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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

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37話

その時、ラヴァリーが近づいてきた。


その隣には、いつもの無表情な強化兵たちが整列していた。


アルヴァ、ティール、ディース、ラーズ、パティス。五人とも相変わらず感情の読めない顔をしている。ただ、アルヴァだけは時折、マッツの方を見て僅かに首を傾げるような仕草を見せていた。


「待たせたなマエストロ」


「皮肉を言いたい時にその呼び方を使うのだな、お嬢」


「今回は君のミスだ。構わないだろう?」


「やむを得まい」


マッツは不満そうに応えると、強化兵たちに近づいた。そして全員の腰のベルトの金具にリードを取り付けた。


マッツが強化兵たちに適当な理由をつけてリードを付けたことを納得させていた。


「揃ったか。では行くぞ、ハチよ。コイツを持て」


ディースに付いていたリードを渡された。言われるがままに持って歩き出す。


強化兵たちは相変わらず無表情で、黙々と歩いている。アルヴァだけが時折、周囲をキョロキョロと見回していた。


八郎太はマッツに病院や注射という単語を避けつつ問いかけた。


「なんでこんなふうに?」


「あれは俺とこの子たちが研究室にいた頃。亡命する前だ」


「あの、話が長そうなら要点だけまとめて3行でお願いします」


「お前……では、ある場所の雰囲気がこれから行く所に似ている。嫌な記憶が呼び起こされるのだろう。よくわからんが、この時は感情が発露する」


「オーケー了解。完全に理解した」


「えっと、まぁこの子たちにとって必要なことなんですね」


「そうだ」


しばらく歩くと、街の風景が変わり始めた。建物が少し古びて、看板に動物の絵が描かれたものが増えてきた。


大きな看板にペットクリニックと書かれている。


すると、事態が急変した。


それまで無表情で黙々と歩いていた強化兵たちの様子が一変した。


その時、先頭を進む八郎太が街の角を曲がると、病院の存在にアルヴァが最初に気がついた。


「あ、あれ……」


声が震えている。


次にティールとディースが立ち止まった。二人の目が見開かれ、病院を見つめている。


ラーズは優雅な動きを止め、後ずさりを始めた。


「ええい、普段は戦闘など恐れもしないというのに、病院に気がつくと手がつけられなくなる」


マッツが呟いた。


「注射は怖くないのだが、動物病院は注射がチクッとするタイプでな。なぜか古いタイプを使い続けているのだ。それで嫌がる」


強化兵たちはリードを一杯にして逃げようとする。


アルヴァは必死にリードを引っ張り、「いやだ、いやだ」と小さく呟いている。


ティールとディースはそれぞれ八郎太とマッツを引きずり始めた。


ラーズは隠れる場所を探してキョロキョロしている。


パティスはなんともない様子で歩いていた。


八郎太は驚いた。


「完全に犬だな」


「意地でも行きたくないという気迫を感じる」


マッツは苦笑いした。


ラヴァリーがアルヴァを抱えて運ぼうとする。


「サイボーグなのである程度耐えられる」


アルヴァはゴールデンレトリーバーの子犬のように運ばれていた。


「ただの強化兵が特別なサイボーグの強化兵に勝てると思うなよ?」


ラヴァリーは余裕のある笑みを見せて微笑んでいた。


「ハチは一般人だから気をつけろ」


八郎太は叫んだ。


「じゃぁなんで俺に持たせたぁぁぁぁあぁッ!!」


「力で引っ張るんじゃない。彼らの行きたい方向と反対側にグッと一瞬引くのだ。そうしたら言うことを聞いてくれる」


リードを付けて引きずられるマッツとハチ。ティールとディースはシェパードとハスキーの子犬のように必死に抵抗している。


「覚悟決めても駄目なものはダメだー。この強化兵強いよぉ。流石すぎる! ターンして振り回されるぅん。振り回さないでぇぇ」


マッツが叫んだ。


「止まれと言え!」


「とまれとまれとまれぇー!! やったよ。言ってるけど言うこと聞かねぇんだよぉぉぉ」


「いけるかなと思ったんだがな」


「できるわけねぇだろうがよぉぉぉぉ」


八郎太は必死に抵抗するディースに引きずられながら叫んだ。


「ボール遊びか? ボールで遊ぶんだな? サッカーか? 野球か? バスケでもいいぞ!」


引きずられていく。


「俺はヤルぜ俺はヤルぜ俺はヤルぜ。ヤルならやらねばヤルときヤラればやってやるぜ!」


気合の入った様子で引きずり、ラヴァリーたちの周りをぐるぐる周り走っていた。


一方、シーケイはいつの間にか用意していた箱付きカートに巧みにパティスを誘導して入れていた。


そして、ラーズをオヤツで誘導して歩みを進めていた。


「はーい、飴ちゃんですよー。あっ、ちょっと、噛み砕かないの。舐めて、舐めるの。目を離した隙に一瞬で噛み砕いちゃった。いいですか? 舐めるんです。ほら、もう一個あげますから。いいですね、舐めるんです。そうそう、いい子。舐めて食べ終わったら、今度はイチゴ味あげるからねー」


車輪付きカートの箱に入れられているパティスは、シーケイの片手に握られた紐で引っ張られて運ばれていた。


パティスは「ムー」とか「ムニャムニャムニャ」とか呪文のような呻き声と黒いオーラを発生させて抗議をしていた。


八郎太は引きずられながらもその光景が目に入った。


「目の錯覚だな、黒いオーラなんて見えるわけがない。疲れてんだな俺」


ティール、ディースは相変わらず疲れも知らずに八郎太とマッツを引きずり回していた。


見かねたラヴァリーはティール、ディースの名前を呼ぶ。すると二人は停止して、ラヴァリーを見た。


「ほぉら、ボールだよ」


二人の目の前で手に持ったボールを右へ左へと動かした。


ティールとディースはそのボールを目で追う。


するとラヴァリーは病院の開いたドアの中にボールを投げ込んだ。


次の瞬間、ティール、ディースはリードを持つ何かを諦めたマッツとハチを引きずりながら病院に突入した。


マッツは無言で、ハチは「もうどうにでもなれぇぇ!」と叫んでいた。


「今だ!! 全員突入。最後の者は扉を閉めるのを忘れるなよ」


ラヴァリーはチャンスをものにした。


しかし、部隊ワイルドハンズの修羅場は始まったばかりであった。



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