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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

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32話

ラヴァリーは単機、親衛隊を相手に奮闘していた。しかし、通信機には絶望的な報告が響き渡る。


「ラヴァリー!各戦線が限界だ!キメラタンクの数が多すぎる!こちらがいくら抑えても、主力部隊が後退を余儀なくされている!」

各地で戦いは起こり、戦況は劣勢に傾いていた。その通信を聞いていたビストファーレン伯爵は、冷酷な笑みを浮かべ、すぐさま次の命令を下した。


「全隊に告ぐ。トラップを作動させろ。街を守るためだとでも言って、この一帯の地下に仕掛けられた爆薬を起爆。大規模な落とし穴を生み出すのだ」


伯爵が言うトラップは、ラヴァリにとっては調査済の情報だった。いざという時の敵への大損害を狙った広域爆破であり、同時に彼にとっては、邪魔な存在を一掃する絶好の機会でもあった。


「いいか、目標は敵だけではない。あの女とその仲間、ワイルドハントの連中もろとも、まとめて爆破して鎮圧する。そして、あの忌々しい強化兵施設もだ。人命などどうでもいい。すべてを瓦礫にしろ!」


この命令は、施設内にいる強化兵への、冷酷非情なものだった。伯爵は、強化兵を戦闘人形として利用する計画が白紙に戻ったこと、そしてそこに投じた巨額の金が溝に消えたことだけに、苛立ちを覚えていた。


「チッ、全く。あの忌まわしきラヴァリーの両親が残した技術。あれを有効活用するどころか、無駄な出費ばかりかけさせおって。結局、人の技術を弄ぶ程度の代物だったか。血統こそがすべてなのだ」


伯爵は、ラヴァリーの両親が命を懸けて開発した技術を、まるで埃のように扱い、唾棄すべきものと決めつけた。その傲慢な侮辱が、通信を通してラヴァリーの耳に届く。


その時、戦場に異様な轟音が響いた。ラヴァリーの友軍機、アルヴァが駆る機体が、一機の別種のキメラタンクを撃破したのだ。しかし、そのキメラタンクは撃破と同時に爆発を起こし、その炎の中にアルヴァ機は巻き込まれ、通信は途絶した。


「アルヴァ!」


ラヴァリーの顔が、絶望的な怒りで歪む。彼は満身創痍の機体を無理やり動かし、仲間を救うべく爆炎へと飛び込もうとした、その瞬瞬間、4機の紋章騎士のVFが、ラヴァリーの周囲を隙間なく取り囲んだ。彼らは、伯爵の直属の部下だ。


「良い仕事です」


伯爵からの通信が、皮肉を込めて入る。


「その位置はベストです。流石、あなたは強いですからね。単機で親衛隊をここまで翻弄するとは」


伯爵の声音は、獲物を追い詰めた捕食者のそれだった。


「ですが、罠には勝てません。消えていなくなりなさい」


伯爵がそう言い放った瞬間、ラヴァリーの機体の足元の地面が、激しい爆音と共に崩落した。それは、伯爵が仕掛けたトラップの一部、ラヴァリーを狙った局所的な起爆だった。


ラヴァリーの機体は、紋章騎士たち、そして巻き込まれた強化兵の機体数機とともに、深い大穴へと姿を消した。




崩落の轟音と煙が渦巻く中、強引に突入してきた1機の異形な機影があった。


八郎太とマッツが駆る、ストライドユニットだ。


「ラヴァリー!!」


八郎太が叫びながら、ストライドユニットをバックで急停止させる。彼の機体のコンテナハッチが開き、中から錨のようなものが射出された。八郎太は、落下し、煙の中に消えるラヴァリーの機体めがけて、それを投擲した。


「悪あがきを……さて、引き上げ失敗したようですね。ロープを忘れるようでは助けられませんよ」


伯爵の通信が、嘲笑と共に響く。


「あなた達には聞きたいことがありますから。ゆっくりと尋問させて頂きます。お前たち、捕らえよ」


八郎太とマッツは、ストライドユニットから降ろされ、紋章騎士たちに囲まれ、拘束された。




伯爵は、紋章騎士に悠然と次の指示を下した。


「よし。当初の砲撃による誅殺は、砲兵司令官が変わったせいで実行できませんでしたが、施設ごと爆破でようやく仕留められましたか。面倒な女っだったが見てくれだけは良い女であった」


彼はラヴァリーを口先だけで認めつつ、すぐに次の行動に移る。


「まぁいいでしょう。重要なものは確保しました。あとは施設を完全に爆破して退避すれば良い。やってしまいなさい」


伯爵の命令により、広域の爆破が開始される。戦闘の喧騒に紛れて、地中から微かな振動が伝わってきた。


「思ったほどではないな。山が崩れるくらいを期待していましたが。どうなっています?」


爆破の振動は、伯爵が期待したほどの壊滅的なものではなかった。


「はっ。閣下、幾つかは爆破したようですが、起爆していないものが多いようです。おそらく、ラヴァリーが事前に妨害を……」


伯爵は苛立ちに顔を歪ませる。


静まり返った戦場に、八郎太の拘束された腕に装着された携帯端末から、場違いなほどの呼び出し音が鳴り響いた。


「何の音です?」


伯爵が不機嫌そうに問う。


「コイツの腕の通信端末です」


騎士が答える。


「止めなさい。耳障りです」


騎士が端末を外そうとした瞬間、八郎太は激しく抵抗した。


「なぁ、お貴族様。あんた、勘違いしているぜ」


ニヤリとあえて笑った。


「なんですか?追い詰められて頭でも狂いましたか? これからの尋問に怯えて狂ってしまったんですか?」


伯爵は、その汚らわしい笑みにさらに苛立ちを覚えた。


「違う。違うんだよ。お貴族様」


「なんですか? その目は? 汚らわしい。ええい。ここで死刑にしてしまいなさい! 撲殺なさい」


伯爵は紋章騎士に命令する。騎士が銃底で八郎太を殴りつけようと構えた。


「いいんですか?殺してしまって?」


「許可します。やりなさい!」


伯爵のヒステリックな声が響く。


殴られる直前、に叫んだ。


「さて、と。ラヴァリー。時間は稼いだぜ。さっさと来いよ。俺の端末にはお前さんのバイタルが動いてんのが見えているんだよ。オラァァァン!! 何やってんだ!ラヴァリー!!」


次の瞬間、凄まじい大爆発が、足元の崩落した大穴から噴き上がった。煙と炎の中から、巨大な錨が猛スピードで飛来し、伯爵の最も近くにいた紋章騎士のVFを直撃、機体を木端微塵に粉砕した!


垂直に伸びる爆炎と煤煙。その地獄のような光景の中から、満身創痍でありながら、まるで新生したかのようなラヴァリーの機体が、咆哮を上げて飛び出してきた!


ラヴァリーは、迷うことなくビストファーレン伯爵のVFに一目散にすっ飛んでいく。


思わず、興奮気味に口走る


「改良型だ!! 射出したのは、ストライクデトネーションアンカーさ。どうよラヴァリー!!」


「火薬推進機付きストライクアンカー。弾数制限はあるが、良いな」


「早く全部やっつけてくれ」


「言われなくても。よくもやってくれたなお前達。覚悟しろ!! お仕置きの時間だ!!」


ラヴァリーは怒鳴りつけると、伯爵のVF目掛けてストライクアンカーを叩きつける!


「グアッ!!」


「貴様のような腐敗した貴族に、私の道は絶たせはしない!」


「なのだ!! 何なんだ貴様は!! あの崩落を何故生き延びた?」


伯爵は狼狽えて叫ぶ。


「貴様の爆薬を利用させてもらった!! 私の仲間がかき集めていたのだ!」


ラヴァリーの無双が始まった。彼女は執拗に伯爵機を追い詰め、アンカーで装甲を剥ぎ取り、銃で駆動部を破壊していく。伯爵機を守ろうと必死に駆け寄る紋章騎士たちのVFは、彼女の敵ではなかった。


一機をアンカーで絡め取り、ハンマー投げのように巨大なアンカーをぐるぐると振り回し、別の騎士機に叩きつけ、二機まとめて瓦礫に変える。


「無意味な戦いはするな!貴様らの守るべき者は、この街のガンだ! 毒虫だ。バクテリア以下の以下のさらに下の存在だ」


歯向かう紋章騎士には、容赦のない強烈な一撃が叩き込まれ、機体はくの字に折れ曲がる。


伯爵は悲鳴を上げた。


「守れ!私を守れ!お前たちは私の騎士だろうが!」


しかし、ラヴァリーの圧倒的な力と、鬼気迫る形相に、紋章騎士たちは戦意を喪失した。彼らは、伯爵を見捨て、次々と戦場から逃げ去っていく。


「逃げるな! 裏切り者どもが! この私への忠誠を今こそ見せるときぞ!」


見捨てられたビストファーレン伯爵は情けない声で叫んでいた。


伯爵のVFは、満身創痍となり、脚を損傷して地を這うように逃げようとする。


ラヴァリーは、それを見逃さなかった。彼女の機体は、伯爵機にぴったりと張り付き、アンカーを装甲のわずかな隙間にねじ込んだ。

「逃がさない、伯爵閣下。あなたは人の命をゴミのように扱った。そして、私の両親の技術を、自分の金儲けのためだけに弄んだ!その罪は、生きて償ってもらう!」


ラヴァリーは、アンカーを起動させ、伯爵機のメインジェネレーターを故意に破壊せず、機体のすべての関節とセンサーを、ねちっこく、確実に、機能不全に追い込んでいく。


伯爵機の右腕が、無理な角度に曲がり、砕け散る。


メインカメラが潰され、コックピット内に警報が鳴り響く。


「やめろ!やめろ! 私は貴族だぞ! 私こそが貴族なのだ!! 貴様のような汚い女に触れられる筋合いはない。ええい冗談ではない」


ラヴァリーの機体が、伯爵機のコックピットハッチを足で踏みつけ、通信が途絶した。


ラヴァリーは、完全に無力化した伯爵機を、戦場に放置した。


八郎太とマッツは、拘束を解き、ラヴァリーの元へと駆け寄る。


「ラヴァリー! やってくれたなぁ!!」


八郎太は、興奮を隠せない様子で叫んだ。


ラヴァリーは、荒い息を整えながら、八郎太に答えた。


「ありがとう、八郎太。これで、ようやく次の段階に進める。腐敗した根は、まだ残っている。全て叩き潰す」


彼女の瞳には、憎悪ではなく、この世界を変えるという、冷たくも熱い決意の炎が宿っていた。

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