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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

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38話

「犬だろ、これもぅ。犬ドックだよ!! なんで春の狂犬病特設会場になってんだよ」


八郎太は叫んだ。


「マッツがドジッたからである」


シーケイが嫌味ったらしく呟いた。


動物病院内に入ると新たな騒動が発生していた。


待合室で箱から出たパティスが威嚇を始めて、やんのかステップをする。落ち着かせようとラヴァリーが手を伸ばすが、マッハ猫パンチをお見舞いする。


ハチは落ち着きを取り戻し、呟いた。


「完全に猫だな。大きさ的に子供の虎にも思えてきた」


ラヴァリーはやっとの思いでパティスを捕まえて治療室に向かった。


注射を終えて出てきたら、完全に人間不信になっているパティスがいた。目が釣り上がり、人間に近寄ってこなくなった。部屋の隅で謎の呪文を唱えていた。


ラヴァリーはパティスが固まるのを見て言った。


「やぁ、いちばん大変なのが終わった。さぁ次はアルヴァだ。おいでアルヴァ」


次に注射を受けるのはアルヴァである。


待機室で他の犬猫に興味を持って、愛想を振りまき、お友たちになって仲良くしていた。


上機嫌になり、自分の名前を呼ばれたことに気がつくと、足取り軽くラヴァリーに近づき抱きかかえられた。


やはり上機嫌のままラヴァリーにしがみつき治療室へ運ばれていった。


「アルヴァの奴、自分に注射が打たれることを完全に忘れて犬猫と遊んでいたな。あれはそういう動きだ」


マッツが言い終わると同時にアルヴァの悲鳴が聞こえた。


「騙したなー!! 嘘つきー!」


マッツはおもろに祈りを始めていた。宗派は見たところわからない感じである。よくわからない手の動きで空中に謎の軌道を描いていた。

「お前たちのためなのだ。我慢せい」


治療室から騒動の音が聞こえた。


ヒンヒン泣き出しているアルヴァの声がする。


「まだよー、お注射打ってませんよー。まだですよー。打ってもいないのに打たれたような悲鳴あげないでください」


「痛くないよー。他のワンちゃん怯えちゃうから辞めようねー」


「針を見るから怖いのよ。見ちゃ駄目よ。じゃぁ、腕が嫌ならお尻にする? 針が見えないから怖くないと思うの。あ、お尻は嫌なの? 女の子だもんね。恥ずかしいよね。じゃ、腕にしましょう」


「いいこねー、静かにできたねー。あら、ちょっと今度はプルプル震えだした。手元が狂って、お注射が危ないから落ち着こうねー」

八郎太は呟いた。


「ワンちゃん扱いされているが良いのか?」


「あのナース、慣れておるな。これなら安心だ」


別の部屋と思われる犬の悲鳴が聞こえた。


「怖くないよー」


なだめるナースさんかな?


「お注射できるよ」


優しく諭しているな


「あぁ出来ないんですぅー! ああできないようぅ! 」


「他の子もしてるからね?出来る出来る」


ナースさん必死に宥めてる。


「できないんだようぅ!ああ 出来ない」


犬だよな?この犬の鳴き声だよな? やけにヒトっぽいけども。


しばらくすると、飴をもらって足取り軽く嬉しそうなアルヴァが治療室から出てきた。


ラヴァリーは大きな仕事を終えたような清々しい様子で出てきていた。


「ふー、アルヴァも終わった。次はラーズだ。ラーズ? どこだ? お前そんなところに隠れて……」


名前を呼ばれると隠れるラーズだった。机の下に隠れようとするが、頭しか隠れていなかった。


ラヴァリーはラーズを見つけてむんずと掴み、治療室に連行した。


ラーズは掴まれると覚悟をしてプルプルと小刻みに震えていた。


「残る二人、ティール、ディースのパターンは読めたぞ。私には見えるぞ。予言しよう。治療室から出る時に飴もらって、気持ちドヤ顔になっていると」


「ハチ。良い勘をしているな?」


予言は的中して、ティール、ディースは入る時は抵抗しまくってギャーギャー言っていたのに、出ていく時はクッソドヤ顔で凛々しく出て来ていた。


注射を終えて、隅っこにあるソファーに強化兵の5人を集め座らせると、ラヴァリーは後方お姉ちゃん面で眺めていた。


「いい子だ、お前たち。ここで大人しくしているんだぞ」


マッツが近づき彼女らを労うと、ラヴァリーを見た。


「次はラヴァリー、お前さんの番だ」


そう言ってラヴァリーを治療室へ行かせた。


待合室に帰ってきた強化兵たちはお利口にして待っている。


一息ついたので、マッツに語りかける。


「この子たち、なんか感情豊かになってませんか? こっちの方向で治療方法見つけたほうが早そうじゃないですか?」


「駄目なのだ。やったのだ。やったのだが駄目だったのだ。幾人もの研究者が沼にハマり絶望していったのだ。この方向では問題は解決しないのだ。少なくとも俺やこの研究をする者が、この研究は行き止まりであると考えている」


マッツのいつもとは違う悲壮感溢れる言いざまに、ハチは驚いた。


話題を変えたほうが良さそうだと判断して、少し考えてから口を開いた。


「それにしても、なぜゆえに動物っぽい行動になるんだろう。犬の遺伝子でも入れたんですか? 犬だかの何かしらが入っているとしか思えないんです。っていうか、あの、マジで強化兵が従順になるためにとかで犬の遺伝子とか入れてません? 行動パターンとか犬じゃないですか。猫っぽい子もいますけど」


「ミュータント計画、犬娘か? そんなバカなことするものか。ミュータント計画なぞ禁忌の技だ。いや、あの国なら……まさかな……あるわけがない。だいたい遺伝子的にもそんなモノは入っていないのは確認済だ。後天的に発現したとしても、性質を得るためにそんなモノ入れようとしたら異常が起こる」


「じゃぁどうしてこんなに……」


「わからん。だが、しばらくするとまた感情が抑制されるようになる」


「なんなんですかね、これ」


「まったくわからん」


マッツは黙り込んだ。


八郎太はソファーに座る強化兵たちを見た。アルヴァは飴を舐めながら、隣のティールに話しかけている。ティールは無表情だが、時々頷いている。ディースは窓の外を見ている。ラーズは優雅に座り、パティスは相変わらず隅っこで丸まっている。


「でも……」


八郎太は言った。


「でも、この子たち、今は確かに生きてますよね」


マッツは八郎太を見た。


「生きている、か」


「はい。怖がって、泣いて、喜んで。それって、生きているってことじゃないですか」


マッツは長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。


「そうだな。お前の言う通りだ」


その時、ラヴァリーが治療室から出てきた。


「ただいま」


彼女の目は潤み、少々鼻声になっていた。ロイヤルな手振りをして、そしてドヤ顔をしていた。


八郎太は心の中で叫んだ。


あんたもかい!! いつもの凛々しく気高い姿はドコ行った。


「ンンッ!!」


「はい終わったー。みんな、終わったよー!帰ろっか!」


ラヴァリーが言った。


まるで幼稚園か保育所の先生だな。鼻声だけど。


マッツが立ち上がり、強化兵たちに声をかけた。


「よくやった、お前たち。さぁ、帰るぞ」


強化兵たちは立ち上がった。アルヴァは嬉しそうに、ティールとディースは凛々しく、ラーズは優雅に、パティスは不機嫌そうに。


病院を出ると、夕暮れの街が広がっていた。


八郎太は思った。


「感情がないのではなかったのか?」


心の声は漏れ出る。


マッツは腕を組んでその問いに応える。


「これだけはわからん。さっぱりわからん。これで感情が戻るきっかけになればと思ったが、分析してもさっぱり変化がなかった。戦闘のストレスと注射のストレスではな、釣り合いが取れんわな」


八郎太は黙って歩いた。


この件の噂が広まるかも知れない。


ワイルドハントではなく、ワンちゃんネコちゃん部隊になるやも知れないと。そんな内容が頭によぎった。この状況は強化兵の名誉のためにも情報統制する方向が良いのだろうと思っていた。だが、普通に通行人や病院で見られているから、噂が立つのも時間の問題だとも思った。


きっと微笑ましい噂になるんだろうなと思ったら、少し笑ってしまっていた。


そして、その日の夕食は、いつもより少し豪華だった。

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