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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

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29話


地下からの長い道のりを経て、ラヴァリーたちは山の観測所近くの街と反対側に位置していた地上への出入り口にたどり着いた。

「知る人ぞ知る密輸ルートのトンネル出口へと無事に辿り着いたようだな」


「あぁ、情報にあった通りだった」


予想に反して、追撃はなかった。彼らが地上に出た場所は、周囲は閑散とした荒野だった。


だが、待ち伏せした敵はいた。


彼らを待ち構えていたのは、紋章騎士団の部隊と、その中心に立つフォーヴェル隊長だった。彼の専用VFは、他の機体とは一線を画す、威圧的なシールドと紋章で威容を誇っている。


「待っていたぞ、ラヴァリー」


フォーヴェル隊長の声は低く、獲物を追い詰めた獣のような響きがあった。


「フォーヴェル隊長」


ラヴァリーは平静を装い、一歩前に出る。


「敵はどうなった? 大量だったはずだが?」


「ある程度は退けたさ。さて……とぼけるのもいい加減にしろラヴァリー」


フォーヴェルは警戒を緩めることなく、モニター越しにラヴァリーを睨みつける。


「なんのことかな?」


「施設を見たのだろう?」


「我々は敵軍から逃れるために一時的に観測所に逃げ込んだだけだが?」


ラヴァリーの言葉を遮るように、彼らが出てきたトンネルの奥から、別の紋章騎士のVFが這い出てきた。


彼らが入手した、地下の施設内で起こった破壊の痕跡を通信で流してくる。


「フォーヴェル隊長。施設に侵入者がいたようです。自動兵器が破壊されていました」


部下からの報告が、ラヴァリーの嘘を決定づけた。


「だそうだが? まだ、しらを切るかね?」


フォーヴェルの瞳に、怒りの色が浮かぶ。


「お話をしようか? フォーヴェル隊長」


ラヴァリーは、余裕すら感じさせる声で切り出した。


「下手な交渉は身を滅ぼすぞ。小娘」


「君の妹君を預かっている」


フォーヴェルの顔に動揺の色が走った。


「なんだそれは?」


「この子だろう?」


ラヴァリーは、事前に記録した妹の調整チェンバーの撮影データを通信で送った。


「それがどうした?」


フォーヴェルはすぐに冷静さを取り戻そうとしたが、声には僅かながら動揺が残っていた。


「貴族の人質になっているのだろう?」


「君の妹君は検体として眠らされているようだが? 我々には改造兵を治療可能な技術がある、」


ラヴァリーは、開発途中の技術をさも確実であるかのように言い放つ。アルヴァたちの存在が、その言葉に説得力を持たせていた。ゆえに自信のある声で相手に響かせることができていた。


「確証が持てない。それが交渉になるとでも思っているのか? ラヴァリー。愚かにもほどがある」


「なら、プランBになるがオススメしないぞ?」


ラヴァリーは、切り札を切る。


「聞こうか? そのプランBとやらを」


「あの施設に爆弾を仕掛けている」


「なんだと?」


フォーヴェルのVFの動きが一瞬硬直した。ラヴァリーは、ここで相手の家族への倫理観につけ込む。


食いついたな。流石に非道だが、相手は悪党だ。こちらも非道でいく。爆弾など仕掛けていないというのがウソなので多少、心が痛むがな。


「おまえ。それでも騎士か?」


フォーヴェルの言葉には、純粋に当然と言える非難が込められていた。


「貴方がたが噂で言っている私の呼び名をご存知で?」


ラヴァリーは、冷徹な笑みを浮かべる。


「狂犬、傲慢、淫乱、ラヴァリー」


「それに悪逆や非道がついても……いまさら困ることはないでしょう? かえって箔が付くこともありえますね?」


「何なんだ貴様は?」


フォーヴェルは、目の前の女の底知れぬ悪辣さに、憤りを通り越して困惑し始めていた。


「好きなようにお呼びくださいな。慈悲で選択肢を与えています。……選べ」


ラヴァリーは、通信越しに高圧的な意思を送り込む。


焦燥と憤怒、そして妹への思慕。様々な感情に苛まれたフォーヴェルは苦しそうに言葉を吐いた。


「待て、お前の卑劣は知っている。落ち着け。私の提案を聞いて欲しい。私はこの紋章騎士を率いる隊長である」


「それで? 選びませんこと? 良いですよ私はどちらでも構いません」


「まて、人の話を聞け。人の話は最後まで聞くと教わらなかったのか?」


「仕方ありませんね。続けなさい」


「私は管理者でもある。つまり、この施設の資金と物品の管理をしている。わかるな? 悪いようにはしない。道理をわきまえているのならば、それで手を打たないか? それにだ。この件をうまく隠蔽して。そうだ、私にいい考えがある。私の上司。閣下にこの観測所を守った英雄として報告する。報奨金も出るぞ? 素晴らしいだろう? いい話になるだろう? どうだ? 考えてくれないか?」

「どうでしょう? 身内に甘く、それ以外には厳しい貴族、貴方たちに、そのようなことが可能でしょうか? 騙されんぞ。下郎」


どこまで人を馬鹿にしているのだコイツは………。


今すぐに打ち倒してしてしまいたい。


「なっならば! 決闘だ。決闘だ!ラヴァリー」


「決闘。素晴らしい選択です。私は決闘という言葉が好きです。では、レギュレーションは?」


「騎士らしくVFによる近接戦闘でケリをつけよう」


「いいでしょう」


ラヴァリーの狙い通りになった。紋章騎士ならば己の実力に頼るであろうと予測はしていた。あなたも改造兵ですものね。その力でのし上がってきた者であれば最後に頼るのはその能力。だが、こちらとて能力はある。決闘であれば望むところだ。


「こちらは貴様の施設情報の削除。あとは爆弾に関する情報と、解除コードだ。ラヴァリー貴様は?」


「ならば、この件の我々に関する情報を抹消して、見逃して頂きましょうか?」


この場から逃げられれば問題ない。必要な情報は既に入手した


「お前が街から出ていくまでは手出しはしないことも約束しよう」


フォーヴェルは、苦渋の決断に悩んでいるた顔をした。


お前の上にいる貴族はそれほど優しくはないでしょうに。騎士隊長ごときの権力で抑えられるとは思えない。


「追撃は当然、かけるのでしょうね。爆弾の解除はある程度ワタチたちが街から離れてと言う条件で」


ラヴァリーは、フォーヴェルの真意を理解しつつ、あえて問う。


フォーヴェルは無言を貫く。脱出の手筈は整えてある。この件はそれほど問題ではないのだがな。圧力を加える意味で問いかけただけだ。


「落とし所はそんな所でしょうね。この街にいる間に、このデータを公開されても問題ありませんの? 私が噂を流すかも知れませんよ?」


「貴族を舐めるなよ。小娘。その情報を流した程度で問題が起こるはずがなかろう。もみ消すさ」


でしょうね。


「さて、では決闘をしましょうか。早く帰ってシャワーを浴びたいんです。汗かきましたから」


ラヴァリーは、決闘を前にして、極限の緊張状態を楽しむかのように挑発した。


「用意ができたら教えろ」


「いつでも、よろしくてよ?」


両者のVFは、距離を取りながら向かい合う。周囲の者が邪魔にならぬよう、互いの部隊は後退し、円形の空間を作り出した。


「射撃武器ありでも、良かったのにな。銃と剣で戦うのが好きなのに」


「貴様には、騎士の誇りというものがないのか?」


フォーヴェルのVFから、静かだが強い怒りを帯びた声が響く。


「誇りなど、飢えた狂犬には無用の長物ですわ。私の背負うものが、貴方のいう騎士道よりも重い。ただ、それだけです」


ラヴァリーのVFは、その巨大な質量からは想像もつかないほど軽やかに一対の長刀を天にかざす。対するフォーヴェルのVFも、背部にマウントされた巨大な片手剣を構える。


「「勝負」」


フォーヴェルの機体が、騎士道に則った真正面からの突進を仕掛ける。その一撃は、大地を揺るがすほどの重さと、迷いのない気高さを秘めていた。


ラヴァリーは迎え撃つ。彼女の機体は突進を紙一重でかわし、その勢いを利用してフォーヴェルの剣の側面を、長刀で高速で削り上げるように切りつける。


金属が擦れ合う、甲高く耳障りな音が響き渡る。


ラヴァリーの戦い方は、美しさよりも効率、正統性よりも勝利を優先する、狂犬の名にふさわしい激しい剣術だ。


フォーヴェルが体勢を立て直す隙を与えず、ラヴァリーは連続的な斬撃の嵐を浴びせる。


しかし、フォーヴェルもまた歴戦の紋章騎士だった。


機体の性能と、剣に込められた気高い信念が、ラヴァリーの猛攻をギリギリで受け止めていく。VFの装甲が剥がれ、火花が飛び散る。一進一退の攻防が続き、地面は両機の足跡と斬撃の跡で深く削られていった。


やがて、決定的な瞬間が訪れた。フォーヴェルの一瞬の機動の遅れをラヴァリーは見逃さない。


「チェックメイト」


ラヴァリーのVFの長刀が、フォーヴェルのVFの右肩関節と左脚を、同時に深く切り裂いた。フォーヴェルの機体はバランスを崩し、巨体を制御できずに地面に膝をつく。


「勝負ありです、隊長殿」


ラヴァリーは、長刀を機体中央、胸に向け直前で止めた。


「貴様ッ!!」


フォーヴェルの部下の一人が、怒りに駆られてラヴァリー機に銃口を向けていた。しかし、フォーヴェルはそれを静止した。


「俺に恥をかかせるな。伍長」


「ですが!」


「くどい。降ろせ」


「了解」


部下は、不満を滲ませながらも銃口を下げる。


爆弾のハッタリが効いてますね。フォーヴェル隊長は意外にも単純で扱いやすいようですね。


ラヴァリーが勝利を確信し、決闘の成果を収穫しようとした、その時だった。


遠方で、砲撃による大規模な爆発が起こった。


「あらあらあら? 協定違反かしら?」


ラヴァリーは、警戒して辺りを見回す。


「違う! 俺たちじゃない。敵襲だ!」


フォーヴェルの声が、張り詰めた緊張を帯びる。


次の瞬間、周囲の塹壕の陰から光学迷彩を纏った半透明の敵性体が姿を現し、更に後方からはジャミング機体が電子的な混乱を撒き散らしながら突入してきた。敵味方入り乱れる、大乱闘が始まる。


「マッツ! ハチ! トンネルに退避しろ! 各機、なるべく私から離れずに戦え」


ラヴァリーは即座に指示を飛ばす。


戦場は一瞬で地獄と化した。紋章騎士団とラヴァリーたち、そして敵対勢力自動機械が入り乱れ、銃弾が飛び交う。


戦場が混沌の極みにたちした時、遠方の敵部隊の中央に、異形のシルエットが姿を現した。


「なんだあのキメラタンクは?」


「どこかで出てくるとは思いましたけど。ここで来ますか……」


それは、複数の機体のパーツを無造作に繋ぎ合わせたような、巨大で重武装の改造兵器キメラタンクだった。その主砲が、バランスを崩して動けないフォーヴェルの機体に向けて照準を合わせた。


「隊長、危な……!」


部下の防御も間に合わない。凄まじい砲撃がフォーヴェルの機体を直撃し、巨大な爆炎が夜空を焦がす。


爆発の中で、ラヴァリーの通信機に、フォーヴェルからの途切れ途切れの通信が届いた。


「ラヴァリー……約束を守れよ」


彼の機体は致命的な損傷を負い、コックピットの灯りが消えかかっている。


「心得ています。貴方の妹さんを救出しましょう」


ラヴァリーは、憎むべき敵に対して、初めて偽りのない誓いを口にした。


「頼んだ。それと背後にも気をつけろ」


その瞬間、フォーヴェルの機体からラヴァリーへと剣が投げつけられる。それは、彼が先ほどまで使っていた巨大な片手剣だ。剣はVFの手から離れたにも関わらず、まるで意志を持っているかのように空中を舞い、ラヴァリー機体に襲いかかろうとしていた。


しかしそれは違っていた。


ラヴァリーの後ろから襲いかかろうとしていた光学迷彩の敵機を、正確に貫いた。


敵機は音もなく地面に落ち、光学迷彩が解除される。それは気高き騎士の最後の騎士道だった。


通信は途絶し、フォーヴェルの機体は沈黙した。


「まったく、最後まで小憎らしい敵役でいて欲しかったというのに、悪役としては失格ですよ。隊長さん」


ラヴァリーは、その行為に、憎みきれない感情を覚えた。彼は悪辣な貴族の犬でありながら、家族に対する思いは本物の騎士だった。

「騙して悪いが爆弾なんて元から無いんです。騙しがいのないひとだこと」


だが、妹の命を救うという約束だけは、この狂犬ラヴァリーにとって、新たな誇りとなる。


「ですが、妹さんは約束ですからお守りしましょう」


ラヴァリーは、戦場を見据え、VFの出力をフル稼働させた。今は、この地獄から脱出することが最優先だ。

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