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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

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30話

観測所の前、踏み荒らされた塹壕地帯、漆黒の装甲を纏った貴族親衛隊の部隊がずらりと並んでいた。その数は、ただの警告としては過剰なほどだ。彼らの中心には、白を基調とした華美な装甲マントに包まれた機体が立っている。


通信が入りモニターに顔が表示される。


男の顔には、貴族特有の血色の良さと、すべてを見下すような冷たい傲慢さが張り付いていた。これが、今回の騒動の黒幕、ビストファーレン伯爵だった。


遠方から接近する機影の駆動音が響く。それは、ラヴァリーのワイルドハント機だった。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、親衛隊が一斉に、その友軍機に向けて銃口を向けるのが見えた。


「待てっ」


ラヴァリーは即座に機体のジェネレーターを最大出力で駆動させ、緊急用のシールドを構える。


直感は、この場の空気がすでに交渉の余地のない処刑の段階にあることを告げていた。


そして、案の定、親衛隊はためらいもなく発砲した。


しかし、ラヴァリーのシールドは完璧にそれを防御せしめ、弾丸が乾いた空気を裂き、地面で弾け、無害な熱と金属くずとなって霧散した。


「誤射のようですが?」


ラヴァリーは、冷ややかな、しかし、確信に満ちた声で通信を送る。


「誤射? 誤射などではない。正当な攻撃だ。貴様は反逆者だ。施設への無断侵入、さらには友軍機への攻撃ときた。よくもぬけぬけと誤射などと言えたものだな」


「伯爵閣下」


「黙れ小娘。貴様に閣下呼ばわりされる言われはない。勝手に援軍に来て、でかい面をしてきた迷惑者め。貴様が撃破数を稼ぐ度に紋章騎士からクレームが来て迷惑していた」


「これはどういう了見ですか?」


「理解しているのであろう? いいざまだな。クックック。ハッハッハッハ。ハァーハッハッハッ!!」


ヴェストファーレン伯爵の通信からは、歪んだ笑い声が聞こえてきた。


「もはや逃げられんぞ。我が刃で打ち倒してくれよう」


彼の声には、怒りよりもむしろ、すべてが計画通りに進んでいることへの皮肉が滲んでいた。


その言葉の裏には貴族特有の意識に基づく苛立ちが隠されていた。


「施設への侵入は緊急避難です。そして、フォーヴェル隊長との決闘は……不仲からのトラブル、そうですね、わだかまりの解消ゆえの決闘です。健全なレクリエーションの範疇でしょう?」


ラヴァリーは、事実をねじ曲げ、伯爵が用意したシナリオの薄っぺらさを指摘する言葉を選んだ。


「レクリエーションだと? 笑わせるな! 先日の殴り合いでは済まされん。貴様は奴を撃破しておるのだぞ! 紋章騎士の隊長をだ!」


伯爵の声がヒステリックに高まる。彼の計算では、ラヴァリーはここで命乞いをするか、あるいは混乱するかのはずだったと思える言いようであった。貴様の思い通りのセリフなどを吐くものか。


「それは……敵軍からの攻撃で、とでも言うつもりでしたが……。ははっ。なるほど。そういうシナリオですか。実にチープな三流の脚本家でも思いつかない。馬鹿げたシナリオですね。砲撃で私を誅殺できないからと言って強引すぎるとは思えないのですか?」


ラヴァリーの言葉には、計画の裏を読み切った者、特有の冷徹な嘲りが含まれていた。


伯爵の用意した劇の脚本が、あまりにも稚拙で、自身がそれを演じさせられていることに気づいたからだ。


「何のことだがわからぬな。もうよろしい。くだらん茶番は終わりにしろ」


ヴェストファーレン伯爵は、苛立ちのあまり、通信の音量を上げ、周囲の親衛隊にまで聞こえるように言い放った。


ジャミングは薄れているようだな。このやり取り自体、全域放送にでも流しておいてやるか。


彼の視線は、すでに瓦礫と化したフォーヴェルの機体が放置されている映像へと向けられる。その瞳には、一抹の哀悼すら存在しなかった。あるのは、計画の駒が使い物にならなくなったことへの不快感と、それを処理する手間への嫌悪感だけだ。


「しかし、あのフォーヴェルめ。本当に役立たずな騎士だった」


伯爵は、自身の部下であったはずの男の名を、唾を吐きかけるように口にした。彼の言葉は、親衛隊の兵士たちにも聞こえるように、あえて大声で、そして明確な蔑みを持って発せられた。


「何度、失態を繰り返せば気が済むのか。あの女を殺せと命じたのが、いつのことだったか。もう数え切れないほどに指示を出した。我々、貴族の血統の威信に関わる問題だというのに、あの無能ときたら……」


伯爵は、自らの神経質な指先で、首元のタイを緩める仕草をする。その仕草一つ一つに、貴族の特権意識と、他人をゴミのように扱う傲慢さが滲んでいた。ラヴァリーは、その通信を静かに聞きながら、胃の底からこみ上げてくる吐き気のような嫌悪感と頭痛を覚えた。


「流れ弾で。それで、死んだ、と聞きましたが……ふん。最後まで役に立ちませんでしたね」


彼は、フォーヴェルの死を、まるで履き潰した靴を捨てるかのように淡々と、そして無感動に処理した。


「いや、待てよ」


突然、伯爵の声に、一抹のひらめきめいたものが混じる。それは、悔し紛れの自慰行為のような、自己正当化のための屁理屈だった。

「貴様を、ラヴァリーを引き付けてくれたという点だけは、評価してやりましょうか。おかげで、こうして貴様を罠に嵌める準備が整った。汚い役目を果たしたといえば、そうとも取れる。多少は評価してやらないといけませんね」


彼の言葉には、フォーヴェルという人間が存在したことに対する、一片の敬意もなかった。あったのは、彼の死が自分の目的にどれだけ貢献したかという、冷酷な損得勘定だけだ。自分の部下であり、忠誠を誓っていたはずの男の死を、そのように無価値なものとして扱うその姿勢こそが、ラヴァリーが最も嫌悪する貴族の腐敗した本質だった。


ラヴァリーの心の中で、怒りの炎が静かに燃え上がっていた。それは、激情ではなく、すべてを焼き尽くす冷たい炎だ。


この男は、人の命を道具としてしか見ていない。フォーヴェル隊長は、貴様の都合のために、騎士としての敗北の尊厳すら奪われて……。


ラヴァリーの視線は、伯爵の立つ機体に向けられていた。視界では、伯爵の優雅な機体は、まるで汚泥の中から這い出てきたかのような、醜悪な毒虫に見えた。


「貴様の望み通り、私はここで貴様の刃に倒れるわけにはいかない」


ラヴァリーの機体から放たれた音声は、もはや敬意の欠片もない、痛烈な侮蔑の嵐だった。


「その卑劣な言い様、しかと承りました。戯言ですね。 貴様のきらびやかな機体が貴様の上っ面を物語っている。貴様の魂は、薄汚れた血と同じだ、誰の目から見ても反吐が出るほどに醜悪に、腐り果てている!  貴様は寄生虫以下だ! 民が流す汗と血を啜って生きる、汚泥の中のバクテリアのほうがよほど有益だ」


機体のジェネレーター出力が更に跳ね上がり、機体が微かに唸りを上げる。


ラヴァリーの心中には、貴族社会の醜悪な支配構造そのものに対する、明確な反抗の意思が固まっていた。伯爵機へと一歩踏み込むような挙動を見せた。その動き一つにも、威圧と嘲りが込められている。


「フォーヴェル隊長の尊厳。 その尊厳を奪った貴様が、今さら何を気取るというのだ! 貴様のその醜い都合のために、どれだけの騎士の誇りが踏みにじられてきた? 貴様のその腐りきった貴族の傲慢は、この戦域で戦う者たち、いや生きる者、全てに対する冒涜だ!」


ラヴァリーの声は、先ほどまでの怒気を纏った調子から一転し、氷のように冷たく、そして重々しいものに変わっていた。


貴様は分不相応な要求をしてきたのであろう。ならばこちらもしてやろう。


ラヴァリーの声は一段と冷酷さを増し、勝利への確信と、伯爵への徹底的な軽蔑を叩きつけた。


「私がここで貴様の刃に倒れるだと? 笑わせるな! このラヴァリーが、貴様のような無能な傀儡に討たれるなど、それこそが騎士道の最大の汚点だ! 貴様にはそんな資格も、実力も、何一つない!」


ラヴァリーは、伯爵の機体を指し示すかのように、長刀を僅かに閃かせた。


「貴様の望み通りにはさせん。いいか、伯爵。貴様は私を討伐するのではない。貴様がこの場で私に跪き、自らの汚れた血統と、その地位を賭けて命乞いをするのだ! 貴様がこの機体から降り、私の足元に這いつくばるならば、そしてその手で自らの爵位を捨て去ると誓うならば、辛うじて命だけは残してやっても良い! さもなくば、貴様の機体も、その腐った魂も、私がこの場で塵一つ残さず斬り捨ててやろう! さあ、選択しろ! 伯爵!」


「言わせておけば。没落した家柄の分際で。我が家名を侮辱するとは言語道断。反乱者として討伐してくれよう」


「さあ、お望みとあらば、この私を討伐してみるがいい。ただし、その汚れた手で私を討つには、貴様はあまりにも無能すぎる!」


ラヴァリーは、売られた喧嘩を買う。ビストファーレンへ挑戦状を叩きつけた。


この場所は、もはや法の裁きが行われる場所ではない。


そこにあったのは、貴族の傲慢さとラヴァリーの誇りが、火花を散らしてぶつかり合う、容赦のない戦いの場だけだった。


ラヴァリーは、自身の機体のメインカメラを伯爵に向け、静かに、しかし力強く叫んだ。


「私は、貴様ら貴族の都合で死ぬほど、安い命ではない! 恥を知れ下郎!!」


親衛隊の機動兵器が一斉に武装を構え直す。状況は、完全に戦闘へと移行した。


ラヴァリーの瞳には、かつては友軍機だった者たちが敵として映る。そして、その奥にいる、倒すべき相手を見定めていた。


ラヴァリーはこの腐敗した貴族を、自らの手で斬り刻む覚悟を決めていた。

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