表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/39

25話

八郎太は、民間人を送り届け、次の行動を迷っていた。


マッツの通信が入る。


「俺も乗るからハッチを開けろ」


「え? ここに来てるんですか?」


「そうだ。早くハッチを開けてラダーを下ろせ」


ハチは言われるがままにした。


マッツが操縦席に入ってくる。


巨体ゆえに操縦席も広く数人は入れる仕様で座席も幾つかついている。徐ろにマッツは座席に座った。


「八郎太。次の指示だ。ラヴァリーが激戦になっている。弾薬が尽きかかっているはずだ。急いで向かってやってくれ」


「俺、整備担当だよ?」


「ラヴァリーが死んだら。お前さんどうなるか考えているか?」


「保証があるでしょ?」


「影響力のあるものがいてこそだ。ハンターギルドの保証は期待しても良いが……完全に信じているわけではないだろう?」


「畜生!! いつだってこうだ。生きたくもないのに行かされる」


「だが、ラヴァリーの報酬は良いぞ? 婚約者が故郷で待っているのだろ? 早く帰らねばならんわな?」


「ぐっ。これも故郷に早く帰るためか。了解。やればいいんでしょ。死にそうになった逃げますよ。いいですね? で、敵の規模は?」


八郎太が不満げに尋ねる。


「装甲車、歩兵がメインだ」


マッツの言葉に一瞬、間が空く。


「だが、恐れるな。お前さんの機体の装甲なら、歩兵の小火器や装甲車の機関砲など物ともしない。正面からぶち抜いてやれ。ただし、戦車だけは別だ。奴らはラヴァリーたちが優先的に叩いているはずだが、万が一遭遇したら、すぐに回れ右だ。いいな」


「了解、戦車を見かけたら逃げます」


八郎太の声に、わずかな不安が滲む。ラヴァリーは優れたパイロットだが、それでも戦車相手では分が悪い。


「大丈夫だ。恐れるな。ラヴァリーは、お前さんよりもずっと長く戦場を生き抜いてきた。奴らの腕を信じろ。それに、お前さんが行くのは弾薬を届けるためだ。無駄な戦闘は避けて、ただ前へ進め」


マッツの言葉は、八郎太の胸中の迷いを払う。そうだ、自分は補給を届けるだけだ。無謀な戦闘を挑む必要はない。弾切れしている仲間を助ける、それだけだ。


「わかっています。すぐに向かいます」


八郎太は、前方の荒野へと視線を向けた。遠くに見える煙の柱が、激戦の激しさを物語っている。機体のエンジンが唸りを上げ、補給ポイントを後にした。


彼の行く手には、再び戦場の喧騒が待っている。


しかし、八郎太はは怯えてはいても迷うことなく、仲間を救うために機体を加速していった。




静寂が支配する戦場に、八郎太の機体が生み出す足音と駆動音だけが響き渡っていた。


だが、戦闘地域での不自然な静けさは、八郎太の心に奇妙な違和感を植え付けた。


耳を澄ませば、遠くでかすかに砲声が聞こえる。


その様子から敵が遠いことを察する。


だが、静寂を破るように、味方部隊からの通信が操縦席に届く。


モニターに映し出されたのは、見覚えのある部隊のIDと、まだ若い兵士の無表情な顔だ。


「ここはまだ危険です。輸送の方は引き返してください」


「こちら部隊ワイルドハント、八郎太。補給物資を輸送中、予定ルートで前線へ向かっている」


八郎太の声に、兵士はわずかに頷き、その冷静な声が返ってきた。


「ワイルドハントと言ったか? IDを確認する。しばらく待て」


八郎太は指示に従う。その数秒すらも長く感じる。


「輸送任務。確認した。だが、現在の進軍は危険だ。味方部隊からの情報で、敵の電波欺瞞作戦により通信網が混乱している 。偵察班も、この先に大規模な偽装部隊を捉えている。不用意な進軍に囲まれる可能性が高い」


操縦席の計器が八郎太の心拍数を示すランプかと思えるように激しく点滅し始めた 。


直感が警鐘を鳴らす。この状況は何かおかしい。


しかし、兵士の言葉はおそらく正しいだろう。


彼の言葉は、まるで軍の正式なプロトコルを読み上げているかのようで、そこに感情の揺れは一切感じられない


「しかし、俺の部隊はきっと、この物資を待っている。このままでは、弾薬が尽きてしまうかもしれない」


八郎太の言葉に、兵士は動じることなく答える。


「それは承知している。だが、我々ももうすぐ敵の一波を退け、進軍が近い。危険を冒す必要はない。軍用機に乗ってはいても、民間人の君には、この命令に従う義務がある。味方の優勢は目前だ、後方で待機するべきだ」


民間人という言葉が、八郎太の胸に重くのしかかった。軍用の機体を操り、厚い装甲を持ちながらも、彼は軍のヒエラルキーの中ではただの民間人に過ぎない。それゆえに命令に背くことはできない。いや、民間人である以上、逆らうという選択肢自体が彼の思考から抜け落ちていた。


八郎太は、喉の奥が絞まるような感覚を覚えた 。


操縦桿を握る手にじんわりと汗が滲む 。無力感と焦燥感が同時に全身を襲い、椅子に深くもたれかかった 。


ただ、焦ることしか出来ない自分への苛立ちと戦いながらがらも待機する命令に従う。


「くそ」


八郎太は、悔しさで歯を食いしばる。補給が途絶えた部隊がどうなるか、彼は知っていた。


弾薬不足のあとに来る壮絶な戦いを。


弾薬が切れた機体の最後の武器は近接戦闘だ。ある程度までは戦える。機体の活動限界まではどうにかなるだろう。だが、数で押されればひとたまりもない。そのような状況下に置かれて残骸と化した機体を八郎太は多く見てきていたのだから。


このままでは、仲間を危険に晒してしまう。このもどかしい状況が、八郎太の心を強く締め付けていた。


そして、長い時間が経過した。


待機を命じていた部隊からようやく進軍開始の通信が届いた。


疲労と焦燥が全身を蝕む中、八郎太は再び操縦桿を強く握り、前線へと機体を進めた。


味方の兵士たちと共に進軍を始めると、八郎太の直感はさらに確信へと変わっていった。


周囲には、予想していた激戦の跡は見当たらなかった。


予想とは対照的に、敵の機体の残骸が驚くほど少ない。


味方の兵士たちは、この不自然な静けさに戸惑いながらも、慎重に塹壕地帯を進んでいく。


しばらくして、その先に目的地の目印となるかのように、ぽつんと小さな丘を見つけた。


戦場は静寂に包まれていた。鈍い銀色に光る機体は、敵の波をすべて飲み込み、その残骸で巨大な山を築き上げている。


その頂きに、機体は静かに鎮座する。右腕に握る鉄骨を加工した即席の槍を地面に深く突き立て、その重みを支えとした。


それはただのオブジェクトではなく、自らが築いた敵残骸の山頂に立つ、孤高の証だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ