邂逅
こんなにもすごい機体を見るのは生まれて初めてのことだった。
私はこの邂逅を、一生忘れないだろう。
今まで図録の中でしか見てこなかった防衛軍の強化外装を目の当たりにし、あの日の出会いを思い出した。
強化外装
希代の発明家ヒューノイド・ブロッサム氏により「すべての人々が手を取り合って生活を生きること」を目的として開発された搭乗型義肢。
しかしヒューノイド氏の思いむなしく、その拡張性の高さから各国は「あらゆる地形に対応可能な高機動戦術兵器」としての改造。
先の大戦において主力兵器となり、大勢の未来を焼き尽くした。
しかしながら、私はそんな恐ろしいものだとは思わない。
私が強化外装に向けるのは、「憧れ」だ。
子供ながらに、戦争はすべて人が引き起こすもので、強化外装たちに罪はないと考えていた。
おばあちゃんからもらった強化外装の図録には、確かに兵器としての色が濃く記載されているが、同時に華々しい功績も残している。
大規模な建設や災害救助に宇宙開発。
特に私たちが住んでいるこのコロニーと陽だまりの塔の短期間での建設は、強化外装の力無しでは不可能だった。
小さな人間がこれに乗るだけで、何十、何百倍もの力を発揮できるようになる。
もし私がこれに乗ることができたら。
こんな寒くて退屈な場所、さっさと出ていくのにな。
そんな強化外装との出会いは3年前。
コロニーの下層を改築している最中、泥だらけの強化外装が発掘された。
もう動かないとされ、コロニー外の廃棄場に運ばれたが、僅かな希望を胸に外の廃棄場に忍び込んだ。
消えかけの銘板を見るとこのコロニーの建設に使われた時代のものらしく、図録の端に小さく載っている年代物だった。
かなり錆びついてはいたが、幸いジェネレーターは無事だったため、エネルギーラインと駆動部さえ何とかすれば動くのではないかと、心躍らせた。
しかし下層の建築中だったこともあり、動いている所を見られると建設に使われてしまうと考えた私は、夜な夜なコロニーを抜け出し、修理を始めた。
外の空気は生身で晒すことが自殺行為になるほど痛く、冷たい。
防護服を着ての作業は難しいことの連続だったが、嫌々やらされているコロニーの改築工事のお陰かすぐに慣れた。
コロニーの外には太陽が大地を煌々と照らしていた旧時代の残骸が今も残っているため、修理に必要な材料は揃っていた。
遠くにそびえる陽だまりの塔「太陽の樹」が光を放つ中、私は夢中で手を動かした。
これが動けば、やっと街を目指せる。
あそこに行けば毎日あったかい水で体を洗って、あったかいご飯を食べて、寝る前に強化外装の図録を読んで、あったかい布団で1日を終える。
そんな昔の人たちの日常を、コロニーに住む誰しもが一度は考えた甘い幻想を、私はまだ捨てられずにいた。
吹雪の最中、大型の強化外装と思しき影をレーダーが捉えた。
ひどい吹雪には遭ったがこれは運がいい。
外に放置されている強化外装は大概雪と氷の下に埋まっているため、こうして地表に機体が出ていることは滅多にない。
雪に埋もれてないところをみると、最近まで動いていたのだろうか?
ちょうどいい。
この機体の内装は拾ってきた簡易的なシステム表示モニターしかないため、使えるものがあればちょっといただこう。
久々の好奇心の高ぶり感じ、捉えた影に歩みを進めた。
少しずつ全容が明らかになる。
図録で大型の機体をいくつか知ってはいたものの、間近で見るのは初めてだ。
期待に胸を膨らませ、目視できる距離まで近づくと、異様な光景が目に飛び込んできた。
まずはその大きさだ。
背は今乗っている機体より一回り大きいくらいだが、3倍はあるであろう肩部や腕部、脚部の装甲が、全体のシルエットを1周りも2周りも大きく見せている。
軍の機体だとは思うが、ここまで大きなものは初めてだ。
こんなの図録に載ってたっけ?
次に右の背面から伸びている砲身のようなものだ。
戦車砲のようだが、角ばったシルエットをしている。かなりの大きさになるだろうか、中折れ式のヒンジが見える。そこから根本は大きく融解した跡が残っており、ひどく損傷している。もう使い物にならなさそうだ。
全身至る所に弾痕と爆発の跡と思われる傷が残っている。
背面にも大きくえぐれたような損傷があった。
積もった雪が凍りついていないところをみると、最近この付近で戦闘があったのか。
念の為レーダーを覗き、近くに動いているものがないかを確認する。
旧時代のレーダーだが、吹雪の中ではこれだけが頼りだ。
・・・敵影なし、と
この辺りに争いの元凶はいないみたいだ。この様子だともうすぐ吹雪も止みそうだ。今のうちに解体する道具を準備しておこう。
私はあらぬところで出会った幸運に感謝しつつ、座席の裏のバックパックドアを開けた。
大型強化外装を発見してから30分後、吹雪はすっかり止み、薄暗い灰色の雪景色が広がっていた。
まだ太陽の樹の照射時間ではないが、吹雪がいつ来るかは分からない。早速作業に取り掛かろう。
ヘッドライトを付け、レーザーカッターを手に、跪いた機体の前に入り込んだ。
さて、ドライバーハッチはどこかな、と頭の図録をパラパラとめくりながら正面装甲をよじ登る。
強化外装はどのメーカー品であっても規格化されており、基本的に操縦方法や駆動部の機構は同じため、大型でも首辺りに外部から手動で開閉できるハンドルがある。
「うーん。これ、どうやって開けるんだろ・・・?」
ハンドルを探すも探すも、これがどこにもない。
軍用のものであれば尚更規格には厳しいため、無いはずはないのだが、目に見える範囲どこ探しても見つからない。
こうなると無理やり装甲を破るか、ジェネレーターを始動させてエネルギーラインを逆流させるしかないが、前者は持ってきたカッターでは傷が僅かに入る程度だったため、必然的に後者を取るしか無くなった。
「汚れちゃうから嫌なんだけど、背に腹はなんとやら!」
ジェネレーターの位置は幸い他の機体と同じ位置に見えたため、損傷具合の確認のため、ワイヤーカメラの電源を入れる。
腕を正面装甲の間に押し込み、カメラを機構部の隙間に差し込むと、ジェネレーターの様子がグラスモニターに映し出される。
背面と側面を念入りに照らすが、これといった異常は見当たらない。
残るは正面部だけだ。
ジェネレーターに沿うようにカメラを操作し正面部を映す。
こちらも目立った損傷は見当たらない。
「となると、エネルギーラインの接続不良か断線かあ。ん? なんだこれ?」
カメラの位置を変えようとすると、見慣れない部品が目に入った。
ジェネレーターの奥、上方向に見たことの無い部品がある。
真っ黒な箱だ。
動作音がしている所を見ると動いてはいるみたいだが、試しにカメラで小突いてみる。
コンコン
特に反応は無い。
「あれ〜おっかしいな〜」
「ジェネレータは問題ないんだけどなぁ」
となるとエネルギーラインが切れているか、もしくは先ほど小突いた謎の部品が壊れているのかのどちらかだ。
「エネルギーラインがどっかで切れてるのかなぁ」
エネルギーラインは機体の全身に張り巡らされているため、どこが不調かを判断するには道具も時間も足りない。
どちらにせよ、今自分にできることはない。
打つ手無しだ。
我慢して貯めてきた配給の食料もそろそろ底を尽きそうで、ただ時間とエネルギーを無駄にしただけだった。
ガコンッ
キュオオオオオオン
肩を落とした瞬間、ジェネレーターの始動音が耳を貫き、足が地面から離れる。
「え? うわあっ?!」
持ち上がる装甲の間から振り落とされ、情け無い声を上げてしまった。
何で急に? さっき小突いたのが効いたの?
尻から地面に落ちたからか腰が痛い。
痛みに気を取られながらも立ち上がった影を見上げる。
大きい、私の機体の倍はあるんじゃないか。
機体頭部の赤い光が漏れだすバイザーがこちらを見下ろしていた。
あの顔は知っている。防衛軍が最後に作ったモデルだ。確かあのバイザーの奥には3つのセンサーカメラが搭載されていて、あの戦闘時にはあのバイザーが展開されて、目標の状態を正確に映し出すことができる・・・ってことは今あれは戦闘モードに入っている?! 何で? 私はたださっき出会ったばっかりの人間なのに? いやまあちょっと部品を拝借しようとは思っていたけれども、いや後ろにある私の強化外装に反応したの? でもこの距離でジェネレーターが爆発したら死んじゃうよ。ああ神様親方様おばあちゃんどうか助けて下さい勝手にコロニーを出たことは謝りますからどうか命だけはでもこんな目の前で軍の強化外装を見れるだなんて一生物だよでも今死んじゃったら意味ないよどうしようどうしよう・・・。
半ば走馬灯のような祈りが脳内を駆け巡る。
私の頭は興奮と緊張のあまり考えることを止め、どうしようも無く口を開けてただ見上げることしかできなかった。
バイザーのロックが外れ、持ち上がると同時に奥のセンサーカメラが現れた。
助かった
安堵の声が出るよりも前に、高まった興奮が我先にと飛び出した。
「すっごぉ〜〜い!!」
それは私の、心からの声だった。




