07話
植民地都市ノーランドのハンガーでは金属音があちこちで鳴り響き、作業ロボが休みなく働き、整備業務を遂行していた
その中で、八郎太は訝しげな顔をしていた。
今日はなんだか、お貴族様のお抱え騎士たちの機嫌が悪い。何かあったのだろうか? 今にもパワードスーツで首を絞め上げられそうだ。まったく嫌な雰囲気だ。
整備主任八郎太は悪態をつく騎士を相手に、整備の打ち合わせをしていた。その相手の傲慢な言いようにうんざりしていた。
八郎太は適当に相槌を打ち、話を流しているうちに定例の確認作業はそれなりの時間をかけて終わった。用件を済ませた騎士たちは、早々にその場を去っていく。
「適当に合わせるのも疲れるんだよ。だいたい、アイツら。えっらそうに命令してくるんだよな。自分の機体を触らせている整備士に見当違いな文句ばっかり言いやがって。恨み買ったらどうなるか想像つかないんだろうか? まぁ、ウチのもんにそんなプライドのない奴はいないだろうけどさ」
八郎太は誰に語りかけるのでもなく、心の声をつぶやき、残った雑務をこなしていた。
なんでこんなことになってんだ?
整備のことではなく、この自分が置かれた状況について考えを巡らしていた。
様々な時代、歴史線から、この世界に転移者は来る。俺もその一人だ。
俺はこっちに来てからも相変わらず、人畜無害にひっそりと暮らしてきた。その方が厄介な揉め事に巻き込まれず、生きやすいからだ。少なくとも俺はそう思っている。しかし、この街ではやけに傲慢な輩がいて常に大きな顔をしてのさばっている。
その手の輩で、いくつかの威勢がいい種類が存在する。主に古代や中世から来た戦士たちや、前の世界で貴族をしていた者たち、そして、その下僕、それらの転移者たちである。
この植民地地域での傾向は、自らの過去の栄光や生まれの正しさ、その正当性を確信し、疑いもせずに行使し。時には恐怖を巧みに操り、時には困窮する人々に手を差し伸べ、人心を巧みに操り、それぞれの流儀と傲慢さで威張り散らしている。
彼らのそのような振る舞いは倫理という枷を外したかのように、ためらいなく非道な決断を下した。
血も涙もないと非難されながらも、その手腕は驚くほど淀みなく、効率的に機能した。
黎明期の都市や拠点の統治において、その効率性は遺憾なく発揮された。
人が混沌から湧き出た時代から、このやり口は多くの権力者を生み出し、貴族という階級を確立させていった。
「お貴族様に便乗できりゃマシな暮らしができると思ったんだけどな。違う選択肢もあったろうな。民主主義勢力は大抵は自由な西側に……俺も行けばよかったかな。運が良いのか悪いのか、お貴族様側にいるもんな俺。良いお貴族様にお仕えしたかった。だけど、映画とかドラマの中のような高貴で尊い方なんて、未だに見たことねぇんだよな……」
八郎太はうなだれていた。
「いい加減、傲慢な連中の相手はうんざりだ。ソイツを言っているだけでイライラしてきた」
騎士の傲慢な物言いが八郎太の胸中に不満の黒い淀み溜めていた。溜まりに溜まった仕事の山が、さらにその苛立ちに拍車をかける
「昨日から、ろくに休めていないんだってのにクッソ忙しい。溜めるならタバコの煙を肺一杯に溜めたいもんだぜ」
八郎太は、最後の喫煙が24時間前、それから1本の煙草も口にしていなかった。ニコチンが切れた身体はまるで幾日も灼熱の砂漠を彷徨い、喉が嗄れるほどに渇ききった旅人がオアシスの水を求めるかのような強烈な渇望を訴え、その苛立ちは今や怒りに変換され、臨界点に達しようとしていた。
「ボヤいてる暇があったら煙草を吸うか……」
喫煙所に向かいだそうとした際に運悪く、そこに新たな騎士が怒鳴り込んで、いつものように八郎太を捲し立ててきた。
「俺の機体に整備ミスがあるんじゃないか? 駆動音が変なんだ。入念に整備といったろうに手を抜いたな、だいたい貴様は……」
八郎太は騎士のまとまりのない感情だけを垂れ流す意味のない言いがかりのような情報に相槌を打ち、整備に繋がる情報だけを拾い集めようと努力していた。
「おい、整備長!!聞いているのか?」
「ハィ、整備主任です」
「システムの制動緩和系のスイッチをキルしてませんか? 」
「確認した。問題はそこではない」
「お言葉ですが、前回はそれが原因でした。確認させて貰ってもいいですかね?」
「俺の部下に見て貰っている」
「見るの騎士見習いの人でしたよね? すでに弄っちゃってます? それじゃ調べるの大変になっちまいますよ。なんですぐに持ってきてくれなかったんですか?」
「動けばよいのだ」
じゃぁよ、駆動音くらい我慢しろよ。八郎太は矛盾する言いざまに喉から出てきそうな文句を抑えていた。
「戦場に出る機体を入念に整備しておきたい。充分に理解できます。ですがシステムエラーも出てませんし。ご指定のマニュアル通りに沿って、整備して十分に基準を満たせてます。それに予算申請蹴られたんで耐久材が限界がきてるって、なんべんもお伝えしてますよね? こちらはずっと予算申請を出してるんですけど、それが通らない限りあまり無茶を言わないでください。努力はしますが、やれることが限られてますんで」
「言い訳は良い。つべこべつべこべと、なぜ謝罪の一つもできんのだ」
謝罪をすれば問題は解決され、機械が素直に動くとも思っているのだろうか? 馬鹿野郎だ。むかつく、あったまに来る。
「もう、よい。上の者を出せ。話にならん」
ハイ出ました、馬鹿の一つ覚えのように上の者を出せだ。失礼クリエイターにでも教わったのかボケナス。
何が話にならんだ。話が出来ていないのはお前の方だ。そんなもんとっくに居ないっての。俺の上司は騎士どものイビリでストレス性の胃潰瘍を悪化させてダウンした。
何回目だ。上の者を出せ。どいつもこいつもうんざりだ馬鹿野郎。
「上司は入院中で今は私がここの整備のトップをやらしてもらってます」
上の者を出して、適当にお茶を濁せば誠意を見せた事により、己は無視をされない重要な人間である、などという歪んだ認知の元に、溜飲を下げ鬱憤を晴らす。この手のバカはいつもこんな感じだ。マニュアルでもあるのか? 本当に馬鹿野郎だ。クズの見本市があったらコイツを突き出したいところだ。
八郎太はそんな気持ちを必死に抑え、能面のような表情で受け答えを進めていた。
「もうよい。他のものに頼む。お前の代わりを連れてこい」
「こないだから徹夜続きで部下たちも先程倒れました。医療班に連れられて病院に行きました。俺で十分ですって」
彼等は入院した。もう居ない。
「いいや、足りない。4人くらい何処かにいるだろう。呼んでこい」
「だからいませんて。もう他はいないんです。俺一人しかいないんです。俺で十分なんですよ。わかってくださいよぅ」
「大事な時だと言うのに、どいつもこいつも使えんな。まともに動いているのは作業ロボくらいか」
「そうですよ」
「作業ロボを追加しろ。お前とロボでやれ。至急だ」
お前らが操縦下手なくせに機体を無理して動かして無駄に駆動系に負荷を与えて、常に整備手間が増えて疲労困憊してんだよ。少しはわきまえろボケ。作業ロボも次々に壊れて少なくなってんだよ。それも俺たちが直してんだ。
八郎太は喉から出そうな文句を口内で無理やりストップさせ、スンとした表情を作り受け答えをする。
「見てみます。駆動系の音ですね。もう少し時間ください。あ、出来た異常が出た時の音なんか記録しておいてもらえます? 腕の携帯端末でやれますんで。ご説明しましょうか?」
「ええい。もうよい」
きっとやり方わからないんだろうな。それに教えたところで面倒くさがってやらないんだろうな。見える。私には見える。俺はコイツラの考えが見えるのだ
「では、補給の弾薬は何処だ? 」
そちらの部隊の倉庫に置いてあるはずですよ。こないだ倉庫に行く機会あったのでチラ見して確認しときましたし。配送データでも確認しましたよ? それなりの量があるはずですよ。
「そこの棚になかったら無いじゃないですかねー? どうせ煩く言われるんだろうなと思って確認しときましたけどな。そもそも、自分の部隊の整備ラック付近の弾薬置き場で保管するはずなのに、紛失するからって。倉庫で管理しろとか、そちらが言ったからでしょ。ッていうかよぉ。こないだ多めに配給しましたよね? それドコやったんですか? だいたいあんたら無駄撃ちしすぎなんだ。バカなんですか。オートエイム使ってあれなら今の仕事辞めたら騎士なんて」
八郎太の内なる声が、早口で漏れ出ていた。
「貴様……」
騎士の顔が真っ赤に燃える。俺に対して不満をぶち撒けようとしている。
「いや、すんません。ちょっとこないだ見た映画のキャラが、カッコよかったんで真似してみたかっただけなんです。軽い冗談なんです。許してください」
だが、予想外に騎士は冷静に対応していた。
「いいや、駄目だ。相手が笑えない冗談は唯の悪口だ。罵倒だ。初期教育で習わなかったのか? 他人を不愉快にしてはろくな事が起きないと」
あ、これ怒りゲージが突破して冷静にキレてるやつだ。というかお前がそれを言うか?
「愚か者め。あぁ、貴様は転移者だったな。貴様ら年代が進んでる奴らは貴族に騎士に対して敬意が足りないのだ……はぁ、もぅ駄目だなコヤツは。この役立たずめ。再教育センターにでも行くか?」
なぜこんなことになった。俺のクビをコイツは飛ばせる。なんせお貴族様お抱えの紋章騎士だから。あぁ、それに悪い噂が耐えない再教育センターの名前まで出てきた。まずいやつに下手を打ったな俺。
通りすがりの別部隊の騎士がゲラゲラと笑い、わざと聞こえるほどの声量で騎士を横目に罵倒の言葉を投げつける。
「アンタんトコの部下が、こないだ横流してたろ。きっとそいつの仕業だろ? 手癖わりい奴がいると困るねぇ、キチンと躾けしてもらわないとなぁ」
口笛まで追加して騎士を煽った。それが騎士に火をつけた。
「こいつは駄目だな。重大なインシデントだ。お前はクビだ」
「えっ? は? ちょ? 何を言ってんです?」
「だから、クビだと言っている。横流しも貴様が唆したのだろう? そうに違いない」
「トバッチリィィィィ!! 知りませんよそんな事ォォォッ!!」
八郎太は悲鳴のような声をあげた。
「本日でクビだ。いや、今すぐにクビだ」
「そんな。まじで許してください」
通信のアラームが鳴り響く。
すがるように言う八郎太を袖にして騎士は腕の鳴り響く携帯端末を確認する。
「良いことを思いついた。俺も鬼ではない……だから、貴様に選択肢をやろう」
騎士は不敵な笑みを浮かべていた。
「前線へ、補給に行って貰おう。危険だかそれなりの手当も出る」
「ええぇ? 前線?」
八郎太は間抜けな声を出して騎士に目をやる。
「断ればクビだ。それに俺としては侮辱されたままというのは気分がよろしくない。我らの射撃スキルをその目で確認して謝罪をして貰おう。うん、それが良い。護衛もうちの部隊でしっかりしてやる。安心しろ」
「わ……わかりました。依頼を受けます」
「うむ。正しい選択をしたぞ。後で部隊データを送っといてやる。前線といっても補給所までだ。輸送トラックで運ぶだけのカ・ン・タ・ンな仕事だ。我らが付くのだ。気楽に行きたまえ」
危険つったよなぁ。フッざけんなよ。安心できるわけがない。完全にとばっちりじゃねーか?
とばっちりのような気もするが自業自得のようにも思えてきた。そうかな? そうかも?
八郎太はあまりの理不尽に混乱気味になり、一人呆然と佇んだ。