それでも、生きる理由
蒼銀商会の名が王国中に広がっていくにつれ、リセルにはさまざまな声が届くようになった。
「あなたの生き方に勇気をもらいました」
「私も子どもを持たない道を選びました。誰にも言えなかったけど、堂々と生きていきたい」
「私は母親だけれど、あなただって“生む人”だと思います。夢を生み出したんだから」
それらの言葉は、暖かな風となってリセルの心を包み込んだ。
けれどその一方で、冷たい逆風もあった。
「女が成功すると、かえって他の女がつらくなる」
「家族を作らない人間が国を語る資格はない」
「子どもを育てて初めて“本当の貢献”ができるのよ」
リセルは、揺れた。
彼女の選んだ道は、誰かの自由を守っているのか。それとも、誰かの心に棘を刺しているのか。
◇ ◇ ◇
その年の冬、リセルの故郷から手紙が届いた。
母が倒れたという知らせだった。
彼女は仕事をアレクに任せ、雪深い北方の村へと馬車を走らせた。
母の家には、懐かしい暖炉の香りが残っていた。
「……リセル。来てくれて、ありがとう」
病床に横たわる母は、白髪が目立ち、かつての厳しさを少しだけ手放していた。
リセルは椅子を引き寄せ、手を握った。
「ごめんね、お母さん。ずっと、わがままだった」
母は、首を横に振った。
「あなたは、私にできなかった生き方をしている。それが……羨ましかっただけよ」
驚きと戸惑いが入り混じる。
母の手は、リセルの手よりずっと細くなっていた。
「私はね、あなたが“母にならない”って決めたとき、本当は怖かったの。あなたが一人きりで老いていくことが。でも……今のあなたには仲間がいて、愛する人がいて、自分の足で歩いてる。誇らしいわ、リセル」
リセルは、もう涙を止めることができなかった。
◇ ◇ ◇
王都に戻ったリセルは、工房の片隅に一つの碑文を掲げた。
それは、母の言葉を魔道刻印で写したものだった。
『人生の意味は、生むことだけじゃない。
誰かの光になることも、命を照らすことになる。』
その言葉を見た商会の仲間たちは、黙ってうなずいた。
子を持たない彼女の生き方は、確かに“何か”を生み出していた。
技術を、生き方を、そして希望を――。
◇ ◇ ◇
ある夜、アレクがリセルに聞いた。
「ねえ、今……幸せか?」
彼女は、少し考えてから答えた。
「うん。幸せ。でもね……孤独と幸せって、共存するものなんだって知った」
「……ああ、わかる気がする」
「私は時々、自分の人生に意味があるのか迷う。でも、そのたびに思い出すの。私が作った魔道具で、誰かが少しでも笑ったなら……それでいいって」
アレクはそっとリセルの肩を抱いた。
「君がいてくれて、よかった。生きていて、よかった」
そして彼は、そっと囁いた。
「一緒に、“これから”を生み出していこう。誰かのために、君のために、僕自身のために」
そう、彼らは知っていた。
“親になる”ことだけが、生の証ではないと。
生き方そのものが、誰かを育てる種になると。