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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第1章 塹壕令嬢

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03話

 植民地都市ノーランド 整備ハンガーにある部屋にラヴァリーとメイド、整備主任の八郎太がいた。


整頓された工具や物資が並べられた棚と長いテーブルがあり、鉄と油の匂いが染み付いたそれほど広くない空間であった。


むき出しのコンクリートの壁にはひび割れた塗装が薄暗いライトにより青白く照らされていた。


テーブルの上にはどこから持ち込んだティーポットが設置されている。白い陶器でシンプルなデザインだった。ポットから立ち上る湯気は優雅に揺れていた。珍しい紅茶の香りに八郎太は思わず鼻を鳴らしていた。


「お気に召しましたか?」


「久しぶりに紅茶の香りを味わいました。好きな香りです。でも、お高いんでしょう? これ」


「合成ダージリンですが、ツテがありまして。それほど高価なものではありません」


「そうは言っても貴重なんですよね?」


「私の本隊が来ればストックが沢山ありますので気に入ったのならお譲りしますよ。このと香りが理解できるかたがいらして嬉しく思うのです。こちらではコーヒー派が多いでしょう?」


「この辺だと、言われるようにコーヒー派が多いですね。あれはあれで好きなんですが」


「こちらのプラントの特性上、コーヒーの生成が効率が良いそうですね」


「ええ。よくご存知で」


「任務先の情報は調べましたから」


「嗜好品が手に入るのは余裕がある証拠です。ありがたいことです」


「では、茶葉を用意いたします」


ラヴァリーはそう言うとティーカップとソーサーを静かにテーブルに置き、メイドに目配せをした。


その付近ではホログラフィックが投影され様々な整備や補給のデータが表示されていた。


「それで、試作品に関してですが持ち込まれた物資で問題ありません。自動工廠に持ち込んだら調整が可能です」


「不幸中の幸いですね。念のために持ってきて正解でした。配分がおかしいのです。私の部隊で補給品の催促をしているのですが、一向に連絡がありません。補給状態が悪いのはなにか理由があるのですか? 都市の規模的にもデータ上でも、もっと余裕があるものと思いましたが」


「補給に関しては工場フル回転で生産してます。配分に関しては調整中でして……」


「補給状況について貴方の知る範囲で構わないので詳しく状況を教えてくれませんか? 集計データに少々気になるところがありまして……」


そこへ怒鳴り込みながら部屋に乱入してきた男達が居た。腰に雑にぶら下げた拳銃が下品に揺れていた。


なんとガラの悪い男達であろうか?


ラヴァリーはそう思うと男達を注意深く観察した


疲労が見えるがまだまだ戦場の興奮が冷めやまない様子であった。数人の都市防衛隊員が息巻いている。

 

ラヴァリーを睨みつけるがまるでそこに居なかったかのように無視をして声を荒げた


「ええぃ、こんな所に何故メイドがいる。どけい」


入口付近に待機していたメイドを払いのける。払い除けた時にメイドが持っていたティートレイが落ちて隊員に当たった。


「キャッ。あぁ、失礼いたしました。お怪我はありませんか?」


メイドは慌てて隊員に粗相をしたことを詫びる。


「問題ない。消えろ小娘」


礼を一つすると、メイドは言われるまま部屋を出ていった。


「整備主任ッ!! 俺の機体はどうなってる!? ハンガーのは余所者の補給品か? そんなもんは後にしろ! 防衛隊の補給が先だろうが!!」


その声に彼女ラヴァリーは、すっと冷ややかな視線を向ける。


だが、声を荒げていた男はまるでラヴァリーがそこに居ないかのように視線を流した。


無視された事に対してラヴァリーはより強い視線を送る。


怒声や無視に対して、氷のような非難の視線を送る。


無視を続ける防衛隊員に改めて問いかける


「聞きなさい。整備主任は私と話している。兵站について確認したいことがあります。このお茶を飲み終えるまで、お静かにしていただけますか?」


用意されていたティセットを怒声を上げていた防衛隊員に差し出す。


「は? 茶だと? バカか?なんなんだ、てめぇ!」


ようやくラヴァリーの存在を認め、怒号と態度で応対した。


ガタンッと激しく椅子を蹴る音が響く。


「先程ご自分でおっしゃっておりませんでしたか? 援軍に来ました。よそ者です」


防衛隊員は黙り込む。


ラヴァリーは追い打ちをかける。


「大切なお話なのでしょうけれど、先に兵站について確認させてください。ワタクシにとって、とても重要なのです。兵站……言い方を変えましょう。ワタクシは補給の事を聞いているのです。あなたの要件は私の話より緊急度も重要度も高いお話なのですか?」

ラヴァリーは微笑を添えて畳み掛けるように話しかけた。


男は己の要求を通そうとラヴァリーを睨みつける。


「そうだ。最優先は私だ。兵站などお前が知ることではない。補給なら、そこらに弾薬があるだろう、勝手にとるがよい」


奸悪な雰囲気を感じ取り、ラヴァリーの仲間は慣れた様子で自分達のティーカップとソーサーをトレーに乗せ、部屋の隅に避難していた。


「弾薬が置いてある。それは問題ではありません。では問いましょう。後方に陣取り部隊指揮をなされる貴方はさぞ、お詳しいのでしょう? ここの兵站はどうなっておりますか? 特に弾薬について。貴方が言う弾薬についてですが、それは残り少ない貴重なこの都市全体で使う共有弾薬です。勝手に取るとは何事ですか?」


防衛隊員の前に立ちふさがり問いかける。


「それが不足しているのです。この程度では足りません」


「やかましい、黙っておれ」


「どうか、がなりたてずに私の話を聞いてくださいませんか?」


フンと鼻息荒くラヴァリーの問いかけを無視する。


「やはり…あなたでは話になりませんね。整備主任との話はすぐに終わります、最後の要件だけ聞きましたら終わりますので。こちらに……」


椅子に座って待つようにとジェスチャーを送る


「黙っていろ。お嬢様はすっこんでてくれ。援軍だかしらんが、たった数機で運良く敵陣を突破してきたからといって図に乗りおって。与えられた補給を受け取ってさっさと出撃せよ」


見かねた整備主任の八郎太は、心配そうに助け舟を出した。


「お嬢様、申し訳ないですがフォーヴェル隊長との話を先にさせてもらってもよろしいですか?」


ラヴァリーは少し驚いた表情していた。心の内ではこの無礼な態度をする者が部隊長とは、喉から出そうだった言葉を飲み込んだ。


だが、考え直すと、あえて隊長でしたかと小さく呟いた。


「補給については滞りなくやってますんで、先程のご質問は後ほどお答えします」


整備主任が慌てて取り繕い、トラブルを避けようと動いていた。


彼女は紅茶のカップをソーサーにそっと戻すと、整備長に目を送った。


ラヴァリーはこの健気な整備主任に免じてこの場を去ろうとした。


ラヴァリーは不敵な笑みを浮かべるとゆっくりと優雅に椅子を引き、立ち上がった。


「そうですか……ふむ。私は席を外しましょうか。では、のちほど」


ラヴァリーは食って掛かってきた男を一瞥すると


礼もせず凛とした声で「失礼」と優雅に気取った口調で言い放ち、外への扉に向かった。


そして並び威圧する防衛隊員の真ん中を割って避けさせ、しずしずと歩みを進めた。


整備主任八郎太はラヴァリーが話の通じない部隊長を説得することを諦めて、この場を去るのだと……これでトラブルは避けられたのだと思った。


「なんなのだ、あやつは。兵站がどうしたと……末端の兵士が知ることではない。砲弾、弾薬などなくても、騎士ならは白兵で敵を倒すものだ。気合いでどうにかするものだ。まったく。ふっ、文字通り……弾なしだから軟弱なことを言うのだな。辺境最強だとか狂犬だとか言われていたようだが。まったく噂話には尾ひれがつくものだな。所詮は薄汚れたご令嬢か……」


歩みを進めていたラヴァリーの動きが止まった。彼女の背中越しに八郎太は異様な空気を感じた。


どこからともなくスピーカーから緊張感のあるBGMが流れ始めた。


メイドが腕の端末でなにか操作をしていた。


「なんだ?この曲は?」


整備場のシャッターや扉がが次々に開いてゆく。


ドカンと大きな衝突音が発生した。ラヴァリーは外に出て近場にあったドラム缶を蹴り飛ばした。


それは彼女の怒りを象徴するように重く響く激しい音だった。


開かれたシャッターの奥へ、外部に繋がる通路にドラム缶はゆっくりと飛んでいった。床に落ちると、けたたましくガラガラと音を立て転がった。


全ての者がラヴァリーに注目した。


「兵站が」


鋭い氷のつららの如く、冷たく透き通る様な声をラヴァリーは投げつける。


踵を返し、元にいた部屋に歩みを進める。


監視カメラの首が下を向く。稼働中のランプが消灯した。


「なんだ? 何事か?」


あたりを走っていた整備ロボの動きが止まった。


「ネットが切断した? なにがどうしている?」


防衛隊員は腕の端末で情報を確認しようとしたが通信は非接続となり情報網から孤立した。


辺りには息が詰まる嫌な静けさが広がっていた。


ラヴァリーが扉を通り、部屋に戻ると一言大きめな声で注目を集めるように声を発した。


「兵站が」


ラヴァリーは己のスーツの携帯端末をいじると金属のカチャリという音が小さく響いた。


それは彼女がリミッターをかける音であった。


「兵站が勝敗を支配する」


ラヴァリーは注目を集めるように強くゆっくりゆっくりと罵倒した男に進み近寄った。


「私の言っている事を……理解できますか?」


その表情は恐ろしい程の熱量を帯びているのと同時に深海の冷たさを秘めていた。


「理解しておられない様ですね?」


呆れた様子で深い溜め息をつく。


「基地の雰囲気からある程度察していましたが、どうやら残念な感じのようですね」


「なんだと?」


「やや……感情的になっています。気分転換に教育の時間を設けましょうか」


彼女は微笑し静かに諭すように語りかける。ハンガーには作業者たちが集まっていた。


一歩、また一歩とラヴァリーは防衛隊員に歩みよる。唐突に手近にあった折り畳まれたままのパイプ椅子を片手で投げつけて隊長の横にいた防衛隊員の1人を倒す。


バゴッンと鈍い音がした。


ヘルメットに命中し、衝撃音が響いて男が崩れ落ちた。


防衛隊員たちはあっけに取られ、金縛りにあったかのように停止していた。


「どうしました? 仲間が倒れていますよ?」


その倒れた男に手のひらを向け指し示した。


「やれやれやれやれ。判断が遅い。戦うか? 逃げるか? 即座に判断するものですよ? まだ状況を理解できていませんか?」

防衛隊員が言葉を失い硬直する中、ラヴァリーはなおも微笑を崩さぬまま語りかける。


「では、シンプルに致しましょう」


ラヴァリーは戦闘態勢に入り、手のひらを上向きにして手招いた。


「かかってきなさい」


その挑発にやっと状況を理解し、怒り心頭になった防衛隊員達は動きを見せる。


「フォーヴェル隊長!! よろしいですね?」


隊長と呼ばれた男は顎を動かしで戦闘開始を促した。


部下と思われる男達がてめぇと悪態をつきながら殴りかってきた。


「よろしい、やっと状況理解したようですね。では、簡潔に申し上げます」


いとも簡単に攻撃を捌き、ラヴァリーは残った防衛隊員に語りかける。


「兵站は大変重要な事柄です」


敵がいくども攻撃をしかけるが、いなし、かわして簡単に捌かられる。


防衛隊員は数人で攻撃を仕掛ける作戦を取るが簡単に捌かれカウンターをもらい、次々に倒れることになる。


「薄汚れた狂犬め!! 女だからと言って加減しないぞ」


次々に別の隊員が攻撃に出る。だが同じように倒れされてゆく。


最後尾にいた防衛隊員は腰の銃に手をやる。


ラヴァリーはすぐさま危険を察知して、手短な防衛隊員を大技で吹っ飛ばして銃撃しようとした者ごと壁に叩きつける。


べたんと鈍い音を響かせて男達は倒れ込んだ。


「手早く判断して飛び道具の一つでも用意していれば、白兵などしなくても、ワタクシを制圧できたかも知れませんのに。必要なときに必要なものを整えてください。でなければこうなります」


右手のひらを上向きにして倒れた二人の方向へ示す。


そうして彼女は静かにだが威圧的に歩み寄る。


「兵站、と言っても狭義が広いのですが。補給についてにしましょうか? 軍とは、戦闘だけで成り立っているわけではありません。必要なときに、必要なものを、必要な場所に、必要なだけ。それらが整えられてこそ、戦闘が成り立ちます」


男が倒れた時に落としたのか床に転がっていた銃をラヴァリーは拾った。


マガジンを抜き、弾倉に残っていた弾を抜く、空のマガジンを相手に見せつけるように掲げてから、ポイと放った。


「このように、弾薬がなければただの鉄の塊です。これでは身を守れません。銃に弾丸が入っていなければ危機に陥ります。対処としては貴方方のように殴りつけるくらいでしか戦えません。これでは消耗するばかり。貴方のおっしゃる、気合では敵陣は抜けません」

「うるさい。その口を塞いでやる」


ラヴァリーは徐ろにマガジンが抜かれた銃を投げつける。


銃を受け止めた男はニヤリとする。だが即座に飛び蹴りが男の顔面に叩きつけられた。


華麗に着地するラヴァリーに次々と殴りかかる男達ではあったが華麗な技で捻り潰されてゆく。


呆気にとられて棒立ちであった、最後の一人となった隊長は我に返って銃を抜いた。


だが、ラヴァリーは即座に手近にあったティーカップの皿を物凄い勢いで投げつけた。


陶器が砕ける音が鋭く響く。それは陶器が出していい音ではなかった。


隊長は顔面に皿をくらい激しく動揺する。意図しなかった激痛の為に顔を手で覆う。


「まだ、教育の時間は終わっていませんよ? ホラ、足元がお留守です」


ラヴァリーは足払いを繰り出し、最後の敵対者となった防衛隊長を倒した。


まるでダンスをするように優雅に、華麗に、一方的に、制圧は完了した。


あたりを見回して敵対する者がいないことを確認すると床に落ちた銃を相手に視線を定めたまま警戒しながら拾い上げる。


その手に取った銃を手短に確認し終わると、可愛らしくフフンと防衛隊長をあしらった。


「あら……こちら。整備不良で撃てませんよ。それに軽いと思ったらマガジンが入っておりません、これでは……どちらもタマナシではありませんか……」と言い放った。


「お嬢様、はしたないです。もっとお上品に」


ラヴァリーはメイドに目配せして、倒れている相手を見下ろした。


「ティータイムを邪魔されたので少々と、失礼いたしました」


ラヴァリーはいつのまにかにティーセットをトレーに用意していたメイドからカップを受け取る。


新たに淹れられた紅茶を一口、深く楽しんだ。


「まったく、劣勢だったから強行して来たというのに。この歓迎ぶりとは。一体どういうことですか。あなた方、現場の苦労はわかります。でも、兵站を、補給を軽んじる者が戦いを破壊するのです。まだまだ教育が必要のようでうが……見込みがなさそうですね」


倒れた相手に酷く残念がった様子で言葉を投げつけた。


整備長の端末から通信音が鳴り響いた。内容を確認するやいなや整備長が口を開いた。


「お取り込み中に失礼します。あの…お嬢様、補給、完了したようです」


ラヴァリーは整備長に軽く会釈した。


「ありがとう。あなた方のような優秀な方がいるから、戦線は維持されているのですね。感謝を」


扉の外をちらりと見ると何事かと見にきた他のスタッフが集まっていた。


「あ、そちらで倒れていらっしゃる方は問題ありませんよ。レクリエーションです。はしゃぎすぎて滑って転んで軽い脳震盪で倒れているだけです。治療の必要はありません。皆で仲良くしただけですから。ただ、彼らは死ぬほど疲れて眠っているだけです。そっとしてあげてください。それでは皆様、ごきげんよう」


倒れ伏した者たちを横目にラヴァリーは歩みを進め、その場を去った。


整備場に響き渡る彼女の足音が甲高く軽やかに響いた。


ラヴァリーのメイドがクククと静かに笑い、ラヴァリーに駆け寄った。


「お嬢様、せっかく、アタシが活躍しようかなって、奴らの銃に細工をしておいたのに意味がなかったじゃないですか」


「よく、あの短時間で細工をしたな」


「フフフ、腕は落ちてませんよ。ついでに奴らの作戦データとかデータを引っこ抜いておきました」


「また、危険なことを。だが、私のためにだな。ありがとう」


「どういたしまして。お嬢様」


二人は軽く笑い合うとハンガーをあとにした。



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