秋の文芸展2025 ニーとボク
ボク、クロブチのノキスケと、となりの家に間借りしているシロネコのニーは、同じ日に生まれたらしい。なぜなら母さん同士がそう話していたからだ。
母さんにくっついてとなりの家に**「冒険」し、初めてニーの歌声を聞いたとき、ボクは彼と仲良くなりたいと思った。ニーは「ありがとう」とはにかんだ。
ボクはニーの歌を聞きたくて、それから毎日、となりの家まで「冒険」した。
ニーは、スリムな体形で顔つきもよく、いわゆる美形ネコで近所でも評判のネコに成長したが、おっとりした性格が玉に瑕で、いつも他のヤツより一歩遅れていたし、人間の子供たちに見つかると決まって追いかけ回された。いつぞやは、ふらりと道路に飛び出して車に轢かれそうになったりもした。 なのでボクが彼の兄貴になろうと思い、ついていてあげなくちゃならないと決意した。「まったく仕方ないヤツだなぁ」とこぼしつつ、代わりに大好きな彼の歌を独占することが出来たので内心嬉しかった。
「母さんが戻って来ないんだよォ」
あるときニーが泣きながらボクんちを訪ねて来た。 ボクは彼の兄弟たちも引き連れ、一緒になって近所を探し回った。ニーがボクんちまでわざわざ来たのは初めてだったので驚いたとともに、頼ってくれたので妙に奮い立った。
丸一日頑張ったけれども見つからず、ボクらはあきらめて家に帰った。 そしたら今度はボクんちの家族がまるまる消えていた。ボクだけが取り残されていた。 唖然としていたら、ニーと彼の兄弟たちがボクを迎えに来た。ボクはその日からニーと、ニーの兄弟たちと暮らすようになったのである。
やがて1週間経ち、1ヶ月経ち、1年経つうちにニーの兄弟たちは一人、また一人、遠出をするようになり、やがて家に戻らなくなった。 「みんな自立したんだ」とニーがしみじみと、寂しそうに言った。
「ノキスケも独立するの?」
「ニーは。どーすんの?」
ボクは、ニーのうなだれた耳を眺めて「もう寝る」とわざと大きなあくびをした。 離れ離れになりたくない。自立なんてするものか。 でもそれを口に出すのは格好悪いと思った。 ボクが黙り込んだので、ニーが、「おやすみー」と歌うようにあくびした。
ボクとニーはそれからもニーの家で暮らし続けた。 庭のお花が咲き、やがて雨が降り続き、お日さまがカンカンに照り、風がビュービューに吹いて、葉っぱがいっぱい千切れて積もった。 真っ白な雪……は、冷たくてキライだったが、ニーが「仕方ないヤツだな」とくっついて温めてくれたので悪い気分ではなかった。
「このお家、快適だねぇ」
「お婆さん、いつもご飯くれるしねぇ。追い出さないしねぇ」
「時々コタツに入れてくれるしねぇ。有難いねぇ」
「こないだお礼にネズミを追い出してあげたよ」 「いいことしたよねぇ」
縁の下でゴロゴロとじゃれ合っていたボクらは、草が生い茂る庭に、ざーざー降り注ぐ雨音を聞きながら丸まり、笑い合った。
「最近さ。なんだか目が見えないんだにゃ」
ニーが顔をゴシゴシしながら首をかしげた。
「昼寝しすぎじゃないか?」
「言うほど寝てないにゃ」
言われてみれば、彼の目がいやに白く濁っている。
「じゃあ好き嫌いするからだにゃ」
ニーが最近、缶詰以外の食べ物を食べなくなったのをボクは知っていた。
「グルメすぎるんにゃ」
ブーとニーは口を尖らせた。 それからニーは見る間に痩せていった。ボクが持ってきたゴハンにちっとも手をつけなくなったからだ。お婆さんがくれるネコ缶しか食べなくなった。 腹が立ったけど、ニーが歌えなくなったらイヤなので、ボクはこうなったら毎日、お婆さんにねだって缶詰を持ってきてあげよう。そう思った。
「ニー。オマエ、歩き方がヘンだぞ。ふらふらしてる」
「足に力が入らんのにゃ」
栄養が足りないのか?
早くお婆さんに缶詰をもらわなきゃ。
けれども今日はやけに騒がしい。白い車が赤いライトをピカピカ回して家から離れない。 ボクは静まるのを待っていつもの出入り口から家に入り込み、お婆さんを探した。 お婆さんはだいたいコタツの部屋か、台所にいる。
でも、今日に限って、どこを探してもお婆さんはいなかった。
――そうか。あの白い車がお婆さんを連れ去ったのか。
「どうしたんだ? 騒がしいかったな」
「人間が大勢来て――」
お婆さんを連れ去った。言いかけて止めた。なぜかニーが落ち込むと思ったからだ。
「ニー。缶詰、ボクどこにあるのか知ってるんだぜ」
「……」
「冷蔵庫さ。あとで持ってきてやるよ。楽しみにしてな」
「……」
ニーは眠たいらしい。「んーんー」と生返事するだけで、いい気なものだ。
「缶詰は要らん。側にいてくれ」
「何言ってんだ。ちょっと待ってろ」
するとニーが突然歌いだした。
「ありがとう~ありがとう~いままでありがとう~」
ヘンな歌だなと思いながら缶詰を取りに行った。
こう言っちゃ自慢になるがボクは頭が良くて器用な方だ。あっさりと缶詰を見つけて、テーブルの角と歯を使い「パッカン」と開けた。お婆さんの動きを観察していた成果だ。
軒下に戻るとニーがまん丸になって歌うのを止めていた。
ボクはニーの枕元に口を開けたネコ缶を置き、いつか彼がしてくれたように彼をハグして体を温め、眠りについた。
ちっとも寒くはないのにボクはプルプル震え続け、涙を流し続けた。




