亡骸
「ふあぁ・・・おじさん・・おはよう・・・」
まだ眠たげな声でハルカが目を覚ました。
先の戦闘後、移動を始めてしばらくしてハルカは休息をとりたいと言い、そのまま寝てしまった。
無理もない、おそらくあの子にとっては初めての戦場だった。前線に立たずとも、命の奪い合いが容易に成立する領域にいた。
軍の新兵が幾人か脱落してしまう戦場の雰囲気を、あの歳で実感したのだ。常人並みの胆力ではない。
精神に異常をきたしても不思議ではないのだが、弱音ひとつ吐くことなく眠りについた。
軍の実戦試験であれば文句なしの合格だろう。
「おはようハルカ。この調子なら塔まであと30時間くらいだ。出発の準備をしなさい」
「あーい・・・」
何を言っているんだ俺は。あの子の親にでもなったつもりか
自分の子はもういないじゃないか
妻も、一緒に旅立ってしまったではないか・・・
妻と、ヨシノと出会ったのは、中央研究所で相方となった時だ。
その時俺は28歳、ヨシノは26だったか。
世界中から若き天才が集まる中央研では珍しくもない、20代男女のチームだった。
ヨシノは旧ジパン国がゆかりの地らしく、とても上品で、なんと言うんだったか。雅か、そんな言葉が似合う人だった。
暗い学生生活を送ってきた私にとって、彼女の存在はまさに闇に灯った導きの火であった。
彼女は優秀で、あらゆる面で私のサポートをしてくれた。口下手な私の代わりに、上長に物言う時もあった。私も負けじと研究に励んだ。物質に応じて組換え可能な複合研究設備や数百年の連続稼働に耐えられる高効率ポンプとモーターの開発、ジェネレーターからの送電ロスを極限まで低減させた次世代のエネルギーラインの発明。
今の方舟のなくてはならない技術や設備を生み出し続けた。
そしてそれを支えてくれた彼女に、私は自然と惹かれていった。
結婚式からしばらく経ち、ヨシノの妊娠が分かった。
このご時世、婚姻を結ぶ人間は数いれど、子供を欲しがるものはそう多くはなかった。
“未来を守るために私たちが今を繋いでいるのに、未来を送る相手がいなくなっては存在意義がなくなるじゃないか”と部長が常日頃から嘆いたこともあり、私の部署では大いに盛り上がった。
この子のためにも、幸せな未来を創ろう、守っていこう
そうヨシノと約束した
あの時までは
お腹の子が大きくなるにつれ、ヨシノの容体が悪化し始めた。
最初は嘔吐や頭痛、めまいが続き、次に物忘れの症状が出始めたと思えば、しまいには度々昏睡状態になることもあった。
ヨシノは“妊娠中にはよくある事だからそんなに心配しないで”と言っていたが、流石にこれはあまりにも妊娠中の症状ではない。何か病に侵されているのではないかと、中央研の医学チームに診てもらった。
精密検査の結果、医者からは衝撃的な事実を告げられた。
妻の体は病になど侵されていない。いたって健康だ。ただ脳が、脳だけが縮み始めている。こんな症状は今まで見たことも聞いたこともない、と。
私は絶望した。
自分の無力さに。
共に未来を創り、守ろうと誓った人が、今失われようとしている運命に。
何とかする方法はないかと医師に縋った。
しかし残酷な選択を迫られた。
“奥さんの脳はあの子が成長するにつれ、その縮小スピードを増している。母体の脳細胞を喰らう胎児など今まで前例はないが、なんにせよ、どちらかの命しか助けることはできない。いいか、あんたの選択だ。奥さんを守りたいなら、我々は今すぐにでもあの子を母体から引き離せる。子供を守りたいなら、今の奥さんをじっと見守り続けること。どちらかしか選べない。奥さんは覚醒と昏睡の連続で、記憶もあやふやだ。旦那であるあんたが決めな。それしか道はない”
なぜこんなことになってしまったのだろう。自分の道ならまだしも、他人の、愛する人の運命を決めるなど。
…私には、できない
横たわる妻の傍で呟く。
すると朦朧とした意識の中にいるはずの、微かな妻の言葉を耳にした。
「私は・・・もう・・・・助から・・・ない・・・から、すく・・・って・・・・。この子も・・・・みん・・なも・・・」
それが妻の、最後の言葉だった。
妻が生と死の境にいる中、出産が行われた。
せめてこの子だけでも、妻が遺してくれるこの子だけでもと願った。
運命は残酷だった。
この世に生を受けた赤子が待っていたのは、無慈悲な静寂だった。
医師による懸命な心肺蘇生が行われたが、産声が響くことはなかった。
その後、旧ジパン式の斎場で執り行われた葬式では、母に寄り添うように、小さな箱が置かれた。
“あの子は元々神さまのものだったのだ。我々人間には、どうしようもないのだ。きっと、母親も神に仕える運命だったのだろう”
頭を丸めた旧ジパン国の司祭がそう告げた。
なにが神だ
愛する人を奪うのが神か?
それなら神様なんざクソ喰らえだ
そう思えていればどれほど良かったのだろうか
私はなぜ、何のために、未来を守るのだろうか
生きる意味を失い、やけに寒い研究室で一人、深い悲しみに沈んでいった。
担当していた研究をひと段落させた後、私は後任に席を譲った。
いつ失踪してもいいようにだ。
たまに友人のタクが訪ねてきて、近況を報告してくれた。
常識をひっくり返すすごい物質が発見された、これは熱力学の法則がひっくり返るぞ。やら、上の人間が外装を全部変えるとか頭がいかれている、だの。
ただ愚痴を言いに来ただけだったが、荒んだ私にとっては唯一の話し相手だった。
そして私は、いや俺は、自殺行為とも呼べる、第二世代フルサイボーグ手術を受け、この体になった。
老体であったにも関わらず、何か明確な目的を持ってこの体になったのだが、今はそれすら思い出せない。
塔に行かなければならないという僅かな記憶だけを残し、今は軍用の強化外装に意識を宿している。
富裕層への反乱でも起こすつもりだったのだろうか。
レジスタンスに肩入れしていた覚えはないんだがな。
「おじさん、準備できたよ、いつでもいいよ〜」
どうやら準備できたようだ。
記憶を辿る時間はまた後にしよう。
「了解した。では、行くぞ」
今日は珍しく吹雪いておらず、灰色の雪景色が遠くまで続いている。
塔の照射時間が始まったのか、分厚い雲から差し込む光に、灰色の雪は白銀の舞台へと姿を変えた。
「すごーい! 綺麗だね、おじさん!」
ハルカの浮かれた様子が声にも現れている。
「外の様子を見たことないわけではないだろう」
「そうだけど、吹雪じゃない日に塔の光が差し込むことなんて滅多にないよ。コロニーの周りなんてスクラップと残骸だらけだから、こんな景色、向こうにいたら一生見れないよ!」
「そういうものか? まあこうなる前は、このあたりは自然保護区で、緑に溢れていたんだ。興味はあるか?」
「ほんと? それって宇宙開発時代の話? 聞かせて聞かせて!」
「分かった分かった。そうだな、これは俺がまだ子供の頃の話だったんだが・・・」
俺は自身の幼少期、まだ地球が青い星だった頃の思い出話を始めた。
ハルカは興味深々で、俺が発するあらゆる言葉に聞き入っていた。
特に強化外装については食い入るように疑問を投げかけてきた。
開発をしていたわけではないためあまり詳しくは話せなかったが、ハルカは終始早口だった。
1時間、2時間、3時間。
どんどん時間が経っていったが、ハルカとの昔話は終わりを知らなかった。もう1日は経ったんじゃないだろうか。
そう思えるほどに、充実した時間は、レーダーの反応により終わりを告げた。
大型熱源 確認
クソ、また敵か。しかし熱源の反応が妙だ。
強化外装であれば、基本的にジェネレーターの規則的な熱反応になる。しかし今映り込んだ熱源は不規則で、一瞬大きく震えたかと思えばしばらく沈黙する。それを繰り返していた。まるで燃え上がる炎を見ているようだ。
「おじさん、前の方で何か燃えてるよ!」
11時の方向に注意を向けると、黒い煙と赤い炎が遠くに立ち上っていた。
戦闘があったのか。しかしレーダーには他になにも映っていない。炎上してから時間が経っているとすると、やけに長く燃えているな。敵影が確認されないなら何か使えるものはないだろうか。
「ハルカ、周囲に敵影はない。行ってみよう」
「分かった!」
白銀の世界に不釣り合いな炎の正体は、巨大な装甲列車であった。
コンテナの側面には“Caravan Blossom ”と書かれおり、大型の軍用強化外装をベースにした自分の機体が10機は格納できそうな大きさだ。
出火の原因は、この列車を動かす旧時代の化石燃料駆動のジェネレーターと見て間違い無いだろう。後ろのコンテナの雪がそれほど積もっていないことを見ると、こいつが襲撃されたのはここ2、3日ほど前か。しかしこの巨大な装甲列車を横転させるとは、一体何にやられたんだ。
コンテナの方に移動し、中を覗く。
内部は工具や鎖で埋め尽くされていた。
軍の整備ドックでも似たようなものを見た覚えがある。ということはこの中には強化外装が複数いた可能性がある。だとすればハルカの機体の代わりできるものが近くにあるはずだ。
周囲の探索をしようと顔を上げると、震えた声で通信が入る。
「お、おおじさん。ひ、人がた、倒れて・・・」
こんな中で生存者か。少し離れた場所にいるな。
「分かった、すぐそっちへ行く」
ハルカの機体の下へ行くと、ハルカは機体を降り、黒焦げた大型強化外装の前に呆然と佇んでいた。
足回りは全損、機体の右側が抉り取られており、中から炭になった人影がのぞいていた。
ハルカに見るなと言いたかったがすでに手遅れだった。
後ろ姿からでも分かるぐらい、悲壮感が伝わってくる。
一体何を悲しんでいるのだろうか。
ハルカを横目に機体の残骸を分析する。
機体はジェネレーターの炎上により黒焦げだったが、丸みを帯びた独特の腕部装甲から、フォース・ターボ製の強化外装であることが分かった。
コックピットから這い出たパイロットは亡骸から見てもかなりの巨体の持ち主だ。
武装は左肩の、これはレールガンだろうか。
破損して切り離した自前のレールガンに似ている。あのレールガンは貫通力を上げる改造したものだったが、あの機体のものも相当火力がありそうだ。
「あなたの魂に、導きの火があらんことを・・・」
残骸の解析をしている中、ハルカは両手を合わせ、ぽつりと呟いていた。
誰かも分からない赤の他人のため、祈っていた。
この世界で他者を思いやることは、そう簡単なことではない。
だがこの子は今、確かに目の前の魂に敬意を払い、弔いの祈りを捧げている。
・・・名も知らぬ兵士へ
お前の魂は、生きる希望は、確かにこの子が受け継いだ
弔いにはならないだろが、せめて祈らせてくれ
「行こう、ハルカ。もうじき吹雪が来る」
数分の祈りの後、ハルカに声をかけた。
あまり気負うのも良くない。俺たちには向かうべき場所がある。
鼻を啜り、ハルカは自分の機体へと戻る。
再度残骸に目をやる。
機体はもう駄目だがレールガンは使えそうだった。
あんたの遺志、継がせてもらうよ
機体に近寄り、武装を引きはがす。
右肩武装 接続確認
エネルギーライン接続中・・・
エネルギーライン接続完了
武装 フォース・ターボ製レールガン RG-02-B
武装チェック 内部導体レールが消耗しています
推奨 内部導体レールの交換
使えそうだがレールの消耗が激しい
2、3発撃てればいい方だろうか
「おじさん、それ、持っていくの?」
「ああそうだ。何かあった時のお守りだ。俺たちがこいつで助かれば、あの人も少しは報われるだろうからな」
「うん・・・。それも、そうだね・・・」
ハルカは少し抵抗があるようだ。これでは死んだ人間から衣服を剥ぎ取っているのと変わらない。
しかしこうでもしなければ、俺の武装にも限りがある。弾数は多いに越したことはない。
気は進まないだろうが、我慢してくれ
ハルカに方便を伝えたところで、塔への道を再設定する。
いや、ここは少し休んだ方が良いだろう
楽しかった昔話は弔いの時間へと変わってしまったのだから。
今あの子には、休息が必要だ。しばらく進んだら時間を取ろう。
名もなき兵士の弔いに後ろ髪を引かれながら、亡骸を後にした。
ハルカのところに向かう途中、遠くの地面に突き刺さった“何か”を見た。
銀色の羽のようなものが見えたが、あれは恐らく飛行ユニットの一部・・・
なぜあんなものが地表にある
あの亡骸のものだろうか?




