表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

04話





義体調整室は無機質な清潔さに満ちていた。


藍色の壁と床は埃ひとつなく、医療施設のような静謐さを保っている。


金属製ラックに組み込まれた情報処理機器は整然と並び、そこから這い出した幾重ものケーブルが壁面や床下へと絡み合う。


まるで都市を走る高架道路や地下鉄の網のように、規則的でありながらも生き物の血管のような有機的な気配を漂わせる。


電子音がひそやかに響き、無数のインジケーターランプが色を様々に変え、絶えず瞬かせる。


その点滅は乱雑でありながら、遠くから眺めれば夜の摩天楼の窓明かりにも似ていた。白を基調とする室内に散りばめられた色彩が、不規則に脈打つことで電子の街並みを幻のように浮かび上がらせていた。


その中央に据えられた透明外殻のチェンバーは光の明滅を反射し、都市にそびえるモニュメントドームのように存在感を放っていた。

そこはただの調整室ではなく、機械の奥底から新たな存在を紡ぎ出す、生成炉であった。


チェンバーには一人の女性が横たわっていた。


透明な外殻越しに差し込む無数の光が聖堂のステンドグラスのように彼女の肌に降り注ぎ、白磁器のような肌を照す。


その身を纏う、布一枚すらない、露わである裸体は卑俗さはなく、水面に映る月影のような神秘性と、触ることすら躊躇わせる荘厳さを帯びていた。


彼女は義体調整時の眠りに沈むたびに同じ夢を見ていた。


ラヴァリー・エリスザール・ヴァルティエ 


父が幼少の私を膝に乗せ、家の成り立ちを話してくれる。


私はその話が好きだった。


ヴァルティエ侯爵家は軍事産業により勃興した。国を支え、また兵器を開発し製造し、運用する武門の家であった。


幼い頃から武門の家の娘として、常に力と真剣に向き合えと教えられてきた。

人の命を奪う兵器、けれど私はそれを人を護る道具として捉えた。


そして、自由な子どもの発想で改良案を語った。両親はそれを笑って肯定してくれ、それが何より嬉しかった。


やがて私は兵器の開発や運用そのものに疑問を抱き、父にすら答えられない問いを投げかけるようになった。


その才を誇りに思った父は私を武人たちの集う席へ連れ出した。将軍や騎士、英雄の名を冠した兵士たちに。


今にして思えば、政略結婚の布石だったのかもしれない。


けれど幼い私はただ、彼らを質問攻めにした。彼らは意外にも根気強く答えてくれ、戦場の知恵、兵器の使い方、そして誇りを語ってくれた。


私は心を奪われた。武の強さに、精神の高潔さに、そして英雄と呼ばれる者たちの黄金の精神に憧れた。


唐突に場面は変わる。爆発、燃える部屋、うめき声。


悪夢がはじまった。


両親は不可解な事故で命を落とした。


順風満帆に思えたラヴァリー・エリスザール・ヴァルティエの日常は突然終わった。


燃え盛る炎の部屋を誰かに助けられ重症を負うも、幸運にも即死を免れた。


爆発の影響で激痛による薄れる意識の中、両親を求める声は、かすかな振動にしかならなかった。




ここでいつも覚醒する。


意識がゆっくりと現実世界に浮上する。


あの事故で、私は重症を負うが治療ナノマシン漬けと義体手術をするほどの代償を払い命を繋ぎ止めた。


チェンバーの透明な外殻を触り現実に戻ったことを認識する。


調整用チェンバー内の照明が覚醒したての目には眩しかった。


徐々に目が慣れてくるとチェンバー内部の無機質で微かに青白い光を反射した表面が見えた。


「いい加減に慣れてくれないものか……私め……」


頭を振り悪夢を振り払う。


事故の後に治療のために入れられたチェンバー、その環境が似ているのか義体用の調整チェンバーに入るたびに同じ夢を見る。


あぁ、そうだ。やらなければ。ラヴァリーはかすかな呟きをした。


半覚醒状態で、いつもの行う儀式めいた確認作業があった。


名誉を取り戻す。おぼろげな意識の中でこれだけははっきりとしていた。


私の両親はライバル企業との開発競争で焦り、水面下で非人道的とされる改造兵計画を進めていた。


その姿勢は、大貴族派閥にとって派閥の主導する計画に異を唱える裏切り行為と見なされ、対立を深めてしまう。


だが、叔父が必死に派閥へ働きかけ、和解の道を模索し続けた。交渉がまとまりかけた矢先の事故だった。


その直後、ヴァルティエ家は非人道的開発の元凶とされ不名誉が歴史に刻まれることとなった。改造兵計画は人道的に改めた新計画として派閥が継承した。


両親が名誉は失い罪を背負い、ヴァルティエ家は没落した。


そうして、爵位は叔父のアストレア家に移譲され、大貴族派閥の末端として属することで一族は許された。


両親を失ってから叔父は私を養子として迎え、私はラヴァリー・エリスザール・アストレアを名乗る。


表向きには暗殺の危険から遠ざけるためと屋敷の奥へ保護しているという体制を取った。


簒奪した罪の意識を感じたのか、女として名家に嫁がせる政治の道具としてか帝王学や礼儀作法などの教育を施し育てた。


だが、私は従順な令嬢ではいられなかった。


私はヴァルティエ家の血を継ぐ者。名誉を失ったまま、終わるわけにはいかない。


自らを鍛え、英雄への憧れは胸の奥で熟し、名誉を取り戻すと亡き両親に誓った。それが力となり戦えるだけの力を手に入れることができた。


暗殺者を返り討ちにできるほどの武力を得て、青年部の武芸祭で優勝を果たすと外出が許された。


16歳になり、叔父に部隊結成許可を得て、名誉を取り戻すために辺境に旅に出たいと言うと叔父は嘆き、苦悩し、救いを求めるように言った。


「お前は強い。中央では目立つようになった。お前の言うように中央から離れ、辺境で討伐業をすれば、お前の望みも、一族の安全も、両立できるかもしれぬ。どうしても行くのか? 」


叔父は酷くうなだれ深い溜め息をついた。


「外は危険だ。お前の強さは認めるが……」


「どこかでくたばった方が、一族のためになる。だが、死ぬ前にヴァルティエ家の名誉は取り戻す」と私は間髪入れずに言った。


その時の叔父の顔はあまりに辛そうだった。それでも最後には許可をくれた。


「親子は似るものだな、お前たちは少しも私の言うことを聞いてくれぬ、困ったものだよ。まったく……費用は出す。だから約束してくれ生き抜くと」と叔父はくぐもった声と、はにかんだ笑みで言葉を紡ぎ、握手をして別れた。


その様子に私はようやく気づいた。


叔父もまた、両親と同じように私を大切に思ってくれていたのだと。


仕方なしゆえの爵位継承であったのだと納得した。それはそれとして爵位を得られたのだそれなりに便宜を図ってもらおう。そうだな、具体的には部隊の費用とかを……功績を上げれば一族のためにもなる。それを叔父への恩返しよう。


いずれにせよ、全てはヴァルティエ家の名誉を取り戻すためにだ。


いつもの儀式めいた確認が終わると、ラヴァリーはゆっくりとチェンバーの縁に手をかけた。


身体を起こすと完全に覚醒していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ