33話
ラヴァリーの機体は、満身創痍ながらも力強く立ち上がっていた。マッツからの通信が入る。
「アルヴァ以外は全員生存確認した。瓦礫に埋まっているだけだ。崩落や爆発の衝撃で気絶してるのがほとんどだが、命に別条はない」
その報告に、ラヴァリーの機体は片腕を上げ、静かにサムズアップした。内心の安堵が、わずかに機体の動作に現れた。
その頃、ヴェストファーレン伯爵は、ラヴァリーによって完全に無力化された機体から、醜悪な汗を流しながら這い出していた。彼の白い装甲服は破損して惨めな姿になっている。顔は恐怖に引きつっていた。
「ひ、ひぃ……」
ラヴァリーの機体は、その巨体で、ホラー映画の悪役のようにゆっくりと、一歩一歩、伯爵に歩み寄る。金属の足が地面を踏みしめる度に、重い地響きが伯爵の鼓膜を震わせた。
伯爵は、そのゆっくりとした恐怖から逃れるため、必死に足を動かし、近くにあったトンネルの入り口へと走り込んだ。トンネルの先には、観測所の事務棟がある。
伯爵は、事務棟の扉を蹴破って中に逃げ込む。しばらくして、伯爵が顔面蒼白になって飛び出してきた。彼の目線は、まるでそこに何か恐ろしいものがあったかのように、逃げ込んだ扉を凝視している。
ラヴァリーの機体は、不思議に思って動きを止め、その扉を少し眺めた。
「貴方には聞きたいことがあるんです」
ラヴァリーは、逃げ惑う伯爵に向けて、さらにVFを詰め寄せる。
「ひえぇぇ!」
伯爵は、汚い悲鳴を上げた。
「どうした? なぜその部屋に逃げ込まない? 少しは時間稼ぎが出来るだろう? 何を怯えている? 私に怯えろ。竦め。今までの所業を後悔しながら死んでゆけ!!」
その時、伯爵が逃げ込んだ事務室の扉に、激しい音と共に、何かが内側から突き刺さった。扉が内側から破壊されているのだ。
破壊された扉に、巨大な穴が開く。その穴から、強烈な光源が漏れ出し、伯爵やラヴァリーの視界を焼き付けた。
うわっ…まぶしい!光ってる!
光源が消えると、開いた穴から、全身に煤と血を浴びたアルヴァが、傷だらけの戦闘服姿で姿を現した。目は、戦闘の激しさからか、狂気めいた光を帯びていた。
「生きていたのかアルヴァ! 心配したぞ! おい、血まみれじゃないか」
ラヴァリーは知らずと安堵と怒りの混ざった声で叫んでいた。
「少し頭をぶつけちゃって、切れちゃっただけ。見た目ほど酷くない」
「それなら……それはそうと無事なら連絡を入れろ!」
アルヴァは、穴から半分体を出しながら、困ったように首を傾げた。
「ただいま。堕ちた時に携帯通信機ぶつけて壊しちゃったんだ。受信はできたんだけど、発信ができなくて。でも、ちょっと待ってて。あれ?ドアが開かないや。こいつ……殺せない。困ったな」
アルヴァは、手に抱えた斧を握りしめ、破壊された扉の破片を呆然と見つめていた。伯爵が出入りした直後に、扉が施錠されてしまい、彼女が伯爵に追いつくのを妨げていたのだろう。
「少し離れろ」
ラヴァリーのVFは、その巨大な指先を扉に向け、まるでデコピンをするかのように叩きつけ、扉を完全に粉砕した。
アルヴァは、開いた通路から即座に飛び出し、斧を抱えたまま、パニックになっている伯爵のもとに獣のように駆け寄った。
「アルヴァ待て!! ソイツには聞きたいことがある。スティ、スティ、スティ!! お仕置きしっかりするから。ストップ!ストップ!」
ラヴァリーは、興奮して伯爵に詰め寄るアルヴァを静止しようと、慌てて叫ぶ。
伯爵は、その隙を突いて逃げようと足掻くが、アルヴァはそれを許さない。
「トマホークブーメラン」
アルヴァの手から放たれた戦術斧が、ブーメランのように風を切って唸り、回転しながら伯爵の足を掠める。
伯爵はもんどりうって酷い体勢になる。
そして、信じられないことに、伯爵が股を開いて倒れたその間に、戻ってきた斧が刺さった。伯爵の股間の装甲部分を掠り、地面に深々と刺さっていた。
「……!!!」
伯爵は、声にならない悲鳴を上げた。
「ラヴァリーに酷いことした。私の部隊にも。万死に値する。貴様を断罪させてもらう!」
アルヴァの目は、理性という膜が剥がれ落ちた、純粋な怒りの光を放っていた。
そのアルヴァは標的が動けなくなったことを悟り、ゆっくりと確実に歩み寄る。
「ヒッ!」
伯爵は、命の危機に晒され、本能的な恐怖に震えた。
「待て、待て待て、アルヴァ。落ち着け!」
ラヴァリーは、VFの手ででアルヴァを押しとどめる。
「私だけでなく、ラヴァリーやハチまで殺そうとした。許せない! ラヴァリーどいて! そいつ殺せない!」
アルヴァは、まさに今すぐ伯爵を処刑せんと躍起になっている。
「スティ、ステイ、スティ。ひっ捕らえてハンター組合に突き出すから! 私が斬り刻みたいのを我慢しているんだ。こら止まれ。そいつは生かせ。証拠は充分に揃えたんだ。だから止まるんだ。プランBだ。プランB」
「わかった……」
アルヴァは不満げに呟いた。
ラヴァリーは、どうにかアルヴァを静止させることに成功した。
「さてと、では……諦めて縄につけ。くされ貴族。今度はこちらが私刑を執行しても構わんのだぞ?」
ラヴァリーは、伯爵に降伏を促す。その時、ラヴァリーの巨体と、アルヴァの血塗られた姿に挟まれた伯爵は、ついに精神の限界を迎えた。
「や、やめろ……その女を近寄せるな……寄るな……恐ろしい……やめろ……」
伯爵は、口から泡を吹き、全身を痙攣させながら暴れ始めた。彼の心の中で、アルヴァに対する恐怖症が発動し、完全に精神崩壊を起こした様子であった
「うわぁぁぁぁ!近づくな!戦闘人形が!うわぁぁぁぁ!」
対象が暴れるため、危険と判断したアルヴァは、即座に彼の装甲が剥がれ落ち、無防備となった股間に向けて、キツイ蹴りの一撃を入れた。
「無力化を実行、目標を拘束とする」
アルヴァは、冷静な口調で報告したが、その目の奥にはまだ激情が燻っていた。
ヴェストファーレン伯爵は、白目を剥いて意識を失い、倒れ込んだ。
ラヴァリーは、その気絶した伯爵を眺め、アルヴァに視線を移して、笑みを浮かべていた。
「それにしても随分と感情が豊かになったじゃないか、アルヴァ」




