表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/39

24話

 砂塵が舞う荒れ果てた大地に、鈍色の巨体が静かに佇んでいた。


それがストライドユニットAT-GBSだ。分類上は兵員輸送車に近い運用ながら、その外観はあまりに異質。数台の装甲車両を横に繋げたかのような、途方もない幅を誇る鋼鉄の塊だった。


全体は無骨な多面体で構成され、スクエアで角ばったデザインが支配的だ。流線形を拒否し、ひたすらに外装装甲の厚みと防御力のみを追求した武骨さが滲む。それでいて、大地に深く食い込む独特の脚部と履帯が融合した駆動システムが、この巨体に異次元の機動力を暗示していた。


機体中央には折りたたみ式のクレーンアームが鎮座し、その多機能性を示す。


そして、後部に鎮座するモジュール式の巨大コンテナ。その容積は大型トラック数台分もの輸送量を誇り、陸戦兵器が数機乗り込めるほどの広さを持つ。


それは単なる輸送機の枠を超えた、移動補給ユニットとしての役割を課されていた。


昼食を終えたラヴァリーは操作訓練をさせていた八郎太の様子を見に来ていた。


「ハチ、どうだ。操作には慣れたか?」


通信機から、やや抑揚のない男の声が響く。声の主は、AT-GBSのテスト走行させていた八郎太であった。


彼は、AT-GBSの操縦席で、巨大なコントロールスティックを握りしめている。


「デカすぎて難しいです。感覚がうまく掴めません。整備関係のヤツはすぐに慣れましたけど、運転は全然慣れません。正直怖いです」


ハチは、少し身を縮こませながら答える。


彼は、訓練も兼ねて、工事現場から少し離れた砲撃で荒れ果てた荒野にAT-GBSを持ち込んでいた。


複雑なクレーターや、岩がゴロゴロと転がる悪路は、AT-GBSの運転訓練にはうってつけの場所だった。


「その割にはうまく扱っているように見える」


「だと、いいんですけどね」


八郎太の声に、ほんの少しだけ安堵の響きが混じる。


「すっごい神経使って運転してます。死角が多いから誰か潰しそうで怖くて」


ハチは正直に答えた。彼の表情はモニターに映し出される。


不安げな彼の顔は機体周囲の映像モニターを忙しなく追いかけている。


AT-GBSは、その巨体ゆえに、死角が非常に多い。


「対人センサーをつけていれば、それほど注意しなくても良いのだがな」


「気をつけられる部分は自分で確認したいんですよ。見える範囲だけでも注意しておきたくて」


ハチの言葉に、八郎太は静かに頷いた。彼の言葉は、ハチの真摯な姿勢と、彼が抱える責任感を物語っていた。


「事故で人殺しちゃうのなんかゴメンですよ」


「それはそうだな。いい心がけだ」


その時、甲高い金属音が響き、機体が大きく揺れた。轟音と共に、機体の側面に火花が散る。流れ弾だった。


「敵襲!敵襲!」


サイレンが鳴り響き、八郎太は瞬時に状況を把握する。


「まさか、こんな場所で……」


八郎太が呟いたその時、通信機からけたたましいノイズが入り混じった声が聞こえてきた。


「こちら、襲撃に遭いました!位置情報は……」


それは、ラヴァリーは無視することはできなかった。


「武器ハッチを開けてくれ。アルヴァたちにも持って行く。ハチ、お前は逃げ遅れた民間人を保護して、街まで引き返せ。まったく、訓練がてら、こいつを持ってきていて正解だったな」


八郎太は、AT-GBSの武装コンテナを展開し、ラヴァリーの機体に武器を渡す。


「ラヴァリーはどうします?」


「私たちは、ココの民間人を守りながら街まで撤退する。お前は、乗せた民間人を守り抜け」


「了解」


八郎太はそう言って、AT-GBSを前進させた。


その瞬間、爆発音が響き渡り、AT-GBSの外装装甲が大きく揺れる。


八郎太は、機体を巧みに操り、塹壕を乗り越えて連絡通路に降り、AT-GBSを全力で走らせた。


ラヴァリーはハチの操縦するAT-GBSが休憩所近くに停車すると民間人を誘導した。


「退避が遅れた人はあのストライドユニットに乗ってください。街まで行きます」


アルヴァたちは、工事現場で民間人を守るために休憩所付近に駆けつけていた。


「盾を掲げろ」


ラヴァリーの命令に彼女たちは、爆発の衝撃から生身の人間を守るため、その機体が持つ巨大な盾を掲げていた。


「みなさん、安心して退避してください。私たちが守ります!」


ラヴァリーの声に、民間人たちは安堵の表情を見せる。


盾で流れ弾や爆発の衝撃を防ぐパフォーマンスをアルヴァたちにさせ、民間人が混乱を招かないように退避を進めていた。


、負傷した人々に適切な処置を施す。彼女の姿は、まさに女神のようだった。


「楯の乙女……」


「俺たちを守ってくれているのか?」


「頼むぞ」


「頑張ってくれ」


退避する者の声援が、彼女の耳に届く。


彼女は、その声に勇気づけられるように、再び盾を構えた。


「紋章騎士はなにをしているのだ?」


ラヴァリーはフォーヴェル隊長に怒りを覚えていた。


巡回任務と言っていた。敵を見落としでもしたのだろうか?


戦術リンクをいくら確認しても状況が更新されないことに、ラヴァリーはさらに苛立ちを募らせた。


「いったいどうなっているのだ?」


「休憩所の人たちは全員乗りました」


「移動開始する」


ラヴァリーたちは民間人を乗せたAT-GBSと避難車両を護衛して街へと急いだ。


荒野を抜け、都市の防衛ラインが見え始めた頃、彼らの目の前に都市防衛隊の戦車隊と装甲車が現れた。


「こちらワイルドハント。民間人を護衛しています! 避難誘導をお願いします!」


ハチが必死に通信を送ると、戦車の上から隊長らしき男が身を乗り出す。その顔は土埃で汚れ、疲労の色が濃かったが、彼らの姿を認めると安堵の表情を見せた。


「了解した! 民間人の保護は我々に任せてくれ!君たちは……」


そこで言葉が途切れる。


彼の視線は、遠方で轟く爆発音と、閃光に向けられていた。


「ラヴァリー隊長、どうする?」


ハチの通信に、ラヴァリーは声を響かせる。すでに戦闘準備はできている。


「民間人の安全を確保するのが最優先。ここで都市防衛隊に託そう。ハチは都市防衛隊と街へ向かってくれ。我々は前線に行く」


「了解!」


ハチはAT-GBSを都市防衛隊の隊列に合流させ、ラヴァリーは踵を返した。


轟音と爆発光がこだまする戦場へと足を進める。


数分後、戦場から遠く離れた地点で、彼らは紋章騎士の集団に遭遇した。


彼らもまた、民間人を護衛しながら街へ向かっていた。


「フォーヴェル隊長!」


ラヴァリーが通信で呼びかけると、紋章騎士の先頭に立つ機体が振り返った。


通信モニターには疲労困憊のフォーヴェル隊長が表示された、


「そちらは、無事だったか」


そう言って、フォーヴェル隊長はホッと息を吐いた。


「そちらこそ、無事で何よりです。敵は……?」


ラヴァリーが尋ねると、フォーヴェル隊長は渋い顔で答える。


「それなりの部隊だ。そこそこ数が多い。幸い、この民間人が最後だ。君たちには、できるだけ我々が避難する時間を稼いでほしい」

その言葉に、ラヴァリーの表情が険しくなる。


戦術リンクは、いまだに敵の情報を受信していなかった。敵の電磁妨害があるとはいえ、これは司令部が意図的に情報を遮断している可能性が高い。


「……何故、我々だけに?」


ラヴァリーは疑念を隠さずに尋ねた。紋章騎士団は、最強のエース部隊だ。なぜ、その彼らが最前線に留まらず、民間人を護衛しているのか。我々に任せても良いはずだ。


この不自然な状況に、警戒心が鳴り響いていた。


「民間人の他に貴族の訓練前の御子息がいる。避難するまでだ。それまでの間、敵の注意を引きつけてくれるだけでいい。我々は退避を終えたら戦線に合流する。できないか?」


フォーヴェル隊長は、それ以上の説明を拒むかのように、そう告げた。その表情は何かを隠しているようにも見えた。


ラヴァリーは無言でモニターに映る男の表情を見つめる。この依頼は、あまりに不自然だ。


しかし、民間人の命がかかっている以上、断るわけにはいかない。


「……承知しました。最善を尽くします」


ラヴァリーは覚悟を決め、フォーヴェル隊長に告げた。


「感謝する」


フォーヴェル隊長は、そう言って部下たちを促し、再び街へと向かい始めた。彼らが遠ざかっていくのを見届けた。


「マッツ、どう思う?」


「戦術リンクには敵襲撃ありとしかでていない。罠だなコレは。だが、これまでの敵の規模的にはこちらの数的有利となるはずだが。局所的には不利な場合もある」


ラヴァリーは、戦術リンクをいくら確認しても状況が更新されないことに、更に苛立ちを募らせていた。


「嫌な予感がするが。しかし、民間人を守るためなら仕方ないか……敵に一撃入れてからの遅滞作戦といこうか?」


「無事に戻ってこいよ」


「そのつもりだ」


彼らは再び戦場へと機体を駆る。


遠くでこだまする爆発音と、空高く舞い上がる土煙が、まるで血を求める獣の咆哮と牙の閃きのように見えた。


その音と光景が、彼らの心を滾らせる一方で、得体の知れない不安を抱いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ