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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

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34話

金属の焼ける臭いと、焦げ付いた回路の異臭が充満するトンネルには、シーケイの荒い息遣いが響き渡っていた。彼女は自身の物と自称するストライドユニットを見て狼狽えていた。


強化外骨格を脱ぎ捨てて前のめりになり、ぜえぜえと苦しそうに呼吸している。


爆破阻止の任務を終えたばかりのその姿は、全身が爆薬の煤や砂煙にまみれ、まるで激しい戦闘をくぐり抜けたどら猫のようだった。

「ちくしょう……ちくしょう! ぜんぶ、ぜんぶ私が! 私がいなかったら!! 皆どうなっていたか!!」


シーケイは、自らが大事にしているストライドユニットの残骸を蹴りつけた。彼女の背後には、青い服を着たマッツが、落ち着いた様子で立っていた。


「マッツ! 何度も呼び出ししてんのに無視しやがって! なんで出なかった! グリンブルスティちゃんが、アタシのグリンブルスティちゃんが、こんなに傷だらけに!! これじゃぁ使いモンにならねえじゃねえか!」


グリンブルスティ。北欧神話に登場する、豊穣神フレイの愛用する黄金の猪だ。シーケイはこのストライドユニットの非公式のコールネームとしていた。


彼女にとっては何よりも大切な相棒であるらしい。


「お前、何してんだ! クソオーディーン!! ころすぞ!」


シーケイは怒りに声を震わせ、振り返ってマッツを睨みつけた。


マッツは眉一つ動かさない。ただ、シーケイの罵倒と要求に静かに応える。


「何度も呼び出し? オーディン?」


「お前のコールネームはODだろがい!!」


「あまり呼ばれんから忘れていたよ。みな、マッツと呼んでくるからな」


マッツの言葉に、シーケイは一瞬言葉を失う。


「あ。ああ、オーディ…ODか。そうかそうか! オーディンか。どっかで引っかかっていたんだよ」


なんかずっと頭に引っかかっていた謎がようやく解けた。


「オイ! てめぇもだ。俺のグリンブルスティちゃんをどうしてくれんだ! お前が操縦してたんだろ!! ハチィ!!」


「その剣幕は何だい、シーケイ。落ち着きたまえ。他の任務も立派にこなしてくれたようだが、ユニットの損傷でそこまで熱くなるな」


「んだとマッツ!! 熱くなるなって? てめえのスレイプニルから部品ぶんどってでも修理するからな! 覚悟しとけ!」


シーケイはまくし立てるようにマッツにガミガミと言い放った。


スレイプニル。これまた北欧神話、最高神オーディンの愛馬にして、八本足の神馬だ。


「グリンブルスティ Gullinbursti AT-GBS、いや、これわっかんねぇよ。SLRはSleipnirからスレイプニル? わからんわ!」


八郎太は困り顔で首を傾げた。


マッツは鼻の頭を軽く掻く。


「スレイプニル? それはAT-SLRのことかね。戦没者の追悼式で傍にあっただろう、八脚のストライドユニットだ。あんな旧型、もはや記念品だぞ。部品が合うわけがないだろう」


シーケイはさらにヒートアップする。


「八脚? まったく、神話の愛馬から名前を引っ張ってくるところからして、オーディン気取りのクソジジィ!!」


「自分で言った覚えはないのだがな?」


「その青い服着てロマンスグレー気取りやがって。よくその目で端末の画面見てみやがれ! てめぇの呼び出し名称を!」


マッツは首をすくめる。その動作には、どこか達観したような、あるいは面倒くさそうな諦念が滲んでいた。


「最近は歳でなぁ。老眼でよく見えんのだよ」


「ウソぶっこいてんじゃねぇよ! このオーディン気取りがよう! これ以上とぼけたら、その目で端末の画面がよく見えるように、片目ひん抜いて、近くから見せてやろうか? 端末に押し付けてよぉ!!」


「やめておくれ。これでも私の青い瞳は妻が気に入ってくれていたのだ。コールネームは自分でつけたが……」

「やっぱりオーディン気取ってんじゃねぇか」


シーケイは呆れたような、しかしどこか力が抜けたような声でつぶやく。


マッツは穏やかな笑みを浮かべた。


「そんなだいそれたものではない。ただ、この青は妻が気に入ってくれていたから、今も着ているだけだ」


シーケイは、一瞬マッツのその言葉に、胸の奥を突かれるような感覚を覚えたようだった。


なんか亡くした妻さんのことを出してくるのは辛くてそれ以上は問いただせない。ソンナの引き合いに出されたら何も言えなくなるわな。


つい口の中で呟きそうになったが、はすぐに思考を切り替えた。今は感傷に浸っている場合ではない。


「だが、ひとまずはヒートアップしたシーケイを宥めないと」


シーケイの爆発的な怒りの感情が収まり、冷静な理性が顔を覗かせ始めた。


八郎太は、その隙を見逃さなかった。


「シーケイさん! シーケイさん! 素が出ちゃってます! 隠して! 隠して!」


ハチは周囲に聞こえないよう、必死の形相で耳打ちする。ラヴァリーのお抱えメイドとして、そしてシーケイという人間として、あるべき姿があったからだ。それは、諜報員とはかけ離れた、極めて上品で、優雅なメイド的な口調と態度だった。


ハチの警告に、シーケイはハッと我に返ったように一瞬目を丸くする。


そして、次の瞬間、まるで仮面を被り直したかのように、彼の態度と口調が豹変した。


「あらいけない。ワタクシとしたことが、オホホホホ」


シーケイは、先程までの凄まじい怒りを完全に消し去り、指先で口元を隠すような仕草をしながら、高く澄んだ声で笑った。


「失礼いたしましたわ、ODさま。わたくしのグリンブルスティがひどい損傷を負いまして、わたくし、ついヒートアップしてしまいましたの。粗野な言葉遣いをしてしまい、品がなくていけませんわね」


その変わりように、マッツは一瞬目を細めただけで、すぐに平静に戻った。


ハチは、シーケイが怒りのあまりに素を曝け出したことに内心ビビっていた。


「シーケイさん、ODさん、申し訳ありません! オレが操縦ミスったから! すみません、この後、修理しますから。綺麗にします!」

「結構ですわ、ハチ。ワタクシのグリンブルスティの修理は、ODさまにお願いします。ハチさんは命令されたのを実行したに過ぎません」


シーケイはストライドユニット、AT-GBS、グリンブルスティの前に立ち、優雅な仕草で両手を広げた。


「では、ODさま。わたくしにとびっきりの修理を、期待しておりますわ。きっちり修理しろや。クソジジ!!」


最後まで隠せよぉ……。

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