欠落
何だこの小娘は。
中から出てきたという事はジェネレーターをいじられたか?
機体確認しろ。
機体チェック開始
・・・・・
チェック終了
ブラックボックス 異常なし
生命維持装置 異常なし
ジェネレーター 異常なし
エネルギーライン 背部飛行ユニット損傷
ふむ、特に異常無しか。
間に合ったか、それとも傷一つつけられなかったか
いずれにしろ、こいつには聞かねばなるまい。
「おい、そこの小娘」
「は、はいぃ〜」
間抜けな声だ。やはり似ているだけか。
「そこで何をしている」
「い、いえいえ、私はちょっと珍しい機体があるなと思って近づいただけでして、決して防衛軍の人に何かしようとは思ってな--」
まあ少なくともレジスタンスや軍人ではあるまい。
何にせよ起動できて良かった。
ナノマシンの修復には限度があるからな。
しかし飛行ユニットがやられたか、奴らに撃ち抜かれてだいぶ流されてしまった。
あの山の向こう側まで飛ばされたとなると・・・24時間はかかるな。
特に問題ない、あの街に着きさえすれば良いのだからな。
「あ、あのぉ〜」
計画の修正中にも関わらず少女が話しかけてきた。
防衛軍の強化外装に話しかけるとは妙なやつだ。
だが初対面の他人とはいえ、顔がこれほどまでに似ていると目が離せない。
「何だ、まだ何か用か?」
私もつくづくお人好しのようだ。
今は向かうべき場所がある。話している暇など無いが、親切で会話に応じてやった。
「い、いえ、今誰か中にいるのかな〜って」
これまた妙な質問をする。
実際コックピットの座席がある場所には、生命維持装置と予備ジェネレーターあるだけであり、この質問には否、ということになる。
こんな場所で小娘1人だ。別に嘘を教える必要はないだろう。
「いや、誰も乗ってはいない」
「へ? じゃどうやって動いてるんですか? 自律制御? 遠隔操作?」
「遠隔操作は軍では採用されていない。吹雪では使い物にならんからな。あとAiの制御だったらこんな風に話さないだろう。この機体は俺の脳を直接繋いで、自分の意思で動かしている」
「へぇ〜、え、え?! じゃあサイボーグってことですか?! しかも脳を直接ってことは、フルサイボーグ?!」
ものすごい食いついてくるな。
たしかにこの技術はもう再現不可能ではある。
太陽の街と方舟に乗っている連中は全員フルサイボーグのはずだったから、正確には失われてはいないのだが、コロニー生まれの人間からすれば見たことも聞いたこともないオーパーツだ。
この興奮も仕方ないか。
「フルサイボーグって本当ですか?! 図録にはまだまだ先の未来の技術だって書いてあって、でも今それが目の前で動いて話している所をみると、やっぱり--」
「あー、分かったから。少し落ち着け」
思わず口を挟んでしまった。このまま話していると日が暮れてしまいそうだ。
そういえばここはコロニーから随分と離れた場所だ。最寄りのコロニーでも、あの機体であれば3週間はかかるだろう。
なぜこんなところに1人でいるんだ?
コロニーの素材回収のジャンク屋か、いや奴らは必ず複数人で活動している。
この極寒の大地での単独行動は死を意味する。
それを分かっているからか、極刑の罪人は1人でコロニーを追い出されるそうだ。
ならば罪人か、とも思ったが、罪人に強化外装を与えるコロニーなどあるわけがない。
となると何かの目的で抜け出してきたか、ただの破滅志願者かのどちらかだ。
「ところで小娘、こんなところで何をしている。なぜ1人なんだ?」
「え? ええっと、それは・・・」
モジモジしながら、視線があちらへこちらへと泳いでいる。
どうやら答えに困る質問をしてしまったようだ。
5秒ほどの沈黙の後、少女は罪を告白するかのように口を開いた。
「えっと、太陽の街に・・・行きたくて・・・」
意外な答えが返ってきた。
もっと後ろめたいことがあるのかと思ったが、そんな理由でここにいるのか。まさか1人で向かうつもりだったのだろうか。
そうでなくてはこの状況の説明がつかない。
「なぜ街を目指す。コロニーに居れば安泰だったろう」
なぜこの小娘はあの太陽の街に向かいたいのだろうか。
各地のコロニーにはエネルギーを供給するための大規模ジェネレーター「陽だまりの塔」がある。
食事に必要な製造設備や生活の環境を整える空調機能に必要なエネルギーは陽だまりの塔から得られるため、わざわざ出て行く必要はどこにも無いのだ。
まさか塔が壊れたのか? 仮にも神が授けた火「太陽石」がエネルギー源なんだぞ。
復旧は容易なはずだが・・・。
「・・・あったかいご飯が・・・食べたくて・・・・・・」
少女は搾り出したかのように呟いた。
・・・そうか。
この凍結時代に生まれた人間であれば誰しも一度は夢に見る、身体の中に火が着いたかのように、あたたかい食事をとること。
しかしそれは、コロニーに住む人間であれば決して叶わぬ夢であると、皆理解しているのだ。
だが一つだけ例外がある。
それは正面にそびえる巨大な陽だまりの塔の麓「太陽の街」
太陽の樹とも呼ばれるあの塔は、外宇宙に旅立った方舟からのデータを受信する役割を担っており、正確な受信と受信データの破損を防ぐために莫大なエネルギーを必要とする。
故にエネルギー発生量は各地に建設された塔とは比べ物にならない。
人間の生活に必要なエネルギーにもかなりの余裕があるため、太陽の街は旧時代と変わらない営みがあるという。
中に入れることができるかどうかは別として。
「気持ちは分かるが街に行きたいって、お前、居住権持っていないだろう。門前払いされて終わりだ。諦めな」
仕方ないことだ。
太陽の樹の周囲には戦闘用の自律型強化外装が警備として至る所に配備され、今も一部は稼働している。
おまけに正面の入り口は永久鋼製の堅牢なゲートが侵入を阻んでいる。
街を覆う外壁を破壊して中に入ろうにも、傷をつけようものならすぐさま街の警備システムに通報され、もし中に入れたとしても命の保証はないだろう。
「あれでコロニーに孔をあけて、そこから入るからいいの!」
少女は後ろの強化外装に指差す。
錆だらけの機体の左腕には、大きな杭のような武装が取り付けられていた。
パイルバンカーか。旧式とはいえそれなら外壁自体は破壊できるな。
「そんなことして中に入っても、セキュリティシステムに通報さてれ、延々と命を狙われるだけだぞ」
「え、そうなの? え〜〜、うーん・・・」
まったく、そこまで考えていなかったのか?まだまだ夢見がちな子供だな。
少女はしばらく唸ると、突然ハッと何か思いついたような表情を見せた。
「じゃあさじゃあさ、おじさんがあの街まで連れて行ってよ!」
「・・・はぁ?」
思わず声が裏返ってしまった。
こいつはどこかおかしい。はやり破滅志願者だ。
軍の機体に接触したかたと思えば次はこれだ。時代が少し早ければすぐにでも連行されて尋問コースだっただろう。
しかもいきなりおじさん呼ばわりか。危機感をまるで感じていない。
「なぜそんなことを頼む。こっちは軍人だぞ? お前ごときに構っている暇はない」
「え〜でもおじさん軍の機体だけど、軍人じゃないよね? 肩のエンブレム無いし、軍規違反だよ? あとその右肩壊れたの武装も見たとこ無いやつだし。おじさんレジスタンスの人?」
すこし煽り口調の言葉に苛立ちを覚えるが、同時にその知識に感心する。
このご時世にここまで知っているやつがいるとは驚きだ。しかしレジスタンス呼ばわりとは癪に触るな。
「レジスタンスだったらあの街に行きたいでしょ? だったら一緒に行こうよ!」
「ええい、うるさい。俺はあの街に用があるんだ。邪魔しないでくれ」
しまった。
「そうなの?! じゃあ一緒に連れてってよ! このままだと着く前に食べ物が無くなっちゃうよ〜。お願い!!」
少女は頭を下げ、頭の前で両手を合わせ擦り合わせている。
頼まれているがどうするべきか。
自分には◾️◾️◾️◾️という目的がある。
ここで誰かに構っている暇は・・・。
なんだこれは。
目的が思い出せない。記憶が欠落している。
外部メモリーが損傷したとあったが、まさか自分の行動目的を忘れてしまったのか?よわったな、外部メモリーに記録しているとはいえ、メインプログラムの書き換えもしておくべきだったか。
こうなると、街にある研究所のドックでメモリーのサルベージを行うしかない。
再び少女に目をやると、今もお願いの姿勢を保っている。
仕方ない、今はしばらくお人好しモードでいるか。
なぜそのように判断したかは自分でも疑問だった。
プログラムの一時的なエラーか、はたまた亡き妻によく似た1人の少女からの渾身の頼み事だったからか。
どちらにせよ、あの街に向かえばよい。
この小娘はそのついでだ。
「分かったよ、連れて行けばいいんだろう? さあ早くお前の機体に乗れ。牽引する」
「え? ほんと?! やったー! おじさんありがとー!」
少女は顔あげると、笑顔で感謝の言葉を伝え、自分の機体に駆け寄っていった。
・・・あの子が生きていれば、あんな顔をしたのだろうか。
見ることは叶わなかった、懐かしい思い出が蘇る。
俺は、何のために街へ向かうのだろう。
失った記憶について考えていると、少女のボロボロの強化外装がこちらへ近づいてきた。
両肩武器と飛行ユニットはもう使い物にならんな。
パージしろ。
右肩武器 左肩武器 背部飛行ユニットへのエネルギーライン遮断
ユニットのロック解除
パージします
武装は両腕だけか。
戦闘はなるべく避けるべきだな。
「腰あたりにアンカーが見えるだろ。そこから引き出せ。フックをそっちの機体の牽引孔に通せ」
「はーい!」
少女の機体は器用にアンカーを掴み、ワイヤーを引き出す。
旧式のマニピュレーターは操作に難があったそうだが、器用なものだ。
メカニックではなくパイロットでもやっていけそうだ。
「おじさん、繋いだよー」
「じゃあ発進するぞ、機体の姿勢制御に気をつけろよ」
ブースターの向きをわずかに外に逸らす。
青い炎が暗い世界に灯もり、2つの影はゆっくりと動き出した。
速度は巡航速度を維持。
最高速だと小娘の機体が保たんだろう。
となるとここから太陽の樹までは・・・小娘の休憩も入れると70時間ほどか。
まあいい、ゆっくり行こう。
失った記憶の答えは、街に行かなければ分からない。
だが今は不思議と気分がいい。
こんなにも高揚するのは久しぶりだ。




