……聞いたぞ」
重低音が、舞踏会場を震わせました。
「娘との婚約を破棄したそうだな、人間の王子」
ジェイノール様の顔が、真っ青になります。
「いや、その……」
父は、ゆっくりとサングラスを外しました。
「説明しろ」
その背後で、百匹のクマが一斉に殺気を放ちます。
ゴゴゴゴゴ……。
「命をかけてな」
その瞬間でした。
――ドンッ。
一匹のクマが、どこからともなく太鼓を持ち出しました。
ドン、ドン、ドン。
「……?」
会場の誰もが、困惑します。
すると、別のクマが笛を吹き始めました。
ピィィィ――。
さらに別のクマが、屋台を引きずって入ってきます。
「ちょっと待て! なぜ屋台がある!?」
ジェイノール様の叫びもむなしく――
「おおおおおおおおおお!!!」
百匹のクマが、一斉に雄叫びを上げました。
「祭りだァァァァ!!!」
「祭りだ、祭りだ!」
「クマ祭りだァァァ!!」
ドン、ドン、ドン、ドン!!
太鼓の音が、舞踏会場を震わせます。
「わっしょい! わっしょい!」
「クマだ! クマだ!」
「冬眠より祭りだ!」
クマたちは、神輿を担ぎ始めました。
――いつの間にか、巨大なクマ神輿が組み上げられています。
「どこから出てきたのですか、その神輿!?」
わたくしの叫びなど、誰も聞いていません。
クマたちは、踊り狂っています。
屋台からは、蜂蜜、鮭、木の実が次々と配られました。
「人間も参加しろォォ!!」
「王子も踊れェェ!!」
いつの間にか、ジェイノール様はクマに担がれていました。
「やめろ! 私は王子だぞ!」
「王子もクマも関係ねぇ!!」
「命をかけて踊りやがれ!!」
会場は、完全にクマ祭りと化していました。
その光景を見ながら、わたくしは呆然と立ち尽くします。
「あの……ここ、舞踏会場だったはずなのですが……」
父は、満足そうにうなずきました。
「問題ない」
「どこがですの!?」
父は、わたくしの肩に、どっしりと手を置きます。
「グリよ」
「はい……」
「間に合わなかったクマ祭りは――」
一拍置いて、父は高らかに宣言しました。
「自分たちで始めればいい」
そして――
「祭りだァァァァ!!」
「わっしょい! わっしょい!」
「クマ祭りだァァァ!!」
ドン、ドン、ドン!!
クマ祭り後夜祭は、約十日間、続くのでした。
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