表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/39

26話

 戦場は静寂に包まれていた。黒光りする機体は、敵の波をすべて飲み込み、その残骸で巨大な山を築き上げていた。その頂に、機体は静かに腰を下ろす。


右腕に握る鉄骨を加工した即席の槍を地面に深く突き立て、その重みを支えとした。それは、ただの休息ではなかった。自らが築いた死の山頂に立つ、勝利の儀式であり、孤独な王の玉座に見え、また戴冠式のようでもあった。


装甲は満身創痍だった。胸部の装甲板は、無数の弾痕と深い亀裂に覆われ、右肩のセラミック層は爆発物による損傷痕が見え、大きく剥がれ落ち、その下のナノマテリアル合金の骨格が痛々しく露出している。


全身にこびりついた白い駆動液と焼け爛れた樹脂の煤が、かつて黒く輝いていたナノコーティングを鈍らせ、夕陽の赤に染まっている。それでも、機体の冷却スリットは、心臓の鼓動のように赤く静かに瞬き、激戦の余熱を放ち続けていた。


その光は、まるで不屈の魂が内部で燃え盛っているかのようだ。


「なっ、なんだこれ」


「恐れなくてよい、ハチ。こいつはおそらく、ラヴァリーがやったんだろう」


頂きに座る機体の光学センサーが、遠く広がる荒野の果てを見据える。


そこにはもはや、動く影一つない。微動だにしないその姿は、まるで時間から切り離された古代の彫像のようだった。


恐ろしくも、孤高の優雅さを纏っている。


「凄まじい数だな……」


うず高く積み上げられた敵の残骸、砕け散った機械兵の装甲、焼け爛れた樹脂の破片、そして無数の白い駆動液の染みは、今や動くことのない、モニュメントのようだった。


敵の残骸から流れ落ちる白い駆動液は、残骸の隙間を細い川のように流れ、ひび割れた大地に吸い込まれていく。


それは、命なき者の血が大地に還る、不気味な光景だった。


風が、疲弊した装甲を優しく撫で、焼けた草のささやきが、戦いの終焉を告げる子守歌のように響く。


装甲に刻まれた傷の一つ一つが、戦いの壮絶な叙事詩を無言で語っていた。


右腕に絡みついた敵の破片は、最後の抵抗の痕跡。胸部の深い亀裂は、決死の突撃を耐え抜いた証。そして、剥がれ落ちた肩の装甲は、仲間を守るために身を呈した勲章だった。


この静寂の中で、機体はただ一人、自らの存在を噛み締めていた。


勝利の歓声も、称賛の言葉もない。あるのは、ただ風の音と、自身の駆動音だけ。


孤独な鋼の王は、自らが築いた残骸の玉座に君臨し、荒野の頂点で永遠の静寂の中に佇む。


その姿は、もはや兵器という範疇を超え、戦場の神話そのものと化していた。彼が背負うのは、仲間たちの命と、この荒野で散っていったすべての命の重みだ。


「このまま像にして記念碑にでもしたら映えそうだな」


「バカを言うな。ハチ。この機体にいくらリソースを注ぎ込んだと思っている」


夜が訪れ、月と星々の光が、その記念のモニュメントに降り注ぐとき、像はただ静かに、次の夜明けを待つだろう。そして、その伝説は、語り継がれていく。鋼の孤王、装甲の戦神、そして残骸の王座に座す不滅の英雄として。


そんな想像を脳裏に描かざるを得なかった。


しばらく見とれていると、機体の操縦席は開放され、人影が見えた。


それは紛れもなく、ラヴァリーであった。


「人様に補給だ、兵站だとか言って講釈垂れて、おまけに殴り倒しておいて。ご自分は何をなさっておられるのですか? ラヴァリー?」


「んん~? ハチか? 少し眠っていたようだ」


寝起きの声を響かせて背伸びをしているラヴァリーが見えた。


「少し待っていろ。降りる」


八郎太に声をかけながら操縦席から降りてくる。


「なに居眠りしてんですか? 敵地のど真ん中で」


「流石に疲れてしまってな。なに、敵は既に後退した。それにウチの子たちが護衛してくれている」


「だからって……不用心ですよ」


「だから見晴らしの良いところで遠距離光学センサーなんかで監視させていた。何かあったらアラームで起きる。そもそも機体がオーバーヒートしていたから休ませていたんだ」


「全く、貴方という人は……」


「仕掛けも施していたから、そんなに焦る状況にならないと判断していたのだ」


「仕掛け?」


「君が補給物資を持ってくる。マッツに頼んでいたからな」


「結局、戦地に来ちゃいましたよ。敵は全然見かけませんでしたけど」


「こんなに積み上がるまで倒したからな」


「補給無しでよくもまぁ、こんなに倒しましたね。弾薬切れてたでしょうし。その鉄骨振り回したんですか?」


「その辺にあった塹壕を作るために用意されていた資材があったからな。活用した」


「もともと土木や建築機械から発展したVFだからって、弾切れするなら撤退したほうが良かったんじゃないですか?」


「そこは人命救助のための時間稼ぎの任務があってだな。敵の様子からも優勢になるかなって?」


「無茶ばっかりしようとして。こんな事してるとまた呼び名が増えますよ? 無謀令嬢とか」


「以前の呼び名からしたら随分と控えめになったな。傲慢とか狂犬とか酷いのが多いからな、私は」


「何を嬉しそうにしてるんですか?」


「ははっ! 少しおかしくてな」


「間違いがあったら俺が必死で調整してきた試作兵器が無駄になるところじゃないですか? 日々、こっちが無理して何とか間に合わせたんですよ?」


「すまない。最大の感謝と謝罪をする」


「謝って済むなら警察は……まぁ、良いですよ、ご無事ですし」


「可能な限り、こんな無茶はしないように努力する。努力するから許して欲しい」


ラヴァリーの努力するから許して欲しいという言葉に、ハチはきつく結んでいた唇をわずかに緩めた。


ため息と共に、視線をラヴァリーの顔から逸らし、胸元の端末に目を落とす。


「別に、貴方が危なっかしいのが嫌なんじゃないんですよ。ただ、私の苦労が水の泡になるのが嫌なだけです」


声は少しだけ拗ねた子供のように響いてしまった。その言い訳めいた言葉の奥に隠された、微かな安堵の色をラヴァリーは見逃さなかった。


ラヴァリーは、フッと柔らかな笑みを浮かべる。戦闘の鋭さとはかけ離れた、落ち着いた眼差しがハチを捉えた。


「そうだな、ハチ。君の苦労は無駄になどしない。君が懸命に調整した、あの試作兵器は、私の切り札だ。それを無駄にするほど、私は愚かではない」


ラヴァリーは一歩、ハチとの間を詰めた。戦闘後の獣性に満ちたキツイ汗の匂いが瞬時に清楚で華やかな香水のような匂いに変化した、あとは微かに焦げた金属の香りがハチの鼻先を掠める。


顔を上げ、ラヴァリーの真剣な瞳と向き合った。その距離は、他者には踏み込めない、二人だけの空間を作り出していた。


「そう、そうですよ。わかってください……」


声はか細くなり、内心では怒りというよりも、どこか不安と期待が入り混じったようなものになった。


ラヴァリーは、俺の右肩に軽く手を置いた。力強いが、優しさを感じる触れ方だった。


「わかっている。だからこそ、来てくれたのだろう? 感謝している。本当に」


その一言が、ハチの強張りすべてを溶かした。深呼吸をして、先ほどまでの刺々しい口調を捨てた。


「まったく、人使いが荒いですね。わかった、今回は大目に見ます。貴方が無茶を承知でこの状況を作ったのは、何か深い考えがあってのことなんでしょう」


ハチはラヴァリーの目をしっかりと見据えながら、きっぱりと言った。


「戦いはまだ終わっていないのでしょう? 補給物資をすぐにVFに積み込みます。貴方の考え、聞かせてもらえますね? 次の作戦のために」


ラヴァリーは力強く頷いた。


「もちろんだ。まずは補給を頼む、ハチ。そして聞け。次の戦いは、今までのどの戦いとも違うものになる。私の真意を、そしてこの状況の本当の意味を、君に話そう」


ラヴァリーは背後の戦場跡を一瞥し、そしてハチに向かって、勝利を確信するような獰猛な笑みを浮かべた。二人の間の緊迫した空気は、信頼と、新たな戦いへの準備の熱気に変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ