05話
部屋を仕切るガラス越しにホログラフィックの青い光に照らされた、冷たい緊張感とも高揚感とも言えない不思議な感覚を呼び覚ますような、まるで聖域に君臨する彫刻のような男がいた。
ラヴァリーは別の部屋にいるためにスピーカー越しに会話を交わした。
「今回もか? 」
「あぁ、今回ものだ」
チェンバーから出た裸のラヴァリーは用意されているパイロットスーツとジャケットを着込む。
ガラス越しに見える彼の姿はまるで熟成された赤ワインのように深みのある美麗な顔立ちをしていた。銀色の髪と白髪が綺麗に織り交ぜられた髪は明るいグレーの輝きを放っていた。
ラヴァリーは着替えながらマッツに不満げに言葉を投げつける。
「他人の夢の中まで見通してくるな」
「俺の見えない目は特別でな、よく見えるのだ」
「子供の頃のトラウマを、克服しようと戦っているのだ。あまり気を病むなよ」
男は冷淡に言い放つ。
「気を病んででも、我らの目的を果たさねばならぬ」
ラヴァリーは無愛想に答えた。
「あぁ、そうだな」
無愛想な言葉に無愛想を返す。
「目玉の代わりに何かボールでも入れといてやろうか?」
「失礼なことを言う」
「悪夢を観て不機嫌だったのだ。これぐらいは相手しろ」
「心配してやったのに、こういう時はなぁ……何か気の利いた言い回しをしてだな、言葉のキャッチボーをするものだぞ? お前は。その歳で……傲慢すぎる……末恐ろしいものだ」
「義体が大人用だから精神も引っ張られているのだろう? 」
「生来の気質で……」
マッツが途中まで言いかけた時、ラヴァリーは強い視線を送った。
「ッ……周りが大人だらけで、そいつらに引っ張られたんだろ」
「そうか。そうかもな」
男はラヴァリーをまるでそこに存在しないかのように眺めていた。
義体調整を行う男はラヴァリーの仲間である。部隊結成時に強化兵の小隊を連れてきて仲間に入れろと言ってきた男だ。それなりの付き合いになる。
その男、マッツはラヴァリーをよそに端末を操作してデータを分析していた。
「なにか動きはあったか?」
「良いニュースがある」
「入手したデータに改造兵の持つ。俺達が探しているコードに近いものが確認された」
「本当か? 」
「嘘をついても仕方があるまい。照合度はかなりのものだ。ここにいるぞ。おそらく」
「これから忙しくなるぞ」
「準備はできているな? 」
「いつだって準備不足だ。それでもどうにかしてきた」
「今回も酷い戦いになるな。お嬢。勝ち目の低い戦いはするものではないぞ? 」
「フフン……言ってくれる。そう言う割には付き合ってくれるじゃないか? 」
「俺は俺で戦闘データが必要なのだ」
「うむ……で、だ。良いニュースの後は悪いニュースがあるものだが? 」
「そうだな。悪いニュースはなぁ。俺達は間違いなく地獄に落ちるだろう」
「フッ、なるほど、実に悪いニュースだな。だが問題はない。地獄に落ちても。やるぞ」
二人は静かに頷きあった。
調整用のモニターが数多くある操作室で作業していたマッツはモニターのタッチパネルを操作しながら、部屋に入ってきたラヴァリーに問いかけた。
「また功績を積み上げるきか?」
「心配するな。戦力は整ってきたじゃないか」
ラヴァリーは端末をいじると自部隊の戦力データを空間ホロディスプレイに並べる。
「強化兵もサマになってきた。戦力は十分だ。あとは感情を取り戻せるきっかけがあればな」
マッツはそれをホログラフィックとして空中に並べた。
「データ的には戦いの中で掴むしかないんだな。マッツ」
「あぁ……死にかけた改造兵を無理やり治して強化して。その結果が強化兵となり感情の損失。戦闘能力を上げるための代償」
ラヴァリーは端末の端に腰掛けて腕を組んだ。
「だが、やらなければそこで終わりだった。死の淵から這い上がる可能性があるから……彼等に生きる意志があったから強化兵となった」
マッツはその様子を冷ややかな目で見ていた。
「いつもながら傲慢な考えだ。ラヴァリー」
「傲慢か。そうでも思わねば、この技術は邪悪すぎる。人の尊厳を踏みにじる。狂気の技術だ」
「好き好んで地獄に舞い戻ってきた者たちだ。ならば存在意義を示せる場所に連れてゆく。有無を言わせん」
「戦う目的すら忘れているのだ。もはや戦闘人形と言われてもおかしくはない」
「我らが示せば良い。愚かで不器用な可愛い生き物たちを……導けば良い」
二人は互いの言葉に引っかかるものを感じながらも沈黙した。
自分たちは人の尊厳を踏みにじるテクノロージーである、強化兵を利用しているのだから。
「一旦踏み込んだら、躊躇するな。ラヴァリー」
「あぁ、後退はナシだ」
「だが、戦術的撤退は考えろ。無駄死には愚かだ。意味のあるものにしろ」
「わかっている。常に頭にプランBを……だろ」
「そうだ。プランBだ」
端末を操作して戦域マップを表示させ、俯瞰モードに切り替え全体を見る。
「敵はソフトスキンが多めの装甲目標がそれなりにいる」
地形に敵を意味する幾つもの赤い点が表示され、味方は青い点で表示されていた。
「得られた情報で戦線の動きはある程度予測ができる。防衛隊が教科書通りな戦い方をしてくれる。わかりやすくて助かる」
「だがこの補給状況ではなぁ。選択肢が少ない」
「ウチの本隊で護衛してる通常兵達でもいたら、もう少しアレコレと戦術の幅が広がるんだがな」
「まぁ、強行軍で連れてきたのは強化兵の3部隊だけだ。あまり無理をするな」
「問題あるまい。少数精鋭だ。そう育ててきた」
「それはそうだが……俺が気にしているのは補給状態だ」
「持ってきた試作兵器もあるがこの戦域はきな臭い。少々とトラブりそうな気がする」
「いざとなったら白兵戦で切り抜けるさ。いつものように」
「いつものようにか……」
マッツは遠い目をしてホログラムに戦歴を表示していた。
「強くなったものだ」
ラヴァリーはこれまでを思い出していた。
辺境で戦果を挙げ、民を救い、名誉を取り戻すために戦った。
やがて、ラヴァリー・エリスザール・ヴァルティエを隊長とする辺境討伐部隊ワイルドハントの功績が国王の耳に届き、各地の混乱する領地を救う任務を任されるようになった。
それは名誉であったが同時に様々な地獄の到来でもあった。
敵はさらに強くなり、野党や反乱勢力、敵性体など、ありとあらゆるものと戦った。
時には派閥に取り込もうとする権力者とも……絶えず続く策謀。味方からの嫉妬、拒絶するために汚名も被った。
様々な敵意を向けられる。それでも私は生き抜いた。
私は私の為に戦う。
家の名誉を取り戻すことで、私は救われると思い戦った。
だが、その中で避けていた現実に向き合うことになる。両親を奪った暗殺。その背後に謎があった。
ある野党を倒した時、両親に関する情報の断片が手に入った。
それにより疑念は確信となった。
両親が悪行を行うはずがないと実際には両親は非人道的開発の中止派で両親は罪を背負う必要がなかったはずだと。
いまだ両親の罪の証拠は固く、自分が望む真実は霧の中だった。私はその真実がどうしても知りたかった。
公式発表がどうしても腑に落ちなかったのだ。
私の中の両親がそんなことをするわけがないと。
野党から断片情報を入手し黒幕に辿り着くためのヒントを手に入れた。。
改造兵には特殊なチップがある。入手したチップには損傷があり断片情報だけであった。
だが、特殊な処理を施すことにより、とあるコード情報があることが判明した。
これはヴァルティエ家、ラヴァリーの両親が亡くなり家が没落する間際に、一族が仕掛けた技術を悪用する者へのトラップであった。
ラヴァリーは脳裏に浮かんだ記憶の断片を再認識し終えると、ヒントとなるチップやコード情報を表示させた。
その証拠を空間に浮かぶホログラフックに投影させてラヴァリーは睨みつけていた。
「見つけたぞ。今度こそ、今度こそだ、仇の尻尾を掴んでやる。入手した防衛隊員の情報から、ここの戦域に改造兵がいるのは確かなんだ」
空中に浮かぶ映像を掴むように手を伸ばした。しかし、そこに抵抗はなかった。
だが、確かな感覚が脳は感じていた。
「コードが存在するのは確かなんだ。何があろうと突き止める。そして名誉を取り戻す」
ホログラフィックの光は無いはずの熱を感じさせ、ラヴァリーの胸の内を熱くさせた。