28話
エレベーターの扉が重々しい音を立てて開いた。ラヴァリーの視界に飛び込んできたのは、巨大なVFがすれ違えるほどの、長く続く地下通路だ。地表の喧騒から隔絶されたここは、まるで世界の底を覗き込んでいるかのような、陰鬱な空気に満ちている。
通路の脇には、施設内の移動用と思われる小型のエレキカーが用意されていた。
「通路通行用の車両か。使わせてもらおう」
無駄な時間を一秒たりとも費やす気はない。ラヴァリーはマッツとともにエレキカーに乗り込む。マッツに続き、ハチも慌てた様子で後部座席に体を滑り込ませた。
襲撃で施設に人間が避難しているうちに制圧しようか。理想は血を流さずに終わらせることだが、そうもいくまい。
エレキカーのモーター音が静かに響き、通路を滑り始めた。
警備所の制圧と巨大空間
しばらく進むと、通路は緩やかに広がり、小さな広場に出た。広場の片隅には、厳重に囲われたセントリーガンの警備所がある。
「やはりいるな」
ラヴァリーは即座に車を止めさせ、機敏な動きでエレキカーから降りた。彼らの存在を知らせる前に、脅威は排除する。セントリーガンがこちらを認識し、稼働音を上げ始めるコンマ数秒の間に、ラヴァリーは愛用の銃を取り出し、精密な射撃で全ての警備機能を停止させた。
「制圧完了。急ぐぞ」
警備所の奥には、巨大な扉があった。マッツがハッキングを開始する。数秒の電子音の後、重厚な金属扉が唸りを上げて上部へとスライドしていく。
扉が開いた先にあったのは、圧巻の巨大空間だった。その高さは、地上にあるビル三階分にも達する。巨大な柱と鉄骨が入り組み、まるで地下都市のように思える。空間の各所には、目的不明の様々な施設が組み込まれ、薄暗い照明の中で不気味に稼働していた。
「改造兵生産プラントがあるはずだが? マッツ。探せ」
「調べている、少し待て。ジャミングで無線封鎖だと。ええい、面倒な。お? あったあった。少し進んだところにある」
マッツの焦燥の言葉が、ラヴァリーの焦りを募らせる。施設内を、彼らは自動兵器を精密かつ迅速に破壊しながら進んでいく。ラヴァリーの操縦するVFの動きには、一切の迷いがなかった。
目標施設に到着すると、ラヴァリーたちは散開して警戒する。
それは、巨大空間の奥、ひときわ大きく重々しい建屋だった。
「アルヴァ、VFから降りて。あと二人ほど欲しいな。白兵戦の用意だ」
ラヴァリーは、機体の腰辺りについているサバイバルコンテナを開き、特殊な戦術銃を取り出した。自動兵器ではない、**「人」**との戦闘を想定した装備だ。
「さて、ハチと残りの者はここで我々の帰りを待っていてくれ。私たちの機体を守るのも忘れるなよ」
「へ?、敵が来るんですか?」
ハチの声には、緊張と不安が滲んでいた。
「わからんが、だが、おそらく自動兵器くらいはいるはずだ。警戒しておけ」
「なら、待ち時間で機体チェックくらいはしておきますか」
ハチは不安を振り払うように、実務的な提案をした。
「余裕が出てきたじゃないか。頼もしい」
ラヴァリーは、背後のハチの声に励まされて、重い扉の向こうへと足を踏み入れた。
プラント内部は、無機質な金属と、どこか生々しい機械油の臭いが混ざり合っていた。中央には、いくつもの透明な筒が立ち並んでいる。
「また、人の業の掃き溜めか」
ラヴァリーの胸中には、暗雲が立ち込めていた。この技術を開発し、利用する者たちへの底知れぬ嫌悪感と、それを根絶できない自身の無力感が、重い鎖となって心臓を締め付ける。未来を奪われた者たちの怨嗟が、通路の冷たい空気となって肌を刺すように感じられた。
「これは調整用チャンバーだな」
ラヴァリーは、その異様な光景に顔をしかめた。
「そのようだ」
マッツもまた、低く同意した。
「端末はこれか」
マッツは、壁際のコンソールに接続を試みる。
マッツが施設内のデータにアクセスする間、ラヴァリーは周囲のチャンバーを見回す。その表情は、嫌悪感と怒りで硬く凍りついていた。
「酷いものだ。リストを確認したが。幼い者までいる。改造に失敗した検体も保存して……保存しているだけマシか」
マッツの声音が、怒りに震えていた。
「だから、この技術は嫌いなんだ。子供ですら兵器に変えるバカが出てくる」
「あぁ。そうさせないために我々がいる。いまさら弱音を吐くな。吐くなら軽口にしろ」
ラヴァリーは自分に言い聞かせるように、マッツを諫めた。弱音を吐くことは、彼らの犠牲を無駄にすることに繋がる。
「まて? この名前どこかで?」
マッツが、ある名前に反応した。
「フォーヴェルの身内か?」
ラヴァリーは、嫌な予感を覚えた。
「妹だな。病気か事故で余命わずかな状態だったらしい。治療の記録があるが詳細は載っていない」
「人質か……」
ラヴァリーは重い吐息を漏らした。やはり貴族のやることは卑劣の極みだ。
「フォーゲル自身も改造兵のようだ。兄弟揃って過酷な選択をしたのだな」
「あぁ、貴族のやらせそうなことだ」
「彼を煽るのには心が痛むな」
マッツの言葉に、ラヴァリーは僅かに同情を覚えた。しかし、それは一瞬で消え去り、端末を叩く。それでいい。任務遂行が最優先だ。
しばらく、マッツの端末を叩く音だけが響いていた。
「この妹の件を使えば奴に協力を……。難しいだろうな。さて。我々が必要なデータは回収した」
「引き上げるか」
マッツが端末から手を離した、その直後だった。
遠くから、爆発音と金属が引き裂かれるような戦闘音が響いてきた。
「案の定、自動兵器に襲われているか」
ラヴァリーの予想通りだった。機体を残した判断は正しかった。
「この様子だと。そのうちに紋章騎士も来るな」
マッツが、状況を正確に分析した。自動兵器では出し得ない、精密な破壊の響きだった。
「流石に見逃してはもらえまい」
「マップを入手しといたから幾つかの脱出ルートはあるが……」
「大人しく地上に出させてもらえるかな?」
ラヴァリーは、わずかに唇の端を上げた。逃げるのは性に合わない。だが、戦術的に最善を選ぶ。
「最悪、シーケイが対応してくれるだろう。そのために外に置いてきている」
「あとで怒られそうだ」
マッツの言葉に、ラヴァリーは小さく苦笑した。怒られるのは慣れている。
彼らは、プラントの重い扉を背にし、戦いの音の方向へと向かって走り出した。




